Ch.1-3-1 ミヤケファミリー
『グッドモーニング、ザ・シティ。メインMCのパブロフが地球の裏側までバケーションのため、今週は私、カラチェフスカヤがお届けします。
昨夜より、第四層工業区画近郊において、反乱分子による大規模な破壊活動が確認されました。
これに伴い、治安維持部隊による鎮圧作戦が展開されます。
当該区域および隣接するスラム広域への立ち入りは、レベル四以上の市民ID、もしくは特定企業勤務者を除き、厳しく制限されます。
くれぐれも外出の際にはお気をつけください。
なお、周辺で連鎖的に発生した暴動主導者は、治安部隊により”平和的”にミンチにされました。
それでは良い一日を、クソ野郎ども』
◇2327年9月16日(水)07:46
今日のスラムの空気は、いつもより澄んでいる。いい天気だ。
朝一の空気を吸い込むと、鉄やらオイルやら何かが腐った臭い。
一年間、毎朝嗅ぎ続けた俺の目覚まし代わりだ。
通りの反対にはそこを定住にしている馴染みのホームレス。安物の錠剤でパキりながら朝からご機嫌に笑ってる。
ゴミに溢れたバラックの前に、場違いなホログラムTV。電気はたぶん隣家から拝借してるのだろう。彼にとっては立派な城だ。
ホログラムからは、この街の良心であり、メガコーポのプロパガンダでもあるGMTCが流れていた。
ディスプレイに映っているのはこの街のどこかの工場。
爆発。崩れ落ちるプラント。逃げ惑う職員。それを追うドローンたち。
だが、行き交うスラムの住人たちは、誰一人として足を止めない。
これが日常だからだ。
自分の皮膚一枚向こうの場所で起きている戦闘なんぞ、明日の天気予報ほどの価値もない。
俺にとっても同じだ。
半年前のミッションの報酬で買ったギターを取り出す。自動演奏機能も、AI補正もない骨董品。
最近のバンドは分かってない。自分の耳を頼りにチューニングを決めるのが粋ってもんなのに。
ギターをアンプに繋ぎ、歪んだノイズを吐き出させた。
二〇〇〇年代のアンセム。錆びついた弦を指先で弾く。
この腕とももう一年の付き合い。デイヴィスの仕事を手伝うようになってから、この腕に何度救われたことか。
デイヴィスの仕事は文字どおり”何でも屋”。殺しも盗みも護衛も交渉もなんでもござれ。だから荒事が日常。俺は彼についていくのに毎日必死だった。
でもそのおかげであらゆる――といっても主にハッキングと戦闘技術は、嫌でも磨かれた。今では銃をぶっぱなすのと左腕でぶん殴ることについて、胸を張って得意と言えるまでにはなった。
最も、この腕が一番役に立っている場面は、俺がデイヴィスにブチギレて噛みつき、逆にボコボコにされるときの盾だ。俺の左腕は、高性能の防御ユニットでもある。
だからなのか最近少し反応が悪い時がある。実際に今も何度か左手の動きが遅れて、コードチェンジが乱れた。
今日は大事な依頼があるとデイヴィスが言っていた。仕事の前にナオミに診てもらおう。
じゃん、と一区切りつけて立ち上がる。
新鮮な腐った空気は十分、満喫した。そろそろ仕事の時間だ。
◇2327年9月16日(水)10:46
「よう来たね。デイヴィス。坊やもまだ生きちょったかい。何よりや」
俺はデイヴィスに連れられ、区域一体を仕切る”ミヤケファミリー”のオフィスに来ていた。
入り口でボディチェックを受け、廊下を進む。
靴はオフィスに入った時に脱げと言われた。その時、靴下から親指が飛び出しているのに気付いた。
こんな場所に来てまで、靴下の寿命を気にしてるあたり、俺はこの生活に慣れてきたらしい。
一番奥の部屋に入り、アジアンテイストのよく分からない床に直接座る。
「おはようございます、ミヤケのケンさんにヒロコの姉御」
珍しくデイヴィスが敬語を使っている。
それだけで、二人の危険度が知れるというものだ。
初めて聞いた時は顎が外れかかったのをよく覚えている。
眼の前にローテーブルを挟んで対峙しているのは、珍しい和装をまとった老夫婦——ケン・ミヤケとヒロコ。
一見するとにこやかな二人だが、ミヤケファミリーを束ねるトップであり、この世界でも有数の力を持つ人物。
その顔の下に、どれだけの死体が埋まっているのか想像もつかない。
俺は彼らの流儀に合わせてデイヴィスに続いて頭を下げた。
それを見たケンとヒロコの顔が和らぐ。
彼らは礼と義理を金と同じくらい重んじる。そういう連中だ。
「まあそう固うならにゃー、膝でも崩しんさい」
二人の言葉は訛りで少し分かりづらい。
「今日来てもろうたのは他でもない。あんたに直接依頼したいことがあるんや。今”Costrade”に追われちょる男がおるんやけんど、こいつを中間層まで護衛してほしいっちゃ」
「コストラーデ、知っちょろう? 隣の地区でデカい顔しとる同業者なんやけどな。ちょっかい出してきてうざいんよ」
情報が入ったタブレットがテーブル越しに滑ってくる。
組織トップからの直々の指名。つまり拒否権など端から存在しない。
横を見るとデイヴィスは既に胡座をかき、出された茶を啜っていた。
湯呑みを置くと、懐からタバコを取り出し、平然と火をつける。
護衛の黒服たちがピクリと動く。
だが、ケンとヒロコの細い目は笑ったままだ。
その奥の瞳だけが、感情のない硝子玉のようにデイヴィスを観察している。
一年前の俺だったら胃が痛む空間だろうが、今の俺は違う。
俺もデイヴィスに習って足を崩し、眼の前に置かれた茶を飲んだ。
熱い。そして、驚くほど澄んだ香りが鼻から抜ける。
美味い⋯⋯。本物の茶葉を使ってるからか、普段飲んでいるコーヒーが偽物だということがよく分かる。
タバコをふかすデイヴィスと、本物の茶に感動する俺で、しばし静寂が流れる。聞こえるのは部屋から繋がる庭から、定期的に響くカポン、という音だけだ。
組織のトップは焦らない。じっと細い二対の目がデイヴィスを捉えている。
煙が途絶えた頃に、ようやくデイヴィスの口が開いた。
「もちろん受けさせてもらいます」
二人の顔が更に和らいだ。
「そうかそうか。受けてくれるか。それで報酬なんやけど——」
「ただ俺じゃなくて、こいつが」
デイヴィスの親指が、無造作に俺を指した。
同時に世界から音が消える。
カポン、という乾いた音が、やけに大きく響く。
固まるデイヴィス以外。
「——そりゃあ実質断るちゅうことでええか?」
「次の言葉には気ぃつけや。わしらはまだ耳がよう聞こえるでの」
ケンとヒロコの目が開かれ、声から抑揚が消えた。
獰猛な獣を彷彿とさせる琥珀色の瞳。
それは殺意を極限まで研ぎ澄ませた、生物としての格の違いを見せつけるような捕食者の視線。
黒服たちが一斉に重心を前へ移す。
同時に俺の心拍数が跳ね上がり、アドレナリンが血管を駆け巡る。
脳内で戦闘シミュレーション。勝率はゼロに近い。
それでも、デイヴィスは煙を吐き出しただけだった。
置かれた茶を一口で飲み干し、美味いと呟いた後、言った。
「断るとは一言も言ってませんよ。俺はこいつがそのミッションを受けると言った」
「ようもまあ、いけしゃあしゃあとほざいたもんや」
「このボンに何ができるちゅう?」
初めてケンとヒロコが俺を見た。
物理的な質量すら感じるほどの重圧。
喉が張り付く。逃げ出したい本能が警鐘を鳴らす。
だが、俺は目を逸らさない。
俺はなんのためにスラムに落ちた? 一年過ごしてきた?
ここで目を逸らせば、俺は俺自身に嘘をつくことになる。
俺がここにいるのは復讐のためだ。
あとほんのちょっとデイヴィスへの恩義もある。ほんのちょっと。
だから俺は視線を正面から受け止め、無言で居住まいを正した。
その様子を見て二人に嗤われる。目線はデイヴィスに戻された。
「言うたよな? コストラーデが追う手やと。下手しのうとも戦闘になるぜ?」
「依頼人は俺らの情報源や。死んだらどんだけ損害を被るっち思いよる?」
「それは失敗したときの話だろう?」
デイヴィスは持っていたタブレットを懐にしまった。
「俺が面倒見てるクソ犬だ。この程度の依頼なら問題ない」
再びぶつかる三者の視線。
極寒が再び場を支配する。
空気を戻したのは、やはり庭から響く間抜けなサウンドだった。
ケンが茶を一口飲み、ふう、と息をつく。
「そこまで言うなら任せよう」
「明日の十二時にこの住所に来るよう男に伝えちょる。後はボンに⋯⋯いやジークに任せたからの」
細目に戻った二人が俺を見る。少し前とは違う、男を見る目。
肌がざわめく。
——これは俺一人で行うファースト・ミッションだ。
トクンと胸が高まる。
この一年、雌伏の時だった。ようやくこの時が来た。
「行くぞ」
デイヴィスが立ち上がる。 俺もそれに続き、一礼して部屋を出た。 背後から、ヒロコの呟きが聞こえた気がした。
「あの男にも、親馬鹿な一面があったとはの」
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