昨年の大水害
回想という形で二章と三章の穴埋めです。
今年も徴税の日がやって参りました。
収穫が増えても農地に課税される税は農地一反あたり定率ですので、開墾して農地が広がった分が増収分となります。
ロースちゃん、ヒレちゃん、バラちゃん、ありがとう。
領民の人口が増えたおかげで人頭税も増えました。
乳幼児死亡率が改善されて子供が増えた事もありますが、壮年の人達が治癒の力で長生きする人が増えた事と、昨年の水害の次の日から今年の冬にかけて流民が増えて人口が増えた事が大きな要因です。
おかげで今年の領内の経営は黒字です。
去年の水害の大赤字を補填するほどではありませんが、 “何故か” 竹林で産出される黄金は、ため池工事や街道の整備、開拓、そして”書籍代”に回す事が出来ます。
別に書を買い漁っているのではないのですよ。
ただ、この時代の書はとても高いのです。
貨幣がないので単純比較は出来ませんが、神保町の古書専門店で店の奥の高い段に置かれているレア品並みです。
しかし元・現代人の私からすれば全ての書がレア品、もしかしたら重要文化財レベル、もしかしてもしかしたら国宝レベルかも知れない貴重な品なのです。
妥協するわけには参りません。(フンスッ!)
【天の声】薄い書物だけどな。
米や布は日を決めて納税します。未納者はピッカリ軍団の仲間入りです。
元・山賊が仕切っている軍団に入りたい物好きはいませんので、皆さん素直に納税してくれます。
去年は水害があったので、人頭税の布のみ納入して、米の代わりに水害復旧の労務で賄いました。
一年前の惨状を思い起こすと、今でも身震いがします。
***** 一年前 *****
昨年の秋、少し風はありますがとてもよく晴れた日。
堆肥が全ての田畑へ行き渡り、稲の生育は順調で過去最高の収穫は約束されたものと皆が思っていました。
私も今年の収穫では白いお米が沢山穫れて、前の年の貯蔵を上回り、余剰米で他所の農作物とか鉄製の農機具などと交換ができる未来を夢見ていました。
しかしその日の夕方から天気が急変し、こちらの世界に来て初めて聞く様なけたたましい雷雨が鳴り響きました。頑丈に建てられたはずのこの屋敷ですら無事では済まないと思われる程です。
私は慌ててお爺さんお婆さんの元へ行きました。
「父様、この様な風雨は過去にありましたか?」
「前に住んでおった屋敷では家が風雨で揺れたが、ここまで激しい雨は無かったはずじゃ」
「この屋敷は丈夫だと思います。高台に建てられておりますし、例え千人が屋根に乗っても壊れないくらいに丈夫にして下さる様、猪名部さんにお願いしましたから。
なので被害を受けた領民をこの安全な屋敷に受け入れて下さい。
今すぐに!」
「外は暗くて危ない。夜が明けてからでどうかの?」
「風雨は夜明けを待ってくれません。夜が明けて無人の水没地になっていたらどうされるのですか?
家人の人を起こして、被害状況を調べる役目と屋敷へ誘導する役目、屋敷で介護する役目を各々にお言付け下さい」
「分かった、のじゃ!」
「母様、屋敷へ人を入れますので受け入れ態勢を整えて下さい。暖かいお湯も必要かと思います」
「分かった、任せなさい」
家人の人達は起こしに行かなくても起きていました。皆、家族が心配な様子です。
私は総務資料にあった災害時マニュアルを思い起こしながら、家人の皆さんと居合わせた護衛さんに指示を出します。
「父様はここに残って皆に指示を出して下さい。母様は住民の受け入れをお願いします。私は現場へ参ります」
「かぐやや、そんな危ない事を。かぐやが行かなくともいいではないのか?」
「いいえ、私なら暗闇を明るく照らす事が出来ます。怪我をした人を癒す事が出来ます。私こそが行かなければなりません」
「分かったよ。かぐやや、くれぐれも気をつけるのよ」
「はい、母様! 源蔵さん、一緒に来なさい。
他の男の人は皆さんを誘導しなさい。
しかし単独行動はダメです!
少なくとも二人一組で行動しなさい。
そして見た事は全て父様に余す事なく報告なさい。
女の人は母様の指示に従いなさい。
清潔な水ときれいな布を出来るだけたくさん用意して。
水害の後、汚れたままでいると疫病が流行ります。
避難民には各々が身を清める事を徹底して下さい。元気な人には雑用を手伝わせて」
家人の皆さんは私の言葉を真剣に聞き入ってくれます。
「そして最後にこれだけは守って。
くれぐれも無理をしない様に、くれぐれも自分を大切にしなさい!」
「「「「「「はっ!」」」」」
私は雨具の藁でできた合羽を被って外へと出ました。源蔵さんや家人さん、護衛さん達の皆さんも一緒です。
そして光の玉を20メートル間隔に浮かべて街灯の様な灯りを確保しました。
この様な天候の中では、いつもと違う景色に見えるため自分が何処に居るのか分からなくなるためです。
田んぼへと行くとあたり一面が水浸しで池の様でした。しかし家が水没する程ではありません。
豪雨で満足に声が通らない中で私は大声で叫びました。
「それぞれの家に、今すぐに国造の屋敷へ避難する様言って周りなさい! 大丈夫だという人も無理矢理にでも来させなさい」
「「「「「「はっ!」」」」」」
「そこの二人は、辺りを水浸しにした水の大元の様子を見に行って下さい。源蔵さん、私達は川下方向へ行きます」
「はいっ!」
二里(1キロ)くらい下っていくと、そこは巨大な湖が出来ていました。私は逃げる人の目印になる様に巨大なバルーンの様な光の玉を真上に浮かべました。光に浮かび上がった湖には水草の様に稲が頭を出しています。
家の沈み具合から、たぶん1メートル以上冠水していると思われます。
私は家の屋根に目掛けて光の玉を放ち、見える範囲全部の屋根の上に浮かべました。
すると光の下でうごめく影が見えました。私と源蔵さんは在らん限りの大声で呼び掛けますが豪雨で声が届きません。
「源蔵さん、あの家からここまでの道は真っ直ぐですか?」
「いえ、左に大きく曲がっていたと思います」
底なし沼の様な湿田に足がハマってしまったら大変ですので、道に沿って標識代わりに光の玉を配置しました。
腰の高さまである水の中を水没しそうな家から人が水流で流されそうになりながらも歩いてきました。
「国造の屋敷へ避難なさい!」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
私達はその場に留まり、いくつかの家族を救出しました。
しかしその間にも水位は増していき、私達がいる場所も危うくなってきました。
残念ですが、何の救出する道具を持たない私達にできる事はありません。
光の玉をそのままにして、最後の救出者と共に屋敷へと戻りました。
屋敷に戻ると数百人が避難していました。
そこへ氾濫の原因を調べに行った二人がビショビショになって戻ってきました。
「ご報告します。大和川からこちらに分岐する水路の途中で堰が壊れてそこから激しく水が溢れ出しておりました。この辺り一帯が水没し始めております。
人々はどこへ逃げて良いのか分からず右往左往するばかりでした。その者らにもここへ避難する様に言いましたが宜しかったでしょうか?」
二人は私に向けて報告しています。
ですが、国造は隣にいるお爺さんですからね。そこんところ間違えない様に。
「ご苦労様。無事に情報を持って戻って来てくれてありがとう。避難民の処遇については問題ありません。良くやりました」
広い大広間で徴税の帳簿に記載されている住民との照会を開始して、出来るだけ近所同士で同じ部屋で休める様分配しました。
記載のない住民については別の場所をあてがい、自分の近隣の人を探して貰いました。
お婆さんは動ける女性を動員して、暖かい飲み物を準備して、小さな塩おにぎりと一緒に配っていきます。お爺さんには蔵にある麻布を全部持ってきて貰いました。
「父様! 堰が氾濫している所に土塁を積みます。
お米が半俵入るくらいの二千袋作ります。丈夫な糸でキツく縫い合わせて中に土を入れても破れない様にして下さい」
「分かった、のじゃ!」
夜が明けて、風雨も止み、外に出れる様になりました。しかし、辺りは水、水、水。湖の中の孤島に居るかのような錯覚を起こしそうになる程です。
昨夜から大量の朝ご飯の炊き出しをして、少ないながらも全員に食事を行き渡らせました。
中には順番を守らない者がいましたが、そうゆう輩は護衛さんが力ずくで排除しました。
こんな非常時に争っている場合ではないのです。
そして各家の代表者に大広間に集まって貰って、今後のことについて説明と指示を出します。
「まずは皆さん、無事で何よりでした。ここには今、七百人ほど避難しております。
残り五百人について各地域を皆さんで分担して調査しなさい。
無事であった場合、そのまま家に残れるようであればそれでいいですが、満足に火も起こせないような状況であればこの屋敷へ避難するよう言って。その上で行方不明になった者がいるか帳簿と照合します。
もし亡骸を見つけた場合、出来るだけ手で触れずに堆肥置き場へと運びなさい。
名前が分かれば教えて。
水が引くまではこの屋敷でお互いがお互いを助け合って生活します。
いざこざを起こす者は排除しますので、徹底するように」
「「「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」」
◇◇◇◇◇
こうして領地の2/3が水没するという大水害は終わり、長い復興の道へと舵を切りました。ピッカリ軍団を中心とした堰の修復工事、水没した田畑の回復、身元不明の死体の回収と照合、などやる事はいっぱいでした。
死者・行方不明者は百名を超えました。
領民の半分以上が簡素な弥生式竪穴住居なので修復は楽でしたが、家と一緒に流されてしまった食料については餓える事がない程度に倉に備蓄していたお米を配りました。
この様子は他所から避難していた人に信じられない光景に映ったらしく、このまま讃岐に移りたいとの申し出が殺到しました。
お爺さんには国造同士で話し合って貰いましたが、結論として移住を黙認することとなりました。
というか、先方からすれば戻ってこられても田畑が流されて食べるものに困っている今の状況で住民を受け入れて貰えるのは有り難かったみたいです。
水害の結果、領民の数は四百人ほど増えたのでした。
***** 回想終わり *****
僅かな布だけを収める徴税の日からちょうど一年。
過去にない豊作で皆さんの表情も明るく、蹴布で遊んでいる姿は生き生きしています。
皆が笑って過ごせる今という時間が如何に恵まれたものであるのか。
そう思わずにいられません。
8月より前作『異世界・桃太郎』を投稿して5ヶ月、どうにか毎日の投稿をやっています。
自分でも意外に思っています。
これもそれも読んで頂ける人がいるというモチベがあってこそです。
来年も絶えることなく投稿し続けるつもりでおりますので、ご支援のほど宜しくお願いします。
来年もよろしく〜。