幼女が語る同化政策と帰属意識
今時はベッドの下でなくて、スマホのメモリーに隠してますよね?
(//∇//)
キミ達、宴が終わったら讃岐に引っ込んでいないで帰ろうね。
……と思う心が逆の結果を招くみたいです。
あれから十日、未だに全員揃っています。
ここに集う一番の理由は、ここが農業試験場みたいになってしまったので、常駐する研修生と一緒に試験や農作業をするため、そして彼らはその見学をするためです。
しかし今は梅雨時なので、雨の日はご子息達が私のお屋敷に集まってお勉強したり、趣味に興じたりします。
私の理想の組み分けとしましては、
男の子チーム vs 女の子チーム。
もしくは男の子チーム vs 女の子チーム+真人クン。
御主人クンも私と一緒だと気不味いだろうし、せっかくコツコツと悪印象を与えたのにリセットされては元も子もありません。
ところが予想が外れて、真人クンは麻呂クンにベッタリなのです。
しかもその原因を作ったのは私です。
真人クンが退屈だろうと紙飛行機を作ってあげました。
すると実年齢が小学一年生の麻呂クンが気に入ってしまい、麻呂クンにも折ってあげました。二人揃って紙飛行機に夢中です。
御主人クン、君にも紙飛行機を折ってあげるから仲間入りしない?
「かぐや殿はどこで紙飛行機なる物を知ったのだ?」
「ただ知っていた、とだけ申します。伊邪那岐命、伊邪那美命のお話にも御座います。女子の隠し事を探ろうとする殿方は嫌われますよ?」
女の子の秘密を知ろうとするんじゃないよ。
……と婉曲な言い方で御主人クンを嗜めます。
「伊邪那岐命、伊邪那美命のお話って何ですの?」
すると衣通姫がと聞いてきました。
祭事を司る忌部のお姫様が知らないのは意外ですが、まだ古事記が編纂される以前なので各地に散らばる神話が統一されていないのかも知れません。
しかし神様の名前を冠した神社や神宮があるのだから、神話そのものは絶対にあるはずです。
それらの話をまとめ上げて国史の編纂する事業の必要性を説いて、大海人皇子に残念な女子と言われた時のことが思い出されます。
「私が知っているお話が一般的かどうか分かりませんが、お話ししますね」
と、一言断っておきます。
「『伊邪那岐命、伊邪那美命という夫婦の神がこの国をお創りになりました。ところが伊邪那美様は火の神を産んだ時に亡くなってしまい、それを悲しんだ伊邪那岐命様は死後の世界、黄泉の国まで迎えに行ったのです。真っ暗な黄泉の国で伊邪那岐命に会えたのですが、黄泉の国の食べ物を口にした伊邪那美命様は帰る事が出来なかったのです。
そこで伊邪那美命は黄泉の国を統べる神へ相談するため、くれぐれも自分の姿を見ない様にと伊邪那岐命にいい残し、そこを立ち去りました。しかし待ちきれなくなった伊邪那岐命はその約束を守れず、火を灯して伊邪那美命の姿を見てしまったのです。醜い骸となっていた伊邪那美命様は怒り狂い、約束を守れなかった伊邪那岐命様を追いかけてきました。
逃げる伊邪那岐命様は黄泉の国の入口を大きな岩でふさぎました。伊邪那美命様は「国の人を一日千人殺す」と恨み、伊邪那岐命様は「一日に千五百人の人を生む」と言い、それより後の人は一日にたくさんの人が死に、たくさんの人が生まれるようになりました』
……というお話です」
上手く伝わったかしら?
「そのお話なら聞いたことが御座いますが、私が知っているお話と少し違っております。まずお名前が違いますし、黄泉の国の食べ物を食べて帰れなくなったと言うのは初耳です」
「そうなんですか?」
「ええ、私が聞いたお名前は阿波奈岐命様と阿波奈美命様でした」
うーん、古事記と日本書紀が編纂される前って、多分色々な神様が入り組んでいるのかも知れませんね。
忌部氏に伝わる書や口伝を纏めるだけでも面白そう。
「それはとても興味深いです。是非とも書として書き記してみたいと存じます」
「ええ、私でよければ。父上様にもそうお伝えしてみます」
すると傍にいた御主人クンがボソッと言いました。
「かぐや殿は昔の話が好みなのか?
その様なものが何の役に立つのか?」
御主人クン、私の専門分野へようこそ。
国文学を否定する子は誰であろうと容赦しませんよ。
いや、キミだからこそ手加減しません! いざ覚悟!
その瞬間、私の中で試合開始の合図が鳴り響きました。
かーん!
「恐れながら。倉梯様は今、三韓が大変なのはご存知でしょうか?」
「あ、ああ。新羅と百済が争っていて、高句麗は唐と熾烈な戦いをしていると聞いている」
「それでは国って何でしょうか?」
「国? 国は国だろ?」
「では質問を変えます。自分の国と他国を分け隔てるものは何でしょうか?」
「住むところじゃないのか?」
「それでしたら国なんて必要ありませんね。国を隔てる境界を無くして、1つの国になれば争う必要も無いのですから。ついでに私達もそうしましょうか?」
「其方は何を言っておるのだ?
我々が新羅や唐と合わさって1つの国になるなんてあり得ないだろう!」
「何故ですか?」
「だって唐へ行くには海を渡らなければならないし、言葉も違う。到底あり得ない話だ」
「海は関係御座いませんでしょう。唐には海のように広い大河が御座いますが、その河を乗り越えて戦をした記録が御座います。そもそも唐は広大すぎて北の端、南の端、西の端とでは言葉どころか、住んでいる者の顔立ちまで違うそうですよ」
「それならば一層無理な話だ。その様な事をしたら我々は飲み込まれてしまう。
むしろ強大な唐に対抗する力を持つべきだ」
「そのご意見に口を挟むことは致しません。
先ほどの質問を繰り返しますが、私達の国と唐の国を分け隔てるものは一体何でしょうか?」
「そ、それは……帝だ。唐には唐の帝がいて、我が国には我が国の帝がおられる」
「もし唐の者が『お前の国の帝は我が国の皇帝の末裔だ。六百年前の記録にその証拠が記されている』と言われたらその根拠は消し飛びますよ?」
「そんなのは荒唐無稽だ。言い掛かりにかならぬ」
「しかし我が国には帝の正当性を記す記録が残っておりません。
六百年どころか三百年前の記録すら残っておりません。その頃は文字も無かったのです。あるのは陵墓だけで、その陵墓ですら何時の何方のか不明なものが多く、それを調べることすら叶いません」
「ならば調べれば良いだろう。記録として残せば良い」
「私も同意に御座います。しかし先ほど、『その様なものが何の役に立つのか?』と仰いましたのは倉梯様に御座います」
やっと私の真意が伝わったらしく、御主人クンはポカンとしています。
やはり私は御主人クンの嫌われ者なのだろうなと思うと少し悲しい気持ちになりますが仕方がありません。
そうならなければなりませんので。
少し間を置いて御主人クンが口をひらきました。
「そうだな。軽率な発言だった。謝罪する。申し訳なかった」
え? 謝ってはダメでしょ。
貴方は左大臣の御曹司、私は田舎の国造の娘。
こういう時は「身分を弁えぬ無礼者め、叩き切ってやる!」くらい言わなきゃ。
【天の声】どこの時代劇かよ。
「差し出がましい意見を申しまして、大変失礼致しました」
この場は丸く収まったかのように見えました。
ところが、我が友・衣通姫が爆弾発言をぶっ込んでくれました。
「それでかぐや様はたくさんの書を拝見し、集めてらっしゃるのですね。難しいお話や、真面目なお話や、その間に挟まれている薄い本の話までも熱心に読みふけっているのを見て不思議に思っていたのです」
!!!
今、私の心の内は
『ベッドの下に隠してた本、掃除の時に机の上に置いておいたよ』
と母親に言われた瞬間の男子高校生と同じであっただろうと思います。
ギギギギ……。
横にいる衣通姫へ振り返りながら恐る恐る質問します。
「……どうして、それを?」
「嫌ですわ。半年も御一緒でしたからかぐや様の行動は全て知っております」
だからといってこの場でいう事ないでしょ~!!
「い、いえ。そのアレですね。私の一番の関心事は庶民文化なのです。
上級国民向けのお話は記録に残りやすいのですが、大半を占める庶民の文化、風習こそ、その国その時代を表す指針であると私は思っているのですよ。
ほほほほほほほほほほほほほ」
「ふむ、かぐや殿の興味とは実に幅広いものであるのだな」
うっさい! 女の子の秘密に踏み込むんじゃないよ。
でなければ君が題材になれ!
顔だけは良いんだから、麻呂クン辺りとBLなさい!
私が書にしてあげるから。
【天の声】本性が酷すぎるぞ。
「すると、かぐや殿は使者を遣わして唐との交流する事を宜しくないと考えているのか?」
御主人クンが食い下がります。
「その様な事は全く思っておりません。むしろ積極的に交流するべきかと思います」
「しかし私には其方が先程申していた『国と国との隔てるもの』というものが唐の文化の流入によって無くなりそうな気がするのだ」
「良い着眼点かと存じます。強大な国が文字すらも持たぬ小さな国を飲み込むとき、文化を武器とし、それまでの土着の文化、風習、言葉を全て強国と同じに染めてしまう方法が御座います。私はそれを『同化政策』と呼んでおります」
「ならばますます唐との交流は止めるべきであろう」
「私は同化政策を成功させないための要素が二つあると思っています。
一つは強大な力に屈しない力を持つ事です」
「私には唐を上回る力が如何程かは分からぬが、極めて難しいと思うぞ。
攻め込まれればお終いな話ではないか?
其方は唐との交流をしながらも戦に備えよというのか?」
「その通りに御座います。唐は我が国に比べて進んだ技術を持っております。
交流を止めて技術の導入を妨げてしまえばその差はますます広がります。
繋がりを絶つのは悪手かと思います」
「その進んだ唐にどうやって勝とうと言うのだ!」
「必ずしも唐を上回る必要は御座いません。海を渡って攻め込むためには船が必要であり、船の数を上回る兵を送ることは出来ないのです。
それに唐にも敵はいます。その敵と手を組んで唐を上回れば良いのではないでしょうか?
海を渡らずとも、敵の敵と手を組むことで数万の兵を送り込むのと同じ効果があるのです。たとえ上回らなくとも拮抗していれば、こちらに攻め込めば自らも痛みを伴うと思わせるのです。
戦うのは兵だけでは御座いません。施政者もまた策を巡らせて戦うのです」
「私は……その様な施政者になれるのであろうか?」
「兵は有限であっても、知恵は無限に御座います。倉梯様の心掛け次第かと存じます」
「厳しいな、かぐや殿は。先ほど二つ要素があると言ったがもう一つは?」
「もう一つの要素は、自らに強い『帰属意識』を持つ事です。
神々のお話であったり、帝の起こりがどの様であったかなどの知識を共有するのです」
「それだけで足りるのか?」
「とても大切なものに御座います。
戦うときは自らを奮い立たせます。普段喧嘩をする間柄であっても、仲間意識を持つ事で互いに手を取る間柄になれます。そしてもし戦いに敗れたとしても、それは立ち直る力の源になるのです」
「そんな物なのか?」
「そうですね……。
例えば国を代表する無二の歌を決めるという方法もあるやも知れません」
そうなのよね。現代の企業でも社歌を創ることで企業の一体感やベクトルを合わせるのに一役買ったりする効果があるって話を何処かのWebページで見た覚えがある、様な気がします。
「歌か……。ごめん、私には考えが及ばない。例えばどんな歌だったら力の源になろのだろう?」
「そうですね、例えば……。
『君が代は~ 千代に八千代にさざれ石の~ 巌となりて苔のむすまで~』
……どうでしょう?」
「ふむ……。何故か分からないが、胸の中で湧き上がるものを感じるな。
これが帰属意識というものなのか?
この歌も詠み人知らずの歌なのか?」
「え、ええ、そうです。詠み人知らずの歌で御座います」
実際そうだし、良いよね?
時代が前後しても国歌は国歌なのだし。
ああ、でも何かしでかしたような気がします。
誤魔化さなきゃ。
ふと気が付くと傍らに真人クンがいます。紙飛行機に飽きたのかな?
「真人様もたくさんお勉強しようね」
「うん、たくさんお勉強して高向様みたいになる」
「髙向様?」
「高向玄理様は此度、国博士に遇せられた賢人だ。
一度だけお目見えしたことがある」
御主人クンが教えてくれました。
そう言えばそんな役職があったような気がします。
「真人様はきっと良い賢人となられるでしょう。だけどいくら賢人でも鼻持ちならない人に教えを請う人は少ないです。皆に慕われる賢人になって下さいね」
「うん、分かった」
真人クン。ホントにお願いだから『竹取物語』にあるようなグズにはならないでね。
私は自分の事を棚に上げて、真人クンの健やかな成長を願うのでした。
昨夜はツッコミどころ満載の投稿をしてしまし申し訳ございませんでした。
誤字、変換ミス、拙い文章のつながり方、など修正箇所が多数御座いました。
もっとも本気で書き直そうとするなら、第1話目からやり直さなければなりませんが………
私の処女作、『異世界・桃太郎』も修正したいです。
今だにまとめ読みしてくれる方に申し訳ない気持ちです。