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与志古様の出産

拙作も医療小説へと突入しました。

目標はブラックジャックです。(ウソ)


少々生々しい表現があります。

苦手なかたは読み飛ばして下さい。


 与志古様の出産を控えて我が家は24時間体制で支援体制に入りました。

 一月が過ぎ二月も中旬を迎えた頃、その日はやってきました。


「かぐや様、与志古様が破水しました。与志古様よりすぐに来て頂きたいとの事です」


 寒い日の昼過ぎに与志古様からの言伝を預かってきた使いの方が来ました。

 私とお手伝いの家人さん達は急いで中臣氏の宮へと行き、与志古様の元へと向かいました。

 通された先は北の離れに建てられた仮設の御産所、いわゆる産小屋うぶごやです。

 私としては暖かい屋敷の中で出産して欲しいのですが、出産や月経せいりを不浄とする考え方が支配的なこの時代で、現代知識を押し付ける事ができず、黙認しています。


 ところが困った事に、中に入れて貰おうとしたのですが許可がおりません。

 出産を担う女官さんが中に居るらしく、部外者の立ち入りを認めないとの事です。

 どうやら与志古様のご実家の車持氏くるまもちうじが宮を動かして女官さんを手配した様です。

 この時代の母方の実家というのは発言力が強いのです。


 戸の隙間からは巫女さんが祈祷をしているらしき様子がチラリと見えました。

 巫女さんが入っているのなら私も入れて貰いたい。

 しかしこの時代の常識で考えれば、邪を祓う巫女さんこそ必要であり、私のような子供が出る幕ではないのでしょう。

 これが赤の他人でしたら私は諦めて素直に従いますが、与志古様とはそれなりに親しい間柄だと思っていますし、何より中臣様が怖いです。

 お付きの人に与志古様の希望で私がここにいる事を伝えて頂き、女官さんからは断りの返事が来て、それを三回ほど繰り返した所で、与志古様が私に同室して欲しいと言っているのが決め手になって入室が認められました。

 一時間ほどずっと外でしたので身体はすっかり冷えてしまいました。赤外線の光の玉で暖を取っていなかったら凍えていたでしょう。


 産小屋の中では、地鎮祭の様に張られたしめ縄の中に居る与志古様を背にして、四人の巫女さんが外側を向き無言で祈祷しています。

 けがれを祓うという意味があるのでしょうけど、私からすれば雑菌濃度を増やすお邪魔虫にしか見えません。

 奥へと進むと与志古様と目が合いました。


「与志……」


「話し掛け無いで下さい。邪を払っているのです。邪魔するのなら追い返しますよっ!」


 女官さんにすごい剣幕で怒られました。まるで私が邪気そのものであるかの様な扱いです。

 邪念よこしまの塊である事は否定しませんが、ひどい扱いです。


 女官さんにすれば与志古様と赤ちゃんの命を自分が預かっているという責任感と、自分が絶対に正しいという自負があるのでしょう。

 与志古様の枕元で不毛な言い争いはしたく無いので黙る事にします。

 その代わりにこの部屋全体に、バイ菌とウィルスを退散するアマビヱの光の玉を赤外線モードで解き放ちました。


「う! うーー!」


 天井から吊るされた紐の下に横たわる与志古様の様子を見ていると陣痛の間隔は10分くらいです。

 まだ暫く掛かりそうです。

 私としては与志古様を座らせて、さすってあげたいのですが……。


 ◇◇◇◇◇


 八時間くらい経ちました。とっぷりと日が暮れて外は真っ暗です。

 産小屋うぶごやの中も産湯を沸かす釜戸の火の灯りだけで薄暗いです。

 その間、与志古様は水分も食事も一切口にしていません。

 せめて水を飲ませてあげたいのだけど、女官さんが許してくれません。


 与志古様は経産婦なので陣痛が8時間以上も続いているのは少し長い……かな?

 領民の出産に何度も立ち会っているのである程度は知っていますが、そろそろ産まれていてもいいはずです。

 早い人になると、産気付いたと知らせを受けて現場へと駆けつけてみたら、既にと産んでしまった後だったりします。

 スポーン!


「う! うーー!うーー!」


 陣痛の間隔は5分くらい、子宮口が開き始めているはずです。

 陣痛の時間が少しずつ長くなってきて、与志古様は辛そうです。

 ゴロンゴロンと体勢を変えて痛みと闘っています。

 私の教えた呼吸法をやっているのが分かります。


 深呼吸、深呼吸!


「痛いー!痛いっ、いたー!」


 深夜になり、痛みに耐える与志古様の声だけがこだまする産小屋うぶごやの中。

 一向に赤ちゃんが出てくる気配がありません。

 お願いだから女官さん、与志古様に声を掛けて励まして!

 ……と思ったのですが、私は気付いてしまいました。

 この女官さん、何もしていない……?

 よく見ると四人の巫女さんのうち二人は座ったままウトウトと寝ています。

 こんな状態でよく寝ていられるものだと思いますが、12時間ずっと祈祷するのは無理なのでしょう。

 だったら退いて欲しい。


「痛いー!痛い、痛い、痛い、痛い、痛いーー!」


 与志古様の苦しそうな様子と周りの無責任な様子に私は見ていられなくなり、実力行使をする事にしました。

 不可視の光の玉に睡眠の質が良くなるドリンクのイメージを載せた光の玉と、学校の朝礼で校長戦線の長話でクラクラっと貧血になるイメージを載せた光の玉を女官さんにぶつけました。

 すると女官さんはポワッと薄く光った後、フラッとしてバターン!と倒れました。


「大変! 誰か、この方を外に連れ出して!

 邪に魅入られています! 早く!」


 ウトウトとしていた巫女さん二人はビックリして飛び起きて、慌てて女官さんを担いで外へ逃げ出す様に出て行きました。

 心の中で「ザマァ」と思ったしまったのは内緒です。

 残った二人の巫女さんはどうして良いのか分からずオロオロしています。

 しかしこれで人数は私達が上です。

 主導権を奪取しました。

 私達は髪の毛を覆う三角巾と、口の周りを覆うマスクをして与志古様の傍に駆け寄りました。


「付き人の方、与志古様の手を握ってあげて下さい。親しい方の励ましが一番の癒しになります。与志古様、あと少しです。頑張って下さい」


「はぁはぁはぁはぁ……お願い……するわ」


「今飲んでも吐いてしまいますので、口の中の渇きを潤すだけで構いません。

 少しだけ口に含んで下さい」


 半日以上飲まず食わずだった与志古様にほんの少し水を口に含ませました。

 これで少しでも元気が出ればいいのですが。

 与志古様には横に寝て頂き、私はお尻の辺りを摩ります。


「いたぁーい、痛い痛い痛い痛い痛い!」


 まだ子宮口は開き切っていません。

 チクショー、あの女官め! こんなになっても何もしないなんて何考えているんだ! と(心の中で)口汚く罵ってしまいます。


「ええ、痛いですわ。真人様の時も痛かったですもの。でも痛かったおかげで真人様の様な素晴らしいお子様に出会えたのです。頑張りましょう!」


「えぇ………はぁはぁ。頑張る……わ!」


 陣痛の痛みの間隔が数分おきとなり、陣痛で痛む時間の方が長くなってきております。


 ようやく子宮口が全開しました。


「では与志古様。生まれますよ。

 んん〜っとイキんで………はい。どうですか?」


「痛いー、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 ………?

 子宮口から見えるものがいつもと違う様な気がします。

 小さな光の玉を出して、子宮口へと近づけました。羊膜の向こうに見えるのは……足?


 逆子かっ!?


 でもここで与志古様を不安にさせる事は口に出来ません。

 長丁場を覚悟して、赤ちゃんの命を大事に、与志古様の負担を減らす事を最優先します。


「さあ、与志古様。赤子が見えております。あと少しですよ!」


「うっ!きゅーん、はぁはぁはぁ。

 ひっ!ひっ!ふーーーーーんんんんん」


 与志古様の孤独な闘いが続きます。

 30分、1時間、………。


「うーーーーーーん、痛ーーーーい」


「はい、与志古様。楽に呼吸なさって。 いち、に、さん! はいっ!」


「うーーーーーーん」


「あと少しですよ」


 たぶん骨盤を通過中です。


「与志古様、頑張って!」


「いたーーーーーーい!!!

 私がこんなに苦労しているってぇのに。鎌足は何処をほっつき歩っていんだ。前のといい、ホンットに中央の男ってろくな奴がいねえだ。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 与志古様が北関東ネタの芸人さんみたいな言葉になっています。

 あと心に思っていた事が出ちゃっていますが、気持ちはお察しします。

 この際ですから思いっきりぶちまけて下さい。


「もう少し!」


「んきーーーーーー!!!」


 出ました!

 やはり逆子でした。でもなかなか泣きません。

 とにかく清潔な布で優しく拭きます。

 この布は縫部さんがあちこちに手を尽くして探し出した最高級の麻布で、光の玉で消毒してあります。

 私が抱き上げて拭いてあげていると、右肩がおかしい様です。

 念の為、光の玉で脱臼と骨折を治療する光の玉をあてると、赤ちゃんが僅かに光りました。

 どうやら産道を抜ける時、腕が引っかかってしまった様です。

 でもまだ泣きません。


わらを持ってきて!」


 私は家人さんにストロー代わりの藁(これも消毒済み)を赤ちゃんの鼻の穴に入れて羊水を吸い出しました。そして背中をペシペシ叩いたら……。


「オギャ、オギャ、オギャ」


 まるで別の生き物かの様な鳴き声をあげました。

 不安そうだった与志古様も涙を浮かべて布に包まれた赤ちゃんを抱っこしました。


 気がつくと外は白み始めていて、もうすぐ朝日が登ろうとしておりました。


古代の出産について調べてみますと、本作に書かれているのはマシな方で、出血を伴う出産は穢れとされ、出産を屋外でしたり、土間でだったり、妊婦さんの安全は二の次でした。

その様な残酷な話を書く勇気がなかったので、早々に主人公(かぐや)に主導権を握らせました。

作者が分娩の経験があればもう少し正確な描写が出来たでしょうけど、これが精一杯です。

間違いや勘違いがございましたら、ご指摘下さい。


現代の産婦人科医に感謝。

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