【幕間】衣通の回顧・・・(7)
これにて幕間はひとまず終了です。
長くなってしまい申し訳ありません。
私は衣通、忌部首子麻呂の娘です。
中央氏族や皇子様達を招いての宴で舞を披露するかぐや様はとても素敵でした。
しかしその宴の最中に襲撃があり、かぐや様は捉われてしまいました。
幸い事なきを得ましたが、血の跡などもあり命の危険すらあったのだと後で知り、震えが止まりませんでした。
程なくして事件を調べている衛部の物部様がいらして、かぐや様は讃岐へ戻っても構わないとお墨付きを頂き、かぐや様もいよいよお帰りとなったのでした。
護衛さんの手配が済むまでの短い間、念願でした京の散策も出来ましたし、たくさんお話をしました。
そしてかぐや様が出立する前日、私は前々からの計画を実行したのでした。
◇◇◇◇◇
以前から思っていたのですが、かぐや様のお作りになった日時計には少しだけ不満がありました。それは日の出と同時にお日様の位置を調べる事ができない事です。
夜が明けて、日がある程度登り、影が板の上に落ちるまで待たなければならないのです。
そこで一生懸命考えてみました。
……そうだ!
真横の位置のお日様の影が映る様にすればいいのだわ!
そのためには影を映す板を、お椀の形にしましょう。
三角の板の代わりは針、……では影が小さいから玉にしましょう。
お椀の真ん中に金属の玉を設置した日時計。
木のお椀は痛みやすいので石で作りましょう。
石細工が得意な部民がいたはずです。
秋田様にご手配をお願いしてみましょう。
かぐや様を驚かせたいからコッソリとですね。
年が明けて何日かして試作品が出来たので庭に設置しました。
方位は星を見なくても分かっています。
だって忌部ですもの。
「かぐや様、来て来て。お見せしたいものがあるの」
「衣通様、急にどうしたのですか?」
「見て下さい。新しい日時計を考えましたの。どうでしょう?」
「え? これが日時計?」
あれ? 私間違ってしまったの?
驚くと思っていたかぐや様が静かです。
「すごい……よくこんなカッコいい日時計を思いつきましたね。
私ではこんなによく出来た日時計なんて思いつきません。
スゴイよ、衣通ちゃん……じゃなくて衣通様。
可愛いだけじゃなくて、頭も良くて、性格も良いし、もーいっその事私の嫁に……じゃなくて、本当に衣通様は素晴らしいです」
かぐや様からは大絶賛されました。
『衣通ちゃん』の呼び方が出ているという事は素で驚いているみたいです。
尊敬するかぐや様から認められるというのがこんなに嬉しいとは思いもよりませんでした。
一生懸命考えて良かったと心から思いました。
日時計が出来た翌日、かぐや様は讃岐へとお帰りになられました。
しばらくの間お別れになりますが、また讃岐へ行って、かぐや様と一緒に過ごしたいと神様にお願いするのでした。
そして十日後、そのお願いは聞き入られました。
忌部の宮が讃岐に建てられる事になったのです。
◇◇◇◇◇
今日は讃岐に出来た忌部の宮の竣工式です。
ここ千日でも最高に星の巡りの良い日を選びました。
方位も陰陽五行思想に基づいて、方違えをして慎重にお引っ越ししました。
この善き日に、倉梯様は来れませんでしたが代理として御主人様がいらっしゃいました。
中臣様も同様で、真人様がいらっしゃいました。お綺麗なお母様もご一緒です。
今日の主賓は成人前の方が多いのでお酒よりも風流を愉しむ形式で執り行われました。
大人達に続いて次はかぐや様に回りました。
「五月雨に〜 讃岐の青田すくすくと〜
実りを待ちて 天に届かん〜」
かぐや様らしいほのぼのした歌が私は好きです。
次は……阿部倉梯御主人様です。
応援しています。頑張って下さい!
「紫陽花の〜 香り久しき山に入り〜
我は迷いて君は何処か〜」
きゃー、どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう〜。
か・香り
ぐ・久しき
や・山に入り
なんてかぐや様の事をそんなに想ってらして、何てうらやましけしからないです〜。
さあ、かぐや様!
どう反応するの……ですか?
さあ……かぐや様。
……
……もしかして気づいていない?
「御主人様、メゲないで下さい。応援しますので」
「ああ、頑張るよ」
秋田様の慰めも虚しいです。かぐや様がどうしてここまで鈍感なのかは一番のお友達を自負する私でも分かりません。
「では衣通様、如何でしょうか」
え、私? いやだわ、全然考えていませんでした。
どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう〜。
「で、では歌います。
箒星・昴・心星・天の川
七剣星と明けの明星〜」
つい、知っている星の名前を言っていましました。
「なかなか独創性溢れますお歌でした」
私の歌がどうだったかと気になってかぐや様を見ますと上の空っぽくて、何かぶつぶつと呟いています。
「1個、2個、3個、…、7個…、10個」
一体、何を数えているのでしょう?
◇◇◇◇◇
讃岐が賑やかになり、皆さんが滞在する間、私達は交流を持ちました。
幼い真人様はお兄さんの物部麻呂様といつも一緒にかぐや様が御作りになったカミヒコウキなる玩具で遊んでいます。
年長の御主人様とかぐや様と私は一緒に居ることが多いのですが、私がお邪魔になっていないのか心配になります。
できるだけお二人の円滑なご関係を見守る役に徹していたいと思い、ご一緒しております。
ある時、御主人様がかぐや様にご質問をしました。
「かぐや殿はどこで紙飛行機なる物を知ったのだ?」
「ただ知っていた、とだけ申します。女子の隠し事を探ろうとする殿方は嫌われますよ?伊邪那岐命、伊邪那美命のお話にも御座います」
申し訳ないのですが私はその神様のお名前を聞いたことがありませんでした。
なのでつい聞いてしまいましたが、かぐや様はとても丁寧に、分かり易く教えて下さいました。
確かに聞き覚えのあるお話です。
しかし違う部分も多いと感じました。
私が聞いた国始めの神のお名前は阿波奈岐命様と阿波奈美命様でしたと答えると、かぐや様はとても興味深そうに聞いてきます。
私のお話がかぐや様の興味を引くなんて、とても光栄です。
ところが御主人様にはあまり興味のお話でしたようです。
「かぐや殿は昔の話が好みなのか?
その様なものが何の役に立つのか?」
とポツリと言ってしまいました。
かぐや様は神様のお話にかけては人一倍熱心な方です。怒っていないかしら?
……と思った時には既に手遅れでした。
表向き平静を保っていますが、笑っていない笑顔をお顔に張り付けて、心の中は烈火のごとく燃え盛っているみたいです。
御主人様、御愁傷様です。
かぐや様の口癖の一つ、「恐れながら」から始まる論戦に御主人様は平謝りするしかありません。
傍から見ていても少しお気の毒です。
なのでちょっとだけ御主人様のお味方をします。
「それでかぐや様はたくさんの書を拝見し、集めてらっしゃるのですね。
難しいお話や、真面目なお話や、その間に挟まれている薄い本の話までも熱心に読みふけっているのを見て不思議に思っていたのです」
私のこの言葉にかぐや様はぎこちなくこちらを向き一言。
「……どうして、それを?」
かぐや様ってあれほど聡明なのに周りが見えていないご様子で、ご自分のなさっている事がバレていないと思う癖があるのです。
おそらくこれは、師匠でもある秋田様のご影響ではないのでしょうか?
秋田様がご自分の視線がお胸ばかりに行っていることを相手にバレていないと思い込んでいるのとそっくりなのです。
「嫌ですわ。半年も御一緒でしたからかぐや様の行動は全て知っております」
「い、いえ。そのアレですね。私の一番の関心事は庶民文化なのです。
上級国民向けのお話は記録に残りやすいのですが、大半を占める庶民の文化、風習こそ、その国その時代を表す指針であると私は思っているのですよ。
ほほほほほほほほほほほほほ」
出ました。かぐや様の口癖の「アレ」です。
誤魔化そうとしていることがバレバレですね。
本当に分かり易いお方なのだと思います。
誰よりも聡明で、何をやっても優秀で、誰よりもお優しく、心の広いかぐや様。
そんなかぐや様が私の友達でいてくれることにとても感謝しております。
真人様はかぐや様にとても懐いていて、見ているだけでほっこりした気持ちになります。
一緒にいる麻呂様にもいつもお優しく接しております。
その優しさを御主人様にも少しだけでも分けてあげて欲しいと思うのですが……。
毛嫌いしている様子はありませんのに、御主人様への風当たりが強いと感じてしまうのは何故でしょうか?
御主人様のご成長を願って?
それとも御主人様への好意の裏返し?
かぐや様の大好きな薄い本の様にならないお二人の関係に、私は一人ヤキモキするのでした。
(幕間おわり)
さて、今後のストーリーですが……。
このお話の醍醐味はやはり悪役令姫として、今後の時代の変化と共に主人公がどの様な運命を辿るのか?
その行き着く先にどの様な結末が待っているのか?
という部分にあるのではないかと思っています。
なので幼女編は終わりにして、少しだけ時間の針を進めようと思います。
あと1、2話しましたら、幼女を卒業して数年後に飛びます。
それと同時に『異世界・かぐや姫』のタイトルを少し変更しようと思います。
(まだタイトルを何にするか悩んでいますが………)
話の途中で投げ出さない様、頑張りますので、引き続き閲覧して頂けますと幸いです。
今後ともよろしくお願いします。