欲しかったもの
トウヤは遠くの一点を見つめていた。
かれこれ一時間以上見ている。
キン
デバイスを動かした手に金属が当たる音が鳴ると、その場に無かった刃が現れた。
「やっぱり、来てくれたんだね」
影の方から長い金髪の先が刃になった女が現れた。
「いつまで監視を続けるつもり?」
「仲間にするつもりで来たんだ。悩み事の解決の糸口を見つけるまでかな」
「どう頑張っても無理よ」
「……そうだね。衝動に駆られるのを止めることは無理だろうね」
「だったら――」
「でも、その先を止められればいいんじゃないかな?」
「……その先って……」
「無暗に人を殺したくないんでしょ?」
「!?」
「だから人里を離れて獣とかの生き物を犠牲にした。違う?」
「……」
無言を肯定ととらえた。
「無暗に殺すのを止められれば君も安心出来るんじゃないのかな?」
「そんなもの――」
「候補1、知り合いに同じ人間兵器を作っている人が居るんだ。その人は兵器を
支配下に完全に置いている。つまり人間の自我を完全に支配する方法があるということだ」
「……」
食いついて来ると思ったが反応が薄い。
「候補2、君が殺せない人間が近くに居れば安心じゃないかな?」
「そんな人、都合良くいるわけがない」
これはしっかり反応をもらった。
「候補3、君の力、俺達は魔法と呼んでいるんだが、その魔法を封じる道具がある」
「これだけが殺す力じゃない」
「いや、これでも十分だよ?魔法の中には体を強くする魔法がある。
そんな人間を、魔法を使わずに殺すのはかなり難しいんだよ?」
実際にやってみなと言っても試せないが、実際一般人が魔法使いを殺すことは、
赤ん坊が大人を殺そうとするようなものと例えられている。
非情に綿密な計画と度重なる運が深く関わらないと、そのようなことは出来ないらしい。
「……なぜそこまで私に拘るの?」
「なぜって……必要だからさ、イブとアダムがね」
「必……要……?」
「ああ、俺は二人が欲しい。そうすればすごくいいチームになれると思ってるんだ」
欲しい、必要、イブは初めて言われた言葉に驚いた。
幼少期、両親を亡くし、弟と飢えに苦しみながら彷徨っていたころ、あの男と出会った。
あの男は私達を見るとニヤリとしながら乱暴に連れて行った。
そこは暗く閉ざされた場所。そして同じ年頃のから少し上の子供達も同じ部屋に居た。
ある子は体の一部を金属に変えられ、ある子は拷問のような目にあっていた。
私達も例外じゃない。生きるか死ぬか、ギリギリの所業に毎日使われた。
そして何かが壊れた瞬間、この体を変化させる力に目覚めた。
そこから違和感を覚え始めた。
普通に生きることが苦しい。
そして人を殺すと苦しみから解放される。
頭で否定していることと逆をやると、苦しみから解放される。
そんな違和感を感じながらも、言われるまま人を殺し続けた。
そして同じ道を進んでいる弟はそこに快楽を覚え始めたようだ。
苦しみから解放される、そんな快楽は理解出来る。
でもそれを受け入れてしまったら、私も……
一度感じてしまった違和感は積もり続け、ついには人を殺すことも苦しくなり始めた。
そして弟に正直に話した。人を殺しても殺さなくても苦しいこと。
そして提案した。城を抜けようと。
だが何処かで聞かれたのか、王連中が私を拘束しようとした。
いや、拘束されていたら処分されていただろう。
だから弟は身代わりになった。
「俺がイブの分まで殺す。少しの間、休ませてやってくれ」
そのおかげで王への反抗ではなく、心身の不調と見られ今のような環境になった。
そして今やっと解かった。
苦しかった原因が、その苦しみから解放してくれる存在が。
だからこそ拒まなければならない。
せっかく見つけた、出会えたものを壊さないように……
「どれも……信じられないわ」
「そうだね。1と3は現物がここに無いから見せることが出来ない。
でも2はここに居るよ。それに仲間にも数人、心当たりがある」
目の前に?バカな、いや、でもさっき刃を止めた。
殺さない程度に手加減したとはいえ、怪我するだろうと思ってたものを止めた。
「さっきのが全力だと思ったら大間違いよ」
「それはお互い様さ」
嘘を言っていないように見える。
「信じられないなら試してみる?加減が出来るってことは、力を探ることだって出来るでしょ?」
「そ、そんなことして殺してしまったら……」
「殺させない、そのための仲間だ」
仲間……イブには無い力を持つトウヤに一瞬、負けが過ぎった。
その自信があるような姿勢にイブの方が揺らいでいた。
「仲間になったら……どうなるの?」
イブの問いにトウヤは嬉しそうな顔をした。
「そうだね。これからのことだから、しっかりと説明しないとね」
顔と声色から、この人は本心で話している。
イブにはそう思えた。
そしてイブは知った。
夜に輝く星々の一部に人が存在すること。
そこへ行き来する方法が存在すること。
人を始め、多くの生物に魔法と呼ばれる力が宿っていること。
自分の力は魔法と呼ばれるもので、人によって使い方が違うこと。
「あなたにも同じような力があると解かると、説得力が違うわね」
「俺も同じ立場だったからね。そこは同じように感じたよ」
「それに、この国の何処なら王から逃れられるかわからなかったけど、
まさか他の惑星に行くなんて、考えられなかったわ」
「そうだね。俺も外にこんな世界があったなんて知らなかったよ」
「なら、私からの条件は2つ。アダムと一緒であること。そして……」
「殺そうと向かってくるイブを止めること。最悪、アダムも一緒に止めるんだね?」
「……ええ、こればかりは自分で止めることは出来なかった。たぶんこれからも……」
「そのための仲間だし、魔法を打ち消す道具も急いで用意するよ」
「……こんなに面倒をかけてでも、どうして仲間にしようとするの?」
「そりゃあ、まず何より強い。その強さは安心して背中を預けられるようになるのさ」
「殺すかもしれないのに?」
「そこはただ単に完璧じゃないだけだよ。それに殺されないようにすればいいだけだし」
「?」
「人は誰でも完璧で理想的じゃない。だから悪いところでもある程度は許し、
その人のありのままを受け入れ、自分がそれを打ち消せる人になればいいって意味だよ」
厄介な部分を持っている人も受け入れ、それを許してくれる。
なんとなく話を聞いてみようと思えた理由が解った気がした。
「じゃあ、今度はこっちの番だね」
どんなに理想を語っても、それを実現させるだけの力が無ければ意味が無い。
次はトウヤ達がイブを止められると証明する番だ。