密室なんてありえない_⑧
パーティールームには、まばらに飲み物や食事が残っている。クッキーをつまもうとする碧波を窘めながら、部屋を見渡した。…現場がここで完結していたなら、もっと解きやすかったのに。
いくらか調子を取り戻した碧波が口を開く。互いの頭にある推理を、整理するように。
「外傷なし、今の所大きな病歴なし。殺人なのは確実。このパーティールームにいながら、別室にいる榊を殺したい。そんな時にうってつけのやり方が一つ。さぁ大紫兄、考えられる殺害方法は?」
「毒殺。だ、けど……」
すっと頭が冷たくなった。冴えてるわけじゃなく、ものすごく悪い意味で。数時間前までの相棒の行動が脳内を駆け巡る。
「さっき散々飲み食いしてたよな、碧波⁉」
「したよ。美味しかったねぇ」
満足そうな碧波は、俺が振り向いた時にはアイスティーを飲み干していた。
「馬鹿馬鹿!この流れで新しいもん口に入れるな!」
「喉乾いたんだもん。毒入りならその時はその時だ」
「だーッ、吐け!全部吐け!!」
「吐けるかぁこんなとこで!」
後ろから碧波を抱えて振り回す。そんなアホな最期、許すもんか。
「大丈夫だって。アイスティーもクレープも、みんなだって口にしてた。でも三時間経った今、ピンピンしてるでしょ?」
「偶然当たらなかっただけだろ。どれに毒が入ってるかなんて、まだわから──」
「じゃあもっと丁寧に言おうか。榊が口にしたのは、アイスコーヒーとフライドポテトだけ。毒を盛りやすいのはどっち?」
「……コーヒー、だな」
一気に力が抜けて腕をほどく。碧波は机にあったお盆を取り、コーヒーのグラスの上に伏せた。十個のグラスの中身は一定の量とは言えず、ばらばらに注がれている。
「慌てすぎだよ」
「当たり前だ」
「…だね。ありがと」
しばらく二人とも無言で服の裾などいじっていたが、碧波のスマホの着信音を聞いて顔を見合わせた。スピーカーにした碧波のスマホに顔を寄せ、龍馬の声がするのを待つ。
『お疲れ。どうだ、進捗は』
「お前の話による」
『そもそもどういう事件なんだ?』
「密室だよ。完全なね」
『…じゃあ結局別の謎なんだろ』
電話の向こうで明らかに失望する龍馬。さすがはミステリ好きだ。話が早い。
「あとで全部教えてあげるから。龍馬くんか小園くんには、寄り道して貰うことになるだろうけど」
『ん?それはどういう…いや、俺の報告が先か』
白い横顔を盗み見る。碧波の調子が乗らないのは死体を見たからだが、そのままの単純な意味ではない。
恐怖。
怒り。
羨望。
執着。
『殺人』や『死体』に対する碧波の感情はあまりにも複雑で繊細で、にも関わらず他人事のように冷めている。そこだけは俺も同じように、どこか冷めている。
冷めようとしている。
強制的に冷めることで、言語化できない感情は俺たちの中で凪を保っている。それが時々、こんな風にふらふらと揺蕩う。言葉にしたなら、この感情はきっと殺人者よりもどす黒い。
一度血溜まりの中に突っ込んだ足は、今も掠れた血をこびりつけたままだ。
〈どしたの?〉
怪訝な面持ちの碧波が口の動きで問いかけてくる。いつの間にやら見つめ合っていたらしい。いや何も、と首を振ると、薄く笑って目を逸らした。
『…俺からは以上だ。役に立ちそうか』
「充分だよ、ありがとう。寄り道は?する?」
『もちろんだ。小園を向かわせる』
通話が切れたのち、どちらからともなく自嘲的な笑いが込み上げた。
こんな簡単な謎の何に悩んでいたんだか。




