デッドロック_⑤
「まず、大島は中村さんが遺棄された場所を知らなかった。だから自分では死体の元へ行けず、探偵に依頼することにした」
「遺棄の場所は知らない。でも防犯カメラには大島の姿が映っている可能性がある。これが意味する所は何か」
「役割分担」
「そう、役割分担。遺棄したのは共犯者。殺したのは大島」
そこまで言って、マグカップを手に立とうとした碧波の手首を掴む。
「コーヒー飲みすぎ。あとは気合で乗り切って」
「…大島には、どうしても死体を探さないといけない理由があった。一度殺害して遺棄した人物。
自分の手から離れた死体を必死になって探すなんて、普通ならしない。考えられる動機は一つ。証拠隠滅」
「遺棄された死体と一緒に、自分が犯人だという証拠になるものがあった。……まさか」
座り直した碧波が、茶菓子を手に頷く。
「あるね、証拠品になりそうなもの。それなら筋が通る」
大島が持っていなかったもの。他人が持っていると不自然で、確実に身元が知れるもの…
「「運転免許証」」
二人分の声が部屋に響く。続いて隣から、さくさくと茶菓子を咀嚼する音が聞こえてきた。向かいの龍馬は、不満げに眉をひそめる。
「大島が、運転免許証を…」
「免許をそもそも取得していなかった、って説はない」
「なぜ」
「…………」
「…碧波の番だよ」
「さくさく」
「わかった、食べてていい。はじめから車を運転できないなら、自分で電車で来たらいいだろ。運転技術がある場合、そうはいかない」
「『なんで車で行かないの?』そう思われてしまったらまずいから。共犯者に」
「どういうことだ」
碧波が小袋を畳み、二つ目の茶菓子を手に取る。
「結論。大島がここへ来た時に免許証を持っていなかったのは、死体のポケットに入れるか何かする形で免許証が死体と一緒になっているから。
そしてそれをしたのは、もちろん大島じゃない。共犯者だ…さくさく」
「共犯者が大島の免許証を死体と一緒にした理由は、大島一人に容疑を押し付けるため。もちろん死体にそんなものが入っていたら状況として不自然すぎるが、大島に捜査を集中させることはできる。
そして大島は、免許証をなくしたのに気付くと同時に、共犯者の裏切りに勘付いた」
「なんとしても死体を探して、免許証を取り戻す必要がある。そこで大島は、共犯者に隠れて探偵に人探しの依頼をすることを思いついた。
ただ、事務所へ行くのに車を使えない。でも電車を使えば、『免許証をなくしたことに大島が気付いている』ということを、共犯者に気付かれる。
共犯者にとって、大島は自分が裏切った相手。大島が取る行動には敏感になっているはず」
「ここからは想像になるけど…大島は共犯者に車を出させることで、車を運転しなくてすむようにした。事務所の周辺地図を調べて道が入り組んでいることを知り、共犯者にこう頼む。
『知り合いの家に遊びに行きたいんだけど、道が入り組んでいる。私の運転で行けるか不安だから、運転して連れてってくれない?』」
部屋中が、しんと静まり返った。三つ目の茶菓子の小袋を開けながら、碧波が口を開く。
「総括ね。大島は四日前の十八時三十分から四十五分の間に、中村さんの首を絞めて殺害。共犯者の男が、この近くの空き家に死体を遺棄した。
男はその際、大島に捜査を集中させるために、大島から盗んでおいた運転免許証を死体と一緒にした。大島は後日、そのことに気付く。死体の場所を調べて免許証を回収する必要があるが、警察が動くと防犯カメラに映った自分の犯行場面を見られる可能性があった。
そこで中村さんの失踪を心配する風を装い、探偵に中村さんの捜索を依頼することにした。事務所に行きたいが、車は使えない。電車を使えば、免許証がないことに気付いたと共犯者にバレてしまう。
だから頼るフリをして、共犯者を足にすることで誤魔化した。…さくさく」
さくさくと場違いに軽い音が響く部屋。これでいい。コーヒーの湯気が静かに漂う…などという締め括りは、俺たちには似合わない。
「俺たちの初推理は以上。あとは答え合わせを待つだけだ」
言い終えるのを見計らったかのように、龍馬のスマホが振動した。碧波につられて茶菓子を持っていた龍馬が、反対側の手でスマホを取る。
「遼山。…あぁ、聞く」
龍馬が部屋の隅に移動した。答え合わせが始まりそうだ。ぼうっとした顔で茶菓子を頬張る碧波に、インスタントのミルクティーを淹れる。
「おいし。ルマンドとの組み合わせ最高。食べる?」
「さんきゅ」
「今、小園から報告があった」
スマホをポケットにしまい、龍馬がソファーに座る。ずっと握りしめられていた茶菓子を頬張る顔を見ながら、碧波とハイタッチを交わした。満を持した見せ場を奪われ、龍馬がしかめっ面を見せる。
「怖い顔だな。一緒に喜べよ」
「まだ何も言っていない」
「顔見ればわかる。じゃあ一応…百点満点中、何点?」
龍馬はニヤリと笑うと、マグカップを持ち上げた。
「おまけ無しの、百点だ」
一人帰るだけで、ずいぶん静かになるものだ。
机の上を片付け、ソファーの肘掛けに座る。堅苦しいカッターシャツに通した手を、ブラウスの袖の側に置いた。つい先日までの二人の仕事着。これも、もう少し楽な服装に変えようか。
うつ伏せになったまま動かない碧波の手首に、人差し指と中指で触れた。緩やかな脈を感じ、ひとまず安心する。
「いきなり死体とご対面、なんて依頼じゃなくて良かったね」
「………」
「探偵になった理由、推理へのオタク心だけじゃないでしょ」
「どうかなぁ」
「…起きてたならそう言って欲しかった」
「びくっとしてたね」
頭だけ起こした碧波が、少し顔を緩める。
「上手くいったね、推理。やっぱり二人で考えるのがいいんだよ。一人だと、思考が偏る。なんでもそう。一人で考えると、まともな思考はできなくなる」
「自分のこと言ってる?」
「どう思う?」
「図星かよ」
小さく笑った碧波が、仰向けになって目を閉じた。
窓には相変わらず、強い雨が打ち付けている。目を閉じると、雨音は砂嵐のように脳内に響いた。