デッドロック_③
「ここに来るの、迷いませんでしたか?家しかない所だし、入り組んでて」
「いえ、全然…住所見ながら来ましたし。面白かったです、ホームページの作り」
「それは良かったです」
碧波がそっけなさすぎて、会話が大して弾んでいない。質問するなら、話を膨らませなさいよ。
仲良くなれなさそうな二人ではあるし、仕方ないが。
突然、部屋中にけたたましい電子音が鳴り響く。依頼か?という淡い期待はすぐに消え去った。
固定電話の番号は、よく知った友人のものだったからだ。その友人──遼山龍馬は、俺が取った受話器を耳に当てる前に話し出した。
『よ。元気か探偵』
「…冷やかしで電話してきたなら今すぐ切るぞ」
『警察はそんなに暇してねぇよ。仕事の依頼をしようと思ってな』
「本気?警視が依頼くれるの?そんなに難しいの?どんな案件?」
『お前らん家の防犯カメラを見せろ。つけてるだろ、事務所に。そこ以外に防犯カメラがないんだ、この地域』
「……ごめん、あれダミーなの」
『…そうか。切るぞ』
「こら待て、何があったのか説明しろってば」
何の話?と首を傾げる碧波に目配せして、スマホを起動する。ニュースアプリを開くと、速報で事件が上がっていた。
内容は、ある空き家の2階で男子大学生の絞殺体が見つかったというもの。見出しに使われている写真は、よく見慣れた住宅街だった。
死亡推定時刻は、十八時三十分から四十五分の間。まさか…じゃあ、あのラインは偽造か?誰が…
「…おい、これか?」
『なんだ、今知ったのか。被害者の名前は…』
「中村芳樹だ」
『よく知ってるな。まさかと思うが、お前らが犯人…』
「言っていい冗談と悪い冗談があるぞ。…関係者がうちに依頼に来てる。警察からも話聞くか」
『今から向かう』
受話器を置き、不安気な顔の大島に言いづらい事実を…告げかけて、やめた。ショックの大きい話は、警察の方が上手く伝えられるはずだ。
「中村さんの失踪について、警察が動いています。大島さんからも、話を聞きたいそうです」
「話なんて…そんな、話すことなんて、私」
「聞かれたことに答えるだけでいいんですよ。緊張するけど、自分の知ってることを話すだけだから大したことじゃない」
スマホを大島に手渡した碧波が、薄く笑いながら言う。
「経験があるんですか…?」
「さぁ」
「碧波」
わかってる、というように碧波が手をひらひらさせる。大島の表情が、次の言葉で一気に引き攣った。
「どこまで話すのか、今のうちに考えておいた方がいい。ただ。警察が本気になれば、そのうち真相は明らかになる。わざわざ先延ばしにすることはないんじゃないですか?」
「……何を言ってるの?」
声を震わせる大島と、笑みを浮かべたまま淡々とした口調で話し続ける碧波。俺はというと、碧波の言葉の意味がわかっても、そこに行き付いた手がかりがわからない。
「依頼は既に解決してる。あとは警察の仕事です」
インターホンが鳴る。ドアを開けた先には、スポーツマン体型の警視と小太りな男の二人組の姿が。
「警察です。なんでまた、こんな所に事務所なんか…」
「でも、そのおかげで解ける謎もある。…この方が関係者。大島美雪さん」
「………」
碧波と大島の姿を見て、龍馬が男の背中を叩く。
「小園。任せた」
「えっ…しょ、署までご同行願えますか」
諦めた表情の大島を連れて、小園と呼ばれた男が事務所を出て行く。そこに留まった龍馬は、俺たちの方に向き直ると口を開いた。
「…依頼だ」
「何故犯人は大島美雪なのか、だね」
「というより」
新しく淹れたコーヒーを机に置くと、それを合図としたかのように三人同時にソファーに座った。俺は悔しさを感じつつも、隣の碧波に疑問を投げかけた。
「碧波が何故そう思ったのか、の方が謎だ」