突然の皇子様の来訪・・・(4)
『悪役令姫・かぐや姫』もいよいよグルメ小説の仲間入りか!?
帝位継承権筆頭の中大兄皇子の住まう宮が放火!?
突然の来訪、厳重すぎる警戒体制、不機嫌な皇子からの無茶振り……。
これまでの違和感が一気に氷解しました。
火事を防げれば良いだけじゃ無い様な気がします。
一体誰が?
頭の片隅を過りますが、聞いた所でどうにかなる訳ではありません。
……いえ逆ですね。“どうにか出来るかも知れない”私は関わってはいけない気がします。
光の玉で治癒出来るし、この先の歴史を(ある程度)知っているし、成金だし、下手したら歴史を変えてしまう可能性だってあるのですから。
歴史では中大兄皇子はいずれ帝に即位されるのだし、
頼れる盟友の中臣様がいるのだし、
小娘(中身はアラサー)の出番なんて無いのだし、
醤油で有名なのは野田市だし、
だし醤油をかけた冷や奴食べたいなぁ……。
脳みそが考える事を止めて逃げ始めました。
「かぐやよ」
「は、はいっ!」
「子供の其方に何かして貰おうとは思わん。知恵が回る幼女と言っていた其方の知恵を借りたい。ただ、ここに居て支援してくれれば助かる」
「承りました。中臣様もくれぐれもお気をつけ下さいませ。
中臣様より指示が御座いました饅頭の作り方は仕込みからお教えしますので、人をお寄越しください。明日までに持てる材料を全て調理します。他に必要なものが御座いましたら何なりとお申し付け下さい」
「ああ、頼む。あれはどのくらい日持ちする物なのだ?」
「出来ましたら作った翌日までにはお召し上がり頂けたいのですが、三,四日なら大丈夫かと思います。食感を犠牲にすれば十日ほど保つ物が作れます」
「ますます助かるな。では日持ちするのを出来るだけ用意してくれ」
「承りました。私もこの地に住まう中臣様のご家族に危害が及ばぬよう、微力では御座いますが力を尽くします」
「ああ、頼む。何かあったら宇麻乃を伝令代わりに遣す」
私は中臣様の宮を後にし、急ぎ屋敷へと戻りました。
お爺さんとお婆さんには中央の騒動の事を伏せて、明日までに保存食を材料があるだけ作ることになった旨だけ伝えました。
饅頭は中臣様の使いの方が来るまで待つとして、保存食の準備を始めます。
保存食と言っても砂糖無しの焼菓子です。
発酵の手間が無い分、時間が掛かりません。
炉が無いので焼き網を使ってのお煎餅クッキーです。
この時代の人の衛生観念は絶望的に劣悪なので、手を洗う程度ではキレイとはならないのです。
原料は自然素材ばかりなので衛生に気を付けて、しっかりと火を通してバイバイ菌しなくてはなりません。
食中毒なぞ起こしたら「よくも毒を盛ってくれたな!」と、私とお爺さんとお婆さんの首が飛びます。間違いなく。
なので事前準備が大切です。
作業に当たる家人さん達には全員風呂に入って、清潔な衣服に着替えて貰いました。
昨日も一昨日も、料理を担当した家人さんは風呂に入れさせられたし、一昨年の宴でも問答無用で風呂桶に放り込まれた事があったので、抵抗はしません。
したところでムダだと知っています。
伸びた爪も切ります。
汚れた髪の毛を触りたがるので、三角巾で髪を被います。
あ、中臣様のお使いの方が来ました。
貴方達も風呂に入りなさーい!
どっぽーん!
人の準備ができましたら、次は道具の準備です。
消毒のためのお湯の準備、バターを濾すための清潔な布の準備、焼き上がった焼き菓子を保管する箱の用意、湿気防止のための炭、……。
助けてー、猪名部エモン~。
小麦粉が足らないので石臼ゴリゴリ係が二人、 粉塵爆発の危険があるので、火の気のない別の場所でやっています。
バターが圧倒的に足りないので牛乳シャコシャコ係が二人、たぶん彼らの腕は明日使い物にならなくなっているでしょう。
生地をコネコネ係が二人、
焼き担当が釜戸の数を同じ四人。
そして指揮を取るのはお婆さんです。
過去に我が家でイベントがあるたびに厨房を取り仕切ってきたのがお婆さんです。
ここ一番の時、お爺さんより頼りになります。
しかし作るのは焼き菓子だけではありません。
三十人分の今日の夕餉と明日の朝食も作らなければならないのです。
そして皇子様の饅頭を増やせとの命令を無視にするわけにはいきません。
まずは中臣様の使いの方に説明しながらパンを焼きます。
明日の分パン粉を捏ねる作業を終えて、昨日捏ねたパンの素を取り出します。
料理番組で言う「こちらが一晩寝かせた生地になります」というアレですね。
分かりましたか? お使いの人。
こうやって次々と蒸しパンと焼きパンを作っていきます。
仕込み量の都合上、今夜の夕餉には饅頭を5割増し程度にしか増やせないので、バリエーションを出すために、大豆を炒って粉にしたおきな粉をまぶします。
使いの人の話では鶏料理も大丈夫そうなので、家人の人に鶏を絞めてもらいました。
周りの鶏を虐める攻撃的な鶏が二羽いたのでそれを締めて、開いた鶏をつくねにして汁にします。これならばご飯も進むでしょう。
薬味と野菜を入れて栄養面もばっちり。
皇子が欲しい饅頭が行き渡らない分、他の人のご飯を豪勢にして融通しました。
炊きあがった白米ご飯と、鶏つくね汁、漬物、そして饅頭を中臣様の宮へと運びます。
皆には内緒ですが、食事には全てウィルスとばい菌を全滅させる光の玉を当てています。
現代では毎日のようにウィルスの話題をテレビで扱っていた時期がありましたので、イメージしやすいですね。
さて、夕餉の支度が終わったので保存食用の焼菓子を焼き始めます。
皇子様の分さえ作れば良い……はずも無いので、側近さんや護衛さんを含めて約30人×10日間×1日2食×1食5枚必要となると……三千枚。
オーブンがあれば簡単に出来る量ですが、ここには釜戸しかありません。
1回につき15個焼くのに15分掛かるとして、釜戸4基を10時間フル稼働させると……
2400個、600個足りません!
1回に20個焼かなきゃ。
今夜は徹夜ですね。
しかしタンちゃんのお乳にも限界があるのでバターが足らなくなりそうです。
どうしましょう。
うーんうーん……、バターの代わりに菜種油を使ってみましょう!
飛鳥時代にも菜種はあるのです。
農業試験にかこつけて花畑を作ったのも菜種油の採取するためで、まだ少ししか取れませんでしたが、菜種油があります。
おまけとしてお餅を揚げてアラレにしてもいいかも知れません。
することがなくてウロウロしているお爺さんを捕まえて、餅米を蒸してお餅を作るのをお願いしました。
何故だかお爺さん嬉しそう。
源蔵さんに厨房のある離れの外に、火をおこすための石積みの釜戸をお願いしました。
厨房の釜戸は使えないので外でアラレ作りです。
中では頼れるお婆さんが陣頭指揮を執って、焼菓子の入った箱を積み上げていきます。
こうして夜が明ける頃、焼き菓子は目標に届きました。
アラレもそこそこの数が出来ました。
これだけで30人の栄養は賄えませんが、非常食にはなるはずです。
しかし私たちの闘いはまだ終わっておりません。
朝食の準備に取り掛かります。
今朝のパンは実習を兼ねてお使いの人にやって頂きました。
私達は源蔵さんがせっかく石釜戸を作ったので、竹ご飯に挑戦します。
お米の他に醤と昨日捌いた鳥の残り、青菜を竹の中に入れて、炭火を使って石竈で熱します。
汁はキノコ汁です。
出来た朝餉を使いの人にお願いして中臣様の宮に持っていき、私達は最後の梱包作業です。
湿気易いので木炭を布で包み、箱の中に一緒に入れておきます。
非常食を満載した荷台ごと献上しました。
これでやる事は全て終わりです。
徹夜明けの家人さん達にはお休みする様、言いつけました。
睡眠の質を高める光の玉をプレゼントします。
チューン!
◇◇◇◇◇
私達、お爺さんは正装して、皇子の御出立をお見送りします。
ゴロゴロと進む牛車の中には皇子様がいると思われます。
その横には馬に乗った中臣様もいらっしゃいます。
警備の都合上、今からどこへ向かうかは聞いておりませんが、飛鳥京ではなさそうです。
「讃岐造麻呂よ、ご苦労であった。其方らの歓待、見事であった。
追って褒美の話もあろう」
中臣様が正装姿のお爺さんへ慰労の言葉を掛けます。
「有り難きお言葉、身に余る光栄に御座います」
形式ばった言葉で返答します。
「では参る!」
目の前をゴロゴロと牛車が通り過ぎていきます。
すると中から声がしました。
「かぐやよ、田舎料理にしては旨かったぞ」
どうやら及第点を頂けたみたいです。
「勿体ないきお言葉を頂きまして、感謝に絶えません」
過ぎていく牛車に深々と頭を下げ、返答しましました。
大変な三日間はこうして終わったのでした。
牛車が飛鳥時代にあったかどうかは分かっておりませんが、20年前に奈良県桜井市で飛鳥時代のものと思われる木製の車輪が出土しました。
かなり高度な加工に基づく物で、既に木製車輪の技術はある程度完成していた様です。
古墳時代の遺跡でも轍の跡が見られるので、荷車は使われていたと思われます。
飛鳥時代ではどの様に車が使われていただろう、と想像しながらこのお話を執筆しました。