剣の稽古をするチート少女
全国の剣道関係者の皆さん、ごめんなさい。
「かぐや殿、貴重な情報を痛み入る。必ず見つけて来よう」
『燃えない布』を求め、御主人クンは男前な台詞を遺して去って行きました。
まさか御主人クンが火鼠の衣ではなく、石綿探しの旅に出ようとは……。
不確かな情報しか渡せなかったのは、私のせいではなくて、県の窓口と環境省のせいですからね。
私が手続きの時に貰った資料には石綿の産地なんて書いてなかったのだから。
それに石綿の防火服を欲しがったのは皇子と中臣様だし。
だからお願い。
『この戦いが終わったらオレはかぐやに求婚するんだ』なんてプラグを立てないようにね。
そんな事になったら今度こそ『私と結婚したかったら火鼠の衣を持ってきて』って言うから。
御主人クンが飛鳥戦隊かぐレンジャーから離脱してから、男子二人、女子二人、赤ん坊一人の五人で固まる事が多くなりました。
男子二人から見れば御主人クンは大人に見えて、近寄りがたかったのかも知れません。
御主人クンは隙あらば難しい事を聞こうとするので、理屈っぽい集団に見えていたかも。私もなけなしの現代知識を総動員してムキになって反論していたし。
それに気のせいかも知れませんが、衣通姫は私達を二人っきりにしたがる傾向があるような気がしたし。
でも最近は真人クン(5)と一緒にいる時間が増えました。
そして必然的に真人クンとつるむ麻呂クン(9)とも……。
◇◇◇◇◇
私が赤ん坊を抱っこしていると真人クン達が寄ってきて質問してきました。
「おねーちゃん、どうしてピカピカなの?」
やはり真人クンは相変わらず私の不可視の光の玉が見えているみたいです。赤ちゃんのためにウィルスやバイ菌を死滅させる光の玉を辺り一面に展開していたのを気付かれてしまいました。
「私達の身の回りには目に見えない程小さな生き物が漂っているのですよ。大きな真人様にはそんな生物は平気ですが、赤子には命を奪われるかも知れない程、危険なの。だから私がやっつけているの」
「おねーちゃん、すごーい」
あらあら良い子ね。おねーさん、飴ちゃんをあげたくなります。
「真人ぉー、何がピカピカしているんだ? オレには全然見えねぇ」
「麻呂様。真人様には人には見えない物がお見えになるんですよ。人の目に写るものだけが全てではないのです」
「かぐや様の言っている事が全然分かんねーよ」
それはそうでしょう。言っている本人も適当に言っていますから。
麻呂クンともだいぶ打ち解けてきて、こんな軽口くらいは言える間柄です。
「きっと真人様はお心が澄んでいるからかも知れませんよ。おほほほほほほ」
「じゃあ、オレの心は汚れているってのか?」
「さあ、どうでしょう? この前、お付きの人を肥溜めに誘って突き飛ばそうとしていませんでしたか?」
「あ、あれは面白い物があるから見せてやろうとしただけだ。それに突き飛ばしていないし……」
「そうですね。突き飛ばそうとしたらご自分から落ちてしまって、お付きの人も慌てていましたから。もう少しお身体を鍛えた方が宜しいかと。おほほほほほほ」
わざとらしい笑い方で揶揄うと、麻呂クンは必死に言い訳します。
とてもとっつき易くて、構い易い子です。
弄られキャラとも言いますが。
「オレだって真人みたいに勉学ばかりやるよりも、剣を振るいたいんだ!」
「では護衛さんにお願いして稽古をしてみますか? 一人で出来ないのなら、私が稽古相手を務めましてよ」
「誰がオンナなんかと一緒に稽古をするか」
「では真人様、麻呂様と一緒に稽古をしますか?」
「痛いのヤダー」
この時代の豪族は貴族《文官》でもあるし、武士《武官》でもあるので、身体を鍛えている子弟は多い様です。
ですが、勉強好きの真人クンと脳筋系の麻呂クンは両極端みたいです。
正反対だから馬が合うのかも知れませんが。
「麻呂様、どうしますか? 一人では素振りしか出来ませんよ。大人相手では背丈が違いすぎますし」
「じゃあかぐや様は見ているだけでいいから、剣を習いたい。護衛の人にお願いしてくれ」
「分かりました。相談してみますね」
お願いした先はこの地の警護を担っている元自警団の隊長さんです。
初めての姫検地の時に同行してくれた方で、護衛さんの中で古くからの知り合いです。
とても義理堅い性格の方なのか、私に助けられたことを今でも感謝しているらしく、無茶をやりがちの私をいつも気にかけてくれます。
ホントにごめんなさい。
麻呂クンの稽古をお願いしたら了解はしてくれましたが、中央貴族の衛部のトップを任されている物部家のご嫡男なので許可を頂いてからとの返事でした。
怪我をしたら責任問題になるし、言いつけられて揉め事になるのは避けたいですからね。
でも護衛さんは私のチート能力を知っているので、あまり深刻には心配していないみたいです。
宇麻乃様の許可は簡単に取れました。
というか前のめりにお願いされてしまいました。
「お嬢ちゃんと一緒に稽古するのなら、好きなだけボコってくれ」
木刀か木の棒で稽古をするでしょうけど、痛そうだし竹刀を作って貰いましょうか?
……ところで竹刀ってどんな風になっているのでしょう。
中学の時に一時間だけ竹刀を持って振り回しただけなのでよく覚えていません。元カレは学生時代、剣道部に所属していたようでしたが、彼の口から出てくる言葉は完全にアンチ剣道部でした。
「体罰と稽古が一体になっているスポーツなんて健全じゃない」とか、
「大人になってテニスとかゴルフとかフットサルに誘われたことはあるけど、『一緒に剣道やろうぜ』って誘われたことは一度もない」とか、
「体臭が籠手臭くなる」とか、
「礼に始まり礼に終わる、なんて選手どもの性格を見てそんなこと言えるか!」とか、
散々な言い様でした。
【天の声】全国の剣道関係者の皆さん、ごめんなさい。
そんな元カレに言ってあげたいです。
「古代日本の異世界へ放り投げられて、税金未納者が銅矛を振り回したり、山賊から矢を放たれ追い掛け回されるとか、政敵が宮を襲撃して攫われそうになるとか、色々と身の危険があるかも知れないから剣道は習った方が良いよ」って。
さて、剣の稽古の開始です。
四本の竹の束をひもで縛って、皮の袋で被せた竹刀もどきを作りました。
護衛さんも竹刀には興味津々です。
これでしたら叩かれても木刀ほど痛くないですから。
「いーち、にー、さーん、しー、ごー」
二人して声を出して竹刀を振ります。初心者なので剣の振り方どころか握り方も下手くそで、傍から見たらへなちょこそのものです。麻呂クンは手にできたマメの痛みに耐えながら涙目になって竹刀を振ります。
ごめんね、麻呂クン。私には光の玉があるので痛み知らずです。
腕が上がらなくなったところで一旦素振りをやめて、次は型を教わります。
「えいっ!」「やー!」「とぅー!」
型の習得を通して、相手のいなし方や返し技、を身体に叩き込むわけです。
私は舞お稽古をやっているおかげで体幹が鍛えられていて、様になっていると護衛さんに褒められました。
麻呂クンの悔しそうな顔が見えます。
頑張れ! 麻呂クン。
時々、宇麻乃様が稽古の様子を見に来ます。
その様子は、スマホ片手にムービーを撮っている現代のパパさんと重って見えてしまいます。
「そこだ、逝けー!」
「いいぞ、殺れー!」
「思いっきり、衝けー!」
見学はいいですが、物騒な声援は止めてくれないかな?
(つづきます)
拙作『異世界・桃太郎』でも触れましたが、作者は剣道経験者です。
経験者にしか分からない心の叫びを小説にしたためてみました。
剣道部の人に籠手クサイは禁句です。
洗いたくても洗えないのです。