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DEAD-LOCK  作者: 西浪
デッドロック
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デッドロック_②

 探偵事務所デッドロックのサイトには、ある「(ロック)」が掛かっている。

 サイトのトップには、碧波が書いた事務所の紹介文しか表示されていない。

 まず、依頼人情報フォームに氏名、年齢、性別、職業、住所、電話番号、メールアドレスを入力。続いて表示される依頼内容フォームに依頼を入力。個人情報の取り扱いに同意したところで、やっと事務所の住所と電話番号が表示される。

 また、その画面はスクリーンショットや画面録画の類を撮ることができないように設定されており、依頼人は画面の表示が消えるまでの三分のうちに情報をメモするなりなんなりして保存する必要がある。余計な人間…例えば、俺たちが警戒しているような奴に事務所の場所が割れないための、苦肉の策。冷やかし防止やプライバシー保護の観点から考えれば、なかなかの妙案だと思う。

 俺の好きな小説みたいに、インターホンやノッカーの類を全部外すという案は却下された。パクリになるから、というのが碧波の言い分。小説の中ならともかく(、、、、、、、、、、)実際にある探偵事務所(、、、、、、、、、、)()小説を参考にするぶんには問題ない気が……とにかく、碧波が言うなら駄目なんだろう。基本的に、俺は碧波には反対しない。

 それはともかく、依頼人がわざわざややこしい手順を全て踏むからには、切羽詰まっていてそれなりに解きごたえのある案件が待っているということだ。事件自体を楽しむ気は全くないが、謎解きができる日々はかなり魅力的。

 俺と碧波は、少し浮つきながら部屋を整えた。机の上には、素人の俺が淹れた雰囲気だけ本格的なコーヒー。探偵業も素人の俺たちは、今さら尻込みしていた。

 「ね、すっごく難しい案件だったらどうしよう」

 「なんとかしよう。一応警察にもツテはあるし…ひッ、来た!」

 モニターを見た俺の言葉に被せるようにインターホンが鳴り、ドアが勢いよく開けられた。

 「こんにちは。大島(おおしま)美雪(みゆき)さんですね──」

 「人を探してくださいッ!」

 「ひッ」

 勢いに負け、ドアの傍にいた碧波が後ずさる。大島はそのままの勢いで応接用ソファーに駆け寄ると、机に手をついてもう一度。

 「人を探して欲しいんですッ」

 「……こんにちは。取り敢えず、落ち着いてください…」

 向かいのソファーに座っていた俺は、ぎこちない愛想笑いを浮かべてマグカップを差し出した。できるだけインスタントの味がしないもので、尚且つお手頃価格なものを吟味したこれ。大島は、その庶民的な美味しさにありつく余裕もないらしい。

 「落ち着いてられるわけないでしょ!」

 「一応、本人確認を。免許証とかお持ちですか?」

 高そうな腕時計のついた手が高そうな財布の外側を探り、相棒に学生証を突きつける。ソーシャルディスタンスか?と聞きたくなるような一定の距離を取ったまま、碧波が頷いた。

 「…はい、確かに」

 ソファーに座った大島に続き、碧波がノートパソコン片手に俺の隣に座る。

 「お探しの方は、中村(なかむら)芳樹(よしき)さん。大島さんと同い年の、大学三回生…アプリで知り合った彼氏さん、ですね?

 四日前の十九時頃に大島さんの自宅へ来る予定だったのが、いつまで経っても来ない。電話もラインも応答なし…」

 「芳樹はスパダリなんですぅ!すごく優しくて、一人暮らしの寂しさを和らげてくれるっていうか。あれもこれも買ってくれるしぃ…あ、この鞄もピアスも買って貰いました!」

 大島が見せたのは、ブランド物のバッグとピアス。俺でも知ってるような、いずれもかなりの値段がついているものだ。時計と財布もだろ…いささか苦手意識を持ちながら、形だけの共感を示して大きく頷いておく。

 「わぁ~すごいですねぇ~!」

 「ほんとに思ってます、それ?」

 「思ってますよ。…ほんとですって」

 「……」

 「……」

 室内に気まずい空気が漂う。耐えられなくなった碧波が、取り繕うような笑顔で質問した。

 「…お誕生日プレゼントとかですか?」

 「いや、誕生日はもっといいもの貰いますよ~。これは芳樹がバイト先の喫茶店で女の子と喋ってたお詫びで、ピアスは初めて一緒に海外旅行した記念日ですぅ。

 旅行費用は全部芳樹持ち!私の機嫌取る方法、わかってますよねぇ」

 大島が手に持つスマホの画面には、一組の男女の写真。大島の隣には、人のよさそうな男性が映っている。あっさりしていて、柔らかい顔立ち。

 しかしその表情は、そこまで楽しそうなものには見えない。

 気を鎮めようと、マグカップに角砂糖をごろごろ放り込む。こいつ何してんだ、と言いたげな碧波の視線が突き刺さった。

 「こらッ。糖尿になるよ?」

 「葛藤してるの。初めての依頼者なのに……どうしよ、受けたくねぇ…」

 「取り敢えず手止めて、お砂糖もったいない…てか、それ私の!」

 「うわ、ごめん!流してくる」

 「いや、一応味見を…」

 「するなするなするな」

 「…あのぉ」

 「あ、はいすみません」

 碧波が甘ったるいコーヒーをすする横で、俺は大島に向き直った。

 「大島さんからの連絡の頻度と、ラインの内容をお聞きして宜しいですか」

 「芳樹がいなくなってからは、30分に1回くらいです。ラインは…」

 大島の手に握られたスマホを、2人で覗き込む。通話履歴は、全て不在着信になっていた。見せられたトーク画面には、30分おきに

 『どこにいるの?』

 『せめて既読つけて』

 『ねぇ今どこ?』

 「……無視されているだけなのでは?」

 マグカップを手に、大島が首を傾げた。

 「私、彼女なのに?」

 「…くぇッ」

 碧波が空になったマグカップに顔を隠し悶絶する。底に溜まった異常な甘みのせいか、苛立ちのせいか。はたまた、その両方か。てか、なんで全部飲んじゃうの…

 マグカップを置いた碧波は慎重に口を開いた。

 「大学生の一人暮らし。決して十分な余裕のある生活を送っているわけではありませんよね?そんな中、大島さんは中村さんに高級ブランド品や旅行費用をたかり続けていたわけですよね。

 …愛想つかされて着拒。まず浮かぶのがそれです」

 オブラートには包み切れなかったようだ。いや、これでいいのかも。はっきり言わなきゃ伝わらない人種も一定数存在する。

 「そ、それだけは絶対にありえません!」

 「根拠は」

 冷静に問う碧波の前にスマホが置かれる。中村からの、失踪前最後のラインだ。

 『今向かってるから待ってて』

 「今向かってるから、待ってて…」

 思わず文面を読み上げる。18時50分の履歴。大島の自宅に向かう途中で失踪したとみるべきか。落ち着きなくスカートの裾を握りしめた大島が呟いた。

 「着拒していなくなるつもりの人の文章じゃないでしょ?」

 「ですね。警察には?」

 「連絡してません…相手してくれないかもって」

 机に置かれたまま暗くなっていくスマホの画面を見ながら、碧波が立ち上がった。空になったマグカップを3つ台所に持って行き、窓の外を眺める。

 窓の向こう側では、やけに騒がしい音が絶え間なく響いている。それに混じって、サイレンの音が聞こえた気がした。どこかで事故でもあったのだろうか。

 「降ってきた?」

 「大雨だね。きのうの天気予報通り。傘、持ってますか?」

 「あ、折り畳みが」

 「それだと心もとないかも。台風が近付いての雨ですし」

 俺の言葉に頷きながらカーテンを閉めた碧波が、茶菓子を手にソファーに座った。

 「ちょっと、雨宿りして行きませんか?」




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