秋田様夫妻の帰還とお土産
平和な日常回です。
主人公には残念ですが、長くは続きません。
この世界にやってきて初めてと言っていいくらい、トラブルらしいトラブルの無い平和な元旦の宴が無事終わりました。暫く、イベントは要りません。
『小説のネタにすらならない日常を目指す』
これが私の今年の抱負です。
【天の声】そうしたらPV数が稼げないだろ。
三が日が過ぎました頃、秋田様夫妻が讃岐の宮に戻ってきました。
「姫様、長らく宮を留守にしまして申し訳御座いませんでした」
「お二人もお変わりなく何よりです。ところで萬田様……ひょっとして?」
「はい、此度めでたく懐妊致しまして……」
なんと萬田様がご懐妊しているとご報告が。
既にお腹がポッコリしております。いわゆる安定期に入るまで三室戸に留まり、正月の儀を終えて帰ってきたのだそうです。おそらく3月か4月頃、出産するだろうとの事でした。
逆算しますと……、さすが秋田様!
一発屋芸人と呼んで差し上げましょう。
【天の声】下賤なかぐや姫だな。
「つきましてはかぐや様」
「はい、何でしょうか?」
萬田先生が真剣な表情でお願い?
「姫様がこの地域の赤子をたくさんお救いになられていると聞き及んでおります。是非私どもにもそのお力に縋らさせて頂きたく存じます」
「ええ。もちろん私にできる事があれば何なりとお手伝い致します」
「お願いするからには私共もそれなりの用意が御座います。どうぞこれをお受け取り下さい」
と、言いながら包みを前に差し出して、ハラリと包みを開けました。
そこには書がドンドンドン! と積まれております。
高価な書がこんなに?!
「難しい書も真面目な書も用意しました。間には秋田の収集品が挟んでございます」
なんという事でしょう!?
「任せて下さい。年中無休24時間体制でフルサポートします!
アフターケアもお任せ下さい!
……じゃなくて、深夜早朝如何なる時もお呼び下さい!」
一方、秋田様の表情が浮かない様子です。
「秋田様、貴重な資料をお譲り頂きまして感激です」
「はぁ、お喜び 頂けて 何より です」
元気がありませんね。
単語と単語の間にため息がサンドイッチされています。
どうやら萬田先生に無理やりコレクションを吐き出せられたみたいです。
「姫様が気にやむ必要は微塵も御座いません。秋田も一児の父となる訳ですので、尊敬される父親になって欲しいと願っておりますので」
「そうですわね。特に女の子の場合は、年頃になると父親に厳しい目を向けがちです。
だらしの無い父親に向けて『父様、ウザい』などと残酷な事も言うやも知れません」
「うっ」
秋田様に会心の一撃が決まった様です。
とは言え、収集品とは自分の分身みたいなものです。
それを取り上げられると言う事は、秋田様にとって身を割かれるような想いなのでしょう。
好事家の趣味への理解のない嫁が、半生を掛けて集めた旦那の収集品を勝手に処分してしまうという話題は、現代のネット界隈においても一大テーマでしたから。
「秋田様、此度は貴重な資料をお譲り頂きまして誠にありがとう御座います。ささやかですがお礼を」
と言い、光の玉を浮かび上がらせ、秋田様に向かって「えいっ」とぶつけました。
「……?
……おぉ!」
秋田様が自分の頭を触りながら変化に気付いた様です。
「姫様、どうされたのですか?」
「秋田様が元気になられる様、ほんの少し後押ししただけに御座います。
ほほほほほ」
と言いながら、実は髪型で誤魔化している頭頂の薄い部分をアンチピッカリの光の玉でフサフサにして差し上げました。
ついでに生え際も5ミリだけ前進です。
「おぉ、おぉ〜。姫様、ありがとうございます」
出発前の約束もありましたし、心の傷が大量出血中の秋田様も少しは癒えるかも知れません。
満足そうな様子の萬田先生と少し元気になった秋田様は、宮へと戻って行きました。
◇◇◇◇◇
その翌日、忌部佐賀斯様ご夫婦がお越しになりました。
秋田様達が戻られたのでいよいよ天太玉命神社へと戻り、氏上代理に復帰されるのだそうです。
「かぐや殿、この半年間は小首が唯ならぬ世話になったばかりでなく、私自身も生涯忘れ得ぬ貴重な経験になりました。改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございました」
夫婦揃って深々と頭を下げられますと、さすがに気不味いです。
ちなみに小首ちゃんとは、奥様が抱っこしている赤ちゃん(男の子)の名前です。
命名は氏上様です。
「そんな事ございません。ただ時々小首様を抱っこして、オムツ変えて、あやしていただけです。そんな大層な事はしておりません」
「皆に敬愛されますかぐや殿にその様に大事にされたこの子は幸せ者です。それに讃岐が豊かになっていく様は向こうへ戻りましても大変参考になりました」
「稲作につきましては今後も地道な努力を続けていくつもりでおります。忌部氏のお力をお借り頂きましたらとても心強く、頼りにしております。今後とも宜しくお願い致します」
「こちらこそ、末永いお付き合いをお願い致します」
そう言い残して、佐賀斯様夫妻は天太玉命神社へと戻っていきました。
きっと小首ちゃんが大きくなったら言うだろうな。
「お姉さんは小首ちゃんのおむつを替えてあげたんだよー」
男の子にはちょっとキツいかもね。
それに子首ちゃんは……。(旗)
◇◇◇◇◇
出産は萬田先生だけでなく与志古様も出産間近です。
出産時には私もお手伝いする事は既に決まっております。
内臣様の嫡男になるかも知れない出産にほぼ一般人の私が立ち会う事は本来あり得ない事ですが、この地域の驚異的な乳児死亡率の低さを知っている与志古様は讃岐での出産を決意されて、私の立ち会いを望んだのだそうです。
また、京にある中臣氏の宮は別の意味で危ないというのもありますが……。
しかし万が一……というより、この時代の医療事情を鑑みますと、結構な確率で赤ん坊が亡くなった場合、中臣様の怒りの矛先が私に向くかも知れません。
正確な生年月日を覚えていませんので確証はありませんが、生まれてくる子が男の子でしたら将来の藤原不比等である可能性もあります。
それに女の子の場合でも、中臣様と皇子様の親密さを鑑みれば、生まれながらにして皇子様のご子息の后候補です。ある意味、男の子より責任重大です。
もし早産となれば今すぐ生まれても不思議ではありませんので、与志古様の出産を控えて私は今年の正月の予定をほぼ全てキャンセルして待機しています。
我が家の中でも産婆さん並みの準備が常にされていて、朝でも昼でも夜中でも誰かが必ず起きて、清潔な布や産着セットは常時スタンバイしております。
私は私で寝不足にならない様、秋田様から接収した書物を封印して、規則正しい生活を心掛けました。
そして中学、高校で習った保健体育の知識を思い出しながら妊娠、出産の注意事項をリストアップしています。
保健も体育も得意ではなかったですし、妊娠も出産の経験もありませんでしたので、この手の知識に疎いのが悔やまれます。
避妊法なら覚えているのですが……。
こうして私は与志古様の出産に備えて一日最低一回は中臣氏の宮へと行き、与志古様の体調管理や栄養指導して、一日三回食事を徹底して頂くようお願いをしたり、イキみとイキみの逃し方を教えたりして過ごしました。
ひっひっふー
忌部小首は忌部氏に実在した人物です。
父親の佐賀斯は歴史にこれといった足跡が残っておりませんが、小首は後世に名が残る有名人です。詳細はいつかどこかで明らかにします。