表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DEAD-LOCK  作者: 西浪
溺れる水精たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/75

溺れる水精たち_⑦

 「別に俺、女装が楽しみだったわけじゃないからね?捕物ごっこが楽しみだったんだからねッ」

 「その格好で言われても。いつまで着てんの」

 サイレンの音とともに走り去るパトカーを見送った。今回は龍馬くん主催の外食は無理そうだ。伸びをする大紫兄につられ、腕を目一杯真上に伸ばす。

 雲はすべて雨に洗われ、空は真っ暗。にも関わらず、街頭のせいで星はあまり見えない。

 「…アトリエに鍵があったら」

 「ん?」

 「アトリエに鍵があったら、水無月は生きてたかも知れない?」

 視界の端で、大紫兄の目がほんの少し見開かれた。何故そんなことが気になるのかは、自分でもわからない。

 「…どうだろうね。粟野が先に警察に捕まれば助かったかも知れないし、そうはならずに別の場面を狙われたかも知れない。過程を踏んで出来上がった殺意もあれば、単純で身勝手な殺意もある。…後者なら防ぎようがないよ。理不尽だけどね」

 「…うん」

 取り敢えず相槌を打った。やたらと喉が乾いている。隣から伸びた手が、ぐしゃぐしゃと私の頭をかき回した。いつもなら抵抗するところだ。今日はもう疲れた。

 「人の中で生きてる以上、ずっと幸せでいるのは難しいよ。でも、だからこそ誰かと一緒にいようとするんじゃないかな。矛盾してるけど、それで得た幸せは強固だと思う。ひとつくらいは確約された幸せがあったらいいよね」

 「…そうだね」

 呟くと頭から手が離れた。ぼさぼさになった私の髪を直しながら、大紫兄が微笑む。

 「テイクアウトにしようか。何がいい?」

 「お寿司。着替えは?」

 「いけるでしょ。俺かわいいし」

 「いけるけど」

 「じゃ決まりだ」

 スカートのまま運転席に腰掛ける大紫兄。シートベルトを着けながら辺りを見回した。もう誰もいないが、真っ暗な路地がかえって落ち着く。そういえば、と隣に目をやった。

 「龍馬くんたちは何食べるのかな」

 「カツ丼じゃない?」と、返ってきたのはありきたりな答え。薄暗い部屋でカツ丼をがっつく警察と容疑者を想像すると、少し笑いが込み上げた。ありきたりすぎて、むしろなさそう。そもそも一緒に食べないだろうし。

 「ほんとにカツ丼が出る取調室なんてあるの?」

 「あったら贅沢だなぁって思う」

 肩をすくめて笑いながら、大紫兄がギアを入れる。私たちを乗せた小さな車は、夕食を求めて軽快な走り出しで街へと繰り出した。



 事件から一週間。生前の水無月の意向により、アトリエは富澤に譲られた。富澤は何よりも先にアトリエに鍵を設置したらしい。美術品を多数保管しているのだから…というよりあの建物の壁一枚が美術品なのだから、それが賢明だと思う。

 水無月の死は美術界に大きな驚きと悲しみをもたらした。しかしそれらの衝撃も、富澤という新しい水精によってじきに薄れていくのだろう。

 「え!何これ」

 玄関で郵便物を受け取った大紫兄が、送り主を見て驚きの声を上げた。ソファーに腰掛ける私の目の前には山盛りのみかん。ひとつ取って、報酬で買ったこたつに足を突っ込んだ。冬のリビングはこうでなくっちゃ。

 「爆弾でも届いた?」

 「そうなったらもっと焦ってるよ」

 嬉々として大きな箱をリビングに持って来る大紫兄。不審物の存在がそんなに嬉しいか。取り敢えず、剥こうとしたみかんを机に置いた。

 「不審物じゃないってば。富澤から送られてきたんだよ」

 箱を開け、取り出したのは大きめの額縁。一枚の絵が入っている。描かれているのは碧い海の上を飛ぶオオムラサキ。富澤らしい、壮大ながら繊細なタッチだ。大紫兄が添えられていた手紙を開ける。

 「今回のお礼だってさ。どこに飾ろうね」

 「絵ってどこに飾るものなんだろ。鍵付きの安全な所がいいな」

 「うちはどこも安全だよ。事務所とリビングどっちがいい?」

 「事務所」

 「だね」

 絵を持ってリビングを出る。ドアを閉める直前、机に置いていたタブレットから通知音が聞こえた。

 新しい依頼が来たようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ