抑えられない衝動
「撤退……しかないわね」
リヤナは無情にも真面な提案をした。
「いや、でも……」
「止められたら、と言う話でしょうけど、止められたとして、
その人が居なくなったらどうするの?仮に死んでしまったら、彼女も殺すの?」
「それは……」
「現時点で彼女の動きを見切れたのは?ミイナでギリギリじゃないかしら?」
「そ、そうですね~私は接近型ではないので、近づかれると危なそうですね~」
「おいらもギリギリにゃ」
「となると……」
リヤナは三人の方を見る。
「全くわからなかったです」
「同じく」
「私もあかんかったわ」
経験の浅いミズキはもちろん、リリス、マリアも見切れなかったようだ。
「殺すだけならリリスでも大丈夫だと思うけど、止めるのは無理でしょうね。
そして私も被弾は防げるけどギリギリといったところね」
実質、トウヤだけ……いやトウヤの目で追えるだけだが、
反応しきれるかはやって見なければわからない。
「でも早い段階でわかったのは良かったわね。こんな抑えられない、殺しの衝動があるなんて」
イブが人里を離れた理由はただ一つ。人を殺したいという抑えられない衝動を晴らすためだ。
獣に囲まれた彼女は我慢するのをやめると、一気に獣達を惨殺した。
その姿を見て理解した。
トウヤが聞きだした情報では、双子なのに性格がまるで正反対。
弟は殺しを楽しみ、姉は即座に終わらせる。
違う。彼女はずっと抑えていたんだ。
弟と同じ嬲り楽しみたいと思う衝動を。
ずっと抑えていたが、抑えきれない場面が出てくる。
そうなった時に急いで人里を離れ、獣達でその衝動が収まるまで晴らしているのだ。
そしてさらに問題となるのが異常なまでの攻撃速度。
トウヤが見た限りだと髪を刃にして四肢を切断、その後腕を刃にして滅多刺し。
首を切ったり、頭を割ったり……これが人間に対してと思うとゾッとした。
これをトウヤだけがしっかりと見ることが出来たが、他は一瞬で細切れになったように見えたようだ。
これを止めるとなると、トウヤ以外は難しいだろう。
「魔法としては大したことをしていない。ただ、人としての性能が全く違うのが問題よ」
いわば大人と幼い子供。幼い子供がどんなに全力で走ろうが、大人の足には敵わない。
イブとの間にはそれだけの差があるようだ。
「そして双子なら、アダムも同じと考えるのが自然でしょうね」
基本的な能力は同じ、そこに差をつけるなら男女差程度だろう。
「……ねぇ、ク――!?」
トウヤは普通に名前を出そうとしていたことに気付き口を抑えた。
「……何?何か隠している雰囲気ね」
リヤナの鋭い勘にトウヤはヒヤヒヤした。
冷静に……冷静に、言葉を選びながら……
「ク……クラリスの錬成陣のような魔法なら性格面を制御出来たりしないかな?」
リヤナをスルーしてミイナに問いかける。
「ん~私も詳しいやり方は解りませんが、脳に直接貼り付けているようなので、
既に存在してる方を相手に出来るかどうかはわからないですね~」
「へぇ、人の性格って制御できるんだ?」
マリアが意外そうに感心した。
「そうなんですよ~特に愛玩系はマニアックな人向けもいますからね~
そういうのを悦ぶ性格じゃないとつまらないらしいですね~」
マリアは顔を引きつらせながら、聞いた事を後悔した。
「ま、出来るなら、あのババアを探し出して従わせれば問題なさそうだけど、
そうなってくると、今度はイブとアダムを説得する必要があるわね」
「クラリスを見つけ出せるのなら、イブの方は簡単かもしれないよ?」
「どういうこと?」
「イブは……あれで人を殺したくないんだと思うよ?」
「そんな都合のいいようなことあるわけないじゃん」
「んにゃ、あにゃがち間違ってにゃいにゃ。だからこそ人里離れた場所に、
あんにゃ時間でも向かったんだと思うにゃ。しかも見ず知らずのおいら達もにゃ」
抑えられない衝動、それをそのまま放ってしまえば楽なのに、
必死に抑え込み、抑えられなくなれば被害が出ないよう場所を移動する。
イブの行動を、そう考えれば説明出来る。
「とんだ殺人兵器ね」
「仮にも麗王になった人があれだけ苦労してるのに、
ここの王様が簡単に出来るわけないし、それだけ人の感情って難しいんでしょ」
ミイナ達ホムンクルスを見てれば見えてくる。
クラリスに従順なのは何かしらの感情が欠けてるように感じ、
他より感情が豊富なミイナはクラリスの思い通りではない。
クラリスは生物兵器制作においては魔法世界でトップクラスの技術の持ち主。
それでも不完全なのだ。
だからこの国の王の技術でも不完全である可能性は高い。
「俺はそのあたりの彼女の気持ちや理由を知りたい。だから、このまま続けさせてくれ」
「……もう、死なれたら困るのに……」
「すまない」
リヤナは悩みながらもトウヤの判断を尊重した。
「なら顔を見られた以上、二人で何とかしてもらうしかないわ。
新顔は警戒されるだけだしね。それとアダムの方は引き続き接触出来ないか試してみるわ」
「残虐な性格は確定と見ていい。くれぐれも慎重にな」
「ええ。それと……新しい情報よ」
「え?」
もう新しい情報が手に入ったなんて意外だった。
「二人は元々奴隷の子供だったらしい。人体実験を繰り返し、今の力を手に入れたみたいだよ。
首謀者は現王、まだ王子時代に実験を行って完成させたんだけど、前王、現王の父親ね、
この人に非人道的な行いを咎められ廃嫡、それに怒って人体兵器の最初の犠牲者にしたそうよ」
リリスの報告にトウヤは素直に驚いた。
「よ、よく調べたな」
「王城で長く働いている人を見つけ出すことが出来たんだ」
「だからって、よく話してくれたな」
「……コツがある」
「へえ、是非ともそのコツを教えてほしいな」
「……」
「リリス?」
トウヤは自分の情報収集能力上昇のためにも、リリスのコツを知りたかったが、
なかなか教えてくれないようだ。
「……あんた、魅了を使ってるってことないわよね?」
リヤナの問いにリリスは上ずった返事をしてしまった。
「あんたねぇ!それ禁止魔法だって知ってるでしょ?」
「で、でも諜報活動の一環として使われることがあるって――」
「局が定めた規定の範囲内での話よ!」
通話の向こうでの騒ぎを他所に、トウヤは理解した。
魅了を少しだけ使い、相手の警戒心を無くして饒舌にし、
そこから知りたい情報を聞き出してたから、あれだけ短時間で取れてたんだなあ。
既に加減が出来るほど使えてたことには素直に驚いた。
「リリス、投獄されると困るから控えてくれ。それとリヤナ、今回は見逃してくれ」
「……貸しよ」
「え!?ちょっと!?」
「そういう取引は簡単にしない事ね。でないと自分の首を絞めることになるわよ」
リヤナの言い分は正しい……けど
「仲間内だから融通利かせてくれないの!?」
「あまーい」
トウヤは完全に言葉を失った。
「ふふ~ん、トウヤに何してもらおうかな~♪」
上機嫌なリヤナの声で報告は終わった。