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突然の皇子様の来訪・・・(1)

新章始まりました。


 早いもので、讃岐が農業試験場になってから三年目になりました。

 昨年は水害で収穫が半減したりして大変でしたが、領民一丸となって一生懸命に立て直しました。

 もしも倉の中に一昨年の豊作で備蓄したお米が無かったらと思うとゾッとします。

 国造くにのみやっこであるお爺さんは氾濫その原因となった場所に土嚢どのうを高く積み上げて、水害防止に取り組んでいます。

 堤防工事では十台に増えた荷車をフル活用して、大いに役立ちました。

 四頭に増えた牛さんも頑張りました。

 ロースちゃん(♂)、ヒレちゃん(♂)、バラちゃん(♂)、タンちゃん(♀)、ご苦労様でした。


 そんなこんなで、稲作だけでなく、豆畑、麦畑、野菜畑にお花畑、養蜂、など、農業試験場では色々な作物に挑戦しています。


 ◇◇◇◇◇


 今日と明日は、二日掛かりでパン作りに挑戦です。

 一昨年の正月、飛鳥の市場で手に入れた小麦から二回の実りを経て、一定量が穫れる様になりました。

 猪名部さんに頼んで作った木臼で皮を取って、日時計の製作をやったみやこの石細工の工人さんに頼んで作った回転式の石臼で丁寧に粉にしました。

 酵母イーストがあれば良かったのですが、私はスーパー以外での入手方法を知りません。

 そこで酒粕を使いました。

 これまで何回も何回も試行錯誤を繰り返して、比率と時間を突き止めました。

 パンのためなら私は出来るオンナ、のはずです。


【天の声】大体の場合、そうゆう事を口にするオンナは残念であることが多いのだが。


 生地に酒粕から作った元種と小麦、水、砂糖代わりの米飴、そして乳牛から摂れた手作りのバターを加えてお婆さんと二人でパン生地を捏ねます。

 コネコネコネコネコネコネ……。

 これでもかというくらい捏ねて、蒸気で殺菌した布に包んで一晩寝かします。


「母様、ありがとうございます。明日の朝、焼きますね。」


「かぐや、お疲れ様。また美味しい饅頭パンが食べられるのが楽しみだよ」


 もう子供言葉はやめました。

 普通に話せるのはバレバレでしたし、今や数えで十一歳。

 現代で言えば小学三年生ですから出来るだけ、表に出て恥ずかしくない言葉使い(だけ)を心がけています。


 さて、夜明け前に起きて早速パン焼きを始めます。

 釜戸の火は予め家人さんが入れてくれてます。

 とは言え、ここにあるのは日本家屋の釜戸だけです。オーブンはありません。

 そこでインド料理屋でお馴染みのナンの様に、釜戸の上に底が抜けた瓶を乗せて、瓶の内側にパン生地を貼り付けて焼きました。

 そしてもう一つの釜戸では蒸しパン用に蒸し器を乗せてパンを約四半刻(30分)蒸します。

 酒麹のいい匂いが台所中に充満します。


 ……30分後、出来上がったパンの試食です。

 食べ方は貴重なハチミツを付けて、タンちゃんから搾って、光の玉でウィルスやバイ菌をバイバイ菌した新鮮で衛生的な牛乳を添えました。

 まずはこの牛乳を浸して食べます。

 ……モグモグモグ。

 うん、少し重いですが、これなら人様に出せそうです。


 そうなのです。これは人様にお出しするパンなのです。

 本日は超重要人物(ビップ)、一昨年飛鳥宮でお会いした謎の人①、中大兄皇子様が讃岐へやって来るのです。

 既に一番目の帝位継承権を持つのだから、中(二番目)が取れて大大兄皇子おおのおおえのおうじになるような気がしますが、未だに中大兄皇子様です。

 三日間のご予定で中臣様の宮に来ることになり、何故か私達で食事の世話をする事になったのです。

 一応私達と讃岐の面々は農業試験場として活動しているので、その成果を見るのには食べてみれば早いだろうとの中臣様からのお達しでした。

 警備を担当する物部様もあちこち駆け回っています。


 余興として舞を披露するため、忌部の巫女さん達が再集結しました。

 私からは変わらぬ友情の証として、新しいパンツを贈呈しました。

 肌触りの良い生地の追求に余念のない縫部さんが夏仕様の新作を作ってくれましたのです。


 ◇◇◇◇◇


 昼過ぎの到着と承っておりますので、昼前から屋敷の者が屋敷の前でズラリと並び、ご到着を待ちます。

 物部様ら衛部の皆さんも付近で厳戒体制です。


 ……来ました!

 何と御輿でなく牛車の様な物です。

 この時代にも車ってあったのですね。

 傍には中臣様が馬に乗って警備の人の様に付き添っています。初めて讃岐に来た時を思い出しました。


 それにしても……すごい兵士の数です。

 もし讃岐を制圧しに来たのなら、瞬殺されそうです。


 お爺さんも新しい衣と冠をしてお出迎えしています。

 田舎の国造としては異例の『小青』の冠です。

 かの冠位十二階であれば『小信』に相当するらしく、下から三番目です。(※後の官位でいえば、従六位下くらい)

 農業試験場を運営して、収穫量アップの見込みを得たことにより引き立てられたそうです。

 『竹取物語げんさく』に「翁、勢いまうの者になりけり」と記述がありましたが、この事なのでしょうか?


 皇子様が到着しますとその場の全員がかしずき、皇子が降りるのを待ちます。

 が、牛車はそのまま素通りして、中臣様の宮へ向かってしまいました。

 無視したというより、ハナから降りるつもりが無かった様な雰囲気でした。


 さて、この先の段取りはどうしましょう?

 ……と思っていますと、物部様がやってきました。


「やあ、お嬢ちゃん。舞のお披露目だけどね、食事も全て中臣様の離宮で執り行って欲しいんだ。準備を頼むよ」


 物部宇麻乃様とは月に一度くらいはお会いしていますので、それなりに親しい間柄ではありますが、相変わらず私の事を『お嬢ちゃん』と呼びます。

 何はともあれ、中臣様の宮に食事をお持ちしましょう。

 今日の献立は、白米のご飯にお味噌汁、魚の煮付け、ゆで卵、豆料理、デザートに酒粕パン。魚以外は全てここで採れた物です。

 鶏を捌いても良いけど、鶏料理がOKなのか確認してからだね。


 そして指示された通り、中臣氏の離宮に楽団と巫女さん達と一緒に私とお爺さんが入ろうとしましたが、お爺さんだけは入れさせて貰えませんでした。

 そして楽器の持ち込みもすごく厳重に調べられました。

 神樂鈴は持ち込めましたが、扇子は取り上げられました。

 厳しいチェックは私達もです。

 なんと真っ裸にされたのです。


 私は国造の娘という事で見逃されたみたいです。

 もしかしたら衛部の物部様と知り合いだからかも知れませんし、まさかとは思いますが検査官が小学生ロリに興味が無かったからかも?

 一昨年の帝の前で舞を披露した時よりもチェックが厳しいのには、何か理由わけがありそうですが、私としてはあまり関わりたくないので、聞こうとも知ろうとも思いません。


 そして待つ事、二時間。奥座敷に呼ばれた私たちは、離れた場所にある御簾に向かってお辞儀をし、口上を述べます。

 御簾の横には中臣様がいらっしゃいます。


「讃岐にお足を運び頂き、感謝に絶えません。歓迎の意を舞にて表したく、御前にて舞を披露致します。僅かでも心のお慰みになれば幸いで御座います」


 長すぎる挨拶を控える様言われておりましたので、最小限度の挨拶です。


「其方は一昨年あった童子わらわか? 久しいな。

 其方の舞は見ていて活力が出てくる。頼むぞ」


 御簾の向こうから聞こえてくる声は一昨年の正月に会った謎の人①の声です。

 声の張りが感じられなかったので、かなりお疲れなのかも知れません。

 やっぱ夕飯はお粥にすれば良かったかな? と思ってしまいました。


 中臣様が舞いなさいと目配らせしましたので、私達は配置フォーメーションにつき、音楽を待ちます。


 ♪〜


 シャン! シャン! シャン! ……。


 音楽に合わせて神楽鈴を鳴らして、クルクルと舞います。

 皇子直々にリクエストがありましたので、栄養ドリンクの光の玉、睡眠改質の光の玉、精神鎮静の光の玉、ついでに寄生虫撲滅の光の玉を会場中の皆さんにばら撒きました。


 チューン! チューン! チューン! 

 チューン! チューン! チューン! 

 チューン! チューン! チューン! 

 チューン! チューン! チューン! 

 チューン! チューン! チューン! 

 チューン! チューン! チューン! 

 チューン! チューン! チューン! 


 私が狙撃犯でしたら辺りは血の海だろうと思うくらい打ちました。

 舞が終わり、再び御前に向かってお辞儀をします。


「かぐや、だったかな? やはり其方の舞は良いな。

 自分は疲れてなどおらぬと思っていたが、そうではないと気付いた」


「はい、お気に召しましたのならこの上なく光栄に御座います」


 この日の演目は特に何事もなく無事に終わり、私達はホッとして中臣様の宮を後にしました。

 また明日も早起きして朝食用のパンを焼くため、仕込みに入ります。

 出来るだけここで採れたものを美味しく召し上がって頂きたいけど、今日の様子を見る限り、冷めたご飯しか口に出来なさそうです。

 冷めても美味しいご飯か……オニギリとか?

 今日の夕飯は何にしようか悩む母親オカンみたく、明日の献立を考えるのでした。


 この時はまだお気楽に考えていたと知るのは後になってからでした。



(つづきます)

冠位につきましては長らく聖徳太子の冠位十二階が用いられました。

乙巳の変の翌年、十三階位に改められ、その数年後、更に改正されました。

小青は十三階位の冠位です。

小青に叙された人物の記録はなく、実際に機能していたかすら不明ですので、適当に読み飛ばして下さい。



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