阿部比羅夫の来訪・・・(1)
登場人物が増えすぎていないか……?
中央ではゴタゴタが続いているみたいですが、讃岐は平穏そのものです。
前にも申しましたが讃岐は讃岐でも、うどんで有名な讃岐ではありません。
大和の中の片田舎です。
片田舎には凄腕の剣士が居ます。(ウソ)
ここがどのくらいの片田舎であるかと言えば、今の国の中心地である飛鳥京から徒歩で3時間以上掛かります。
現代なら3時間あれば車で一般道を通って奈良から三重県の伊勢神宮まで行けてしまう距離です。
要するにものすごく遠いのです。
こんな辺鄙な田舎に他所の方は滅多にやって来ません。
私がこの世界、この土地に来てからが異常なのです。非常識なのです。
その様な非常識が、本日、またまたやって来ました。
◇◇◇◇◇
私達五人、飛鳥戦隊かぐレンジャーが田植えの視察をしている時にお馬さんに乗った一団がやってきました。まさか讃岐を攻め落としに来た?! ……と思いましたが三年前のニセ貴族ではあるまいし、この地を攻め落とすメリットが見当たりません。しかし讃岐には中臣様の奥様と嫡男、そして阿部倉梯氏の後継者が居るのです。時期を考えますと、そちらを警戒しなければなりません。
「皆さん、今すぐに家へと戻りなさい! 何があっても外に出ない様に」
私は急いで田植え作業をしている領民に家に引き返す様伝えました。
「今、一番警備が整っているのは我が屋敷です。みんな、一緒に着いてきて下さい!」
私達は我が家へ駆け込むことにしました。しかし、領民ファッションに身を包んだ私以外、田舎にそぐわない格好をしている皆は目立ってしまいます。騎乗の人に見つかってしまいあっという間に追い付かれてしまいました。
「そこの子供達よ。驚かせて済まぬ。安心されよ、敵ではない」
野太い低音で話すお髭の武人は、敵意がないと主張しております。しかし「オレは誘拐犯だぁ〜」と言いながら子供を拐かす賊なんて、アニメに出てくる“ならず者”くらいです。分かり易いモヒカンにして「ヒャッハー」する馬鹿はいません。私は幾つもの不可視の光の玉を辺り一面に展開しました。
「そこの娘さん、何かしようと身構えているみたいだがやめてくれ。私は人を探しにやって来たんだ」
「探してどうなさるおつもりですか?」
「これは驚いたな。私に面と向かってものを言う子供を初めて見た。普通の子は皆、私の姿を見て竦んでしまうか、逃げ出してしまうのだが……」
馬に乗った大男は何だか独り言を言っています。それにしても大きいです。この時代のお馬さんがポニーサイズなのは知っておりますが、それがワンコくらいに小さく見えてしまい、まるで大型犬に熊さんが乗っているみたいです。
「先触れもなくやって来て済まなかった。言い遅れたが、私は阿倍引田臣比羅夫という。戦う事を生業とする者であるので、無粋者であるのは勘弁して欲しい。
阿部倉梯の新しい宗主がこの地にいると聞いて会いに来たのだ」
阿部………比羅夫!
飛鳥時代随一の将軍様じゃないですか!
教科書にも載る様な有名人じゃないですか!
サイン欲しい! ちょうだい!
……と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、社会人スキル発動です。
「初めてお目に掛かります。私は讃岐造麻呂が娘、かぐやと申します。かような所までわざわざお越し頂けます事を光栄に存じます」
「其方はこの地の国造の娘なのか? 済まぬ、身なりを見てすっかり領民の子だと思った」
見かけとは違い、比羅夫様が礼儀正しいお方に見えたので警戒を解き、不可視の光の玉を消しました。そして横にいる御主人クンに目配らせをしました。
御主人クンはコクリと首を縦に振り、比羅夫様に申しました。
「私が先の左大臣、阿部倉梯内麻呂の嫡男、御主人です。かような場所まで足をお運び頂き恐縮に御座います」
「おお、其方が御主人殿か。いや何、越国へ来て蝦夷地への遠征準備に同行したいとの事だったな。返事をしようと思ったのだが、使いを出すより私が直接来た方が早かろうと思ってな。厚かましくもここへ押しかけて来たという訳だ」
「それは辱く存じます。お疲れでしょうから宮にてゆっくりとお寛ぎ下さい」
「ああ、助かる。ところでかぐや殿は御主人殿の妻殿なのかな?」
「い、いいや違う! ここは帝の命で農業試験を行う場所なのだ。我々はここに離宮を構えて協力はしているが、実際に行っているは讃岐の国造であり、かぐや殿なのだ。我々はこの地の客分に過ぎない。
そ……その様な関係でない」
何か、スゴい勢いで否定されました。求婚されるより全然いいのですが、少しモヤッとした気持ちです。モヤモヤしたついでに聞いてみます。
「御主人様。これだけのご人数を歓待される準備は御座いますでしょうか?
もし不足で御座いますようであれば私共がご協力致しますが?」
「そ……そうだな。ここへは喪に服すためにきたので、あまり備えがないと思う。申し訳ないがかぐや殿のお言葉に甘えるとしよう」
「はっはっはっは、違うと言いながら随分親しいようだな。押しかけて来た手前、贅沢を言うつもりはない。かぐや殿、宜しく頼むよ」
「はい、畏まりました」
比羅夫様はそう言い残して、御主人クンと共に宮のある方へと行きました。
飛鳥時代には、”武士”という戦闘に特化した階層はまだ現れてはおりません。
なので貴族が先頭に立って戦うことは珍しく無いのですが、比羅夫様は見るからに強そうな豪傑って感じのお方です。
しかし粗野な感じはなく、サバサバした感じの方の快男児って感じです。
見掛けは熊さんですが……。
かぐレンジャーの五人は一旦ここで解散して、皆お付きの人と共に宮へと戻って行きました。
そして傍に控えていた源蔵さんに領民に向けて危険は去ったと伝えに行かせました。
私は私でもう一人の家人さんと共に屋敷へと戻り、お爺さんお婆さんに阿部氏の新たな氏上様が来訪された事を伝え、来客の約十人と宮にいる十人分の夕餉の支度をお願いしました。
勝手な憶測ですが比羅夫様ならば五人分くらい食べてしまいそうなので、五割り増しでお願いしておきました。
本日の献立は当地自慢の白ご飯、卵と鶏肉があるので親子丼もどきをメインにしました。みりんが無いので少しパンチに欠けます。半熟卵は光の玉でバイ菌を殺菌しています。だからここでしか食べることが出来ないデンジャラスなメニューです。
後で御主人クンに聞いたらすごく好評だったらしく、比羅夫様は三杯おかわりをしたとの事でした。
(つづきます)
阿部比羅夫は西暦660年頃から歴史の表舞台に現れましたが、それ以前の経歴は今ひとつハッキリとしておりません。
ここでは越国の敦賀の疋田を本拠地とする越国守としております。
実際に阿部御主人と交友があったかは全く分かりません。
あくまで創作上のお話です。