畳を愛した死体_③
「今朝はいつも通り、叔父の家のインターホンを押しました」
山を下り、小さな一軒家の前で聞き込みをする。第一発見者にして依頼人の倉田茉弥は、三十代前半の小柄な女性。束ねた髪は少し明るい茶色に染めてある。夫は仕事、一人息子は小学校に行っており不在だそうだ。敷地に駐車場はなく、聞いたところ車は持っていないらしい。田舎には珍しいが車が通れるような場所じゃないしな、と細い路地に囲まれた住宅地を見回す。
「本を返しに行ったんですよね。ちなみにどんな本を?」
「いやぁ、ちょっとお恥ずかしいんですけど…」
大紫兄に促され、茉弥が鞄から出したのは新書。『投資でガッポリ!今日から始める長者入門』の文字が目に入る。那口は勉強熱心な資産家だったのだな、と少し感心した。
「面白そうな本じゃないですか。那口さんとはどのような関わりを?」
「本の貸し借りばっかりですよ。と言っても、叔父が貸して私が借りるパターンだけだけど。こういうのだけじゃなく、京都の写真集なんかも借りたりして」
京都?
茉弥の言葉に、那口邸に飾られていた写真たちを思い出す。
「那口さんは京都がお好きだったんですか」
「十数年前に旅行したきり、京都への憧れがとても強い人だったんです。服装はいつも着物だったし、お茶を点てたりもしてたらしいし、食事だっていつも京料理だって言ってたわ。なんか…徹底してるわよね。ごめんなさいね、こんな話しかなくって」
タートルニットの襟をかき寄せ、茉弥が苦笑する。
「充分です。あ、あとこれだけ。きのうの二十一時三十分から二十二時頃はご家族で何かされていましたか」
「主婦ですからね、私はお洗濯ですよ。主人は息子を寝かしつけて、そのまま一緒に寝ちゃってたわね」
にこにこと答える茉弥に、二人とも何となくつられる。想定通りの返答だ。
「そうだ、おみかん持って行きませんか?いっぱい貰っちゃって困ってるのよ」
三個ずつみかんを貰い、お礼を言って車に乗った。
龍馬くんが絞った容疑者はあと二人。一人暮らしの立木陵と、観光ビジネス会社の社長である秋元賢吾だ。立木は起業に失敗し、消費者金融に加えてお隣さんの(田舎のお隣さんだから結構遠いけど)那口から数十万円の借金をしていたらしい。
まずは立木の家の玄関先に立つ。既に私は気力を失っていた。
「あのさ大紫兄」
「ここ飛ばして、秋元の会社に行く?」
「よくわかってらっしゃる」
目の前にあるのは、いわゆるゴミ屋敷。ゴミ袋が散乱し、いつのものかわからない新聞紙がはためき、緊急の時どうするの?と不思議なくらいのゴミ袋が土嚢のように玄関を塞いでいる。駐車スペースには軽自動車が一台あるが、やはりここもゴミの山。汚い。
インターホンを押すと、十センチほどドアが開いた。痩せ型の若い男が一人、隙間から顔を覗かせる。
「はい立木ですー。すいませんね、これ以上開かなくて。ちゃんと分別はしてあるんですよ。物が多い方が安心するんですよね」
僅かに部屋の中が見えた。床が見えないほどのゴミの山。大紫兄とともに、思わず一歩下がる。
「…那口卓造さんのことでお話を聞きたいんですが」
やっぱりやめようと思ってます、という続きの言葉を飲み込んだ。必要なことだけ聞いて、さっさと車に戻ろう。
「こんな僕にもお金貸してくれて、気前のいい人ですよね。まさか返す前に死んじゃうなんて」
「普段から交流はありましたか。例えば、家に行ったり招かれたりとかは」
大紫兄の眉がぴくぴくしている。ゴミ屋敷の惨状に耐えられないようだ。
「ないですねぇ。汚い家から来た奴が上がるなとまで言われちゃってて」
うんうんと頷きかけ、慌てて腕時計に目線を移す。危ない危ない。
「き、きのうの二十一時三十分時から二十二時の間は、どこで何を?」
「家で晩酌を。ほら、この缶です。うまかったなぁ、生ビールとレモンサワー」
「捨てましょう。今日は缶の日ですよ」
足元から缶を拾い上げた立木に、数十メートル先のゴミステーションを指差して教えてやる。早口でお礼を言い、ゴミの纏う独特な空気を振り払うべく全力疾走で車へ戻った。




