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中臣様からのご伝言

束の間の平和?

 ***** 難波宮のとある場所にて(※セリフのみ) *****

 

宇麻乃うまのよ、ご苦労だったな」


「本当にご苦労様ですよ。中臣様、正月くらい休ませて下さいよ」


「ぬかせ。私とて休んでおらぬのだ。他を思いやる余裕なぞ無いわ」


「全く……私はとんでもない上司についてしまったみたいですよ」


「常日頃、私は私を二人欲しいと思っているのだ。それが叶わぬのなら代わりの者を立てるしかあるまい」


「勘弁して下さい。私が中臣様の代わりになるはずが無いですか」


「ああ、分かっている。だから倍働け。そうすれば帳尻が合う」


「そんな! 休みどころか寝る間も無くなりますよ」


「それくらいにはお前の事を認めていると言う事だ」


「それは有難いお言葉で」


「で、首尾はどうだった?」


「やはり連中は踊らされてましたね」


「どのように吹き込まれたのだ?」


「中臣様か、倉梯様か、倉山田様のいずれかを根絶やしにすれば、その後釜に付け込めるとそそのかされた模様です」


「愚かな。我らの一角を崩したところでどうにかなるものではあるまいに」


「『彼の方』のお言葉とならば信じる者は信じるでしょう」


「調べがついたのか?」


「ええ、手下共は馬に蹴られたり踏みつけられたりで大怪我負ってたのですが、親玉だけは怪我もせずに倒れていた様です。おかげでじわじわ念入りに痛めつけて、口を割らせる事が出来ましたよ」


「何があったのだ?」


「朱色の裳を身につけた気味の悪い童子わらしにやられた、と言ってました」


「ほう……」


「しかしですが、同じく捕まっていた倉梯様の嫡男は『その様な事は知らぬ』と言っております」


「どうゆう事だ?」


「忌部の姫様の証言から、お嬢ちゃんと倉梯様の嫡男がその場に居たのは間違いありません」


「何が言いたいのだ?」


「嘘、というのは何か隠したいことがあるという事です。お嬢ちゃんは隠し事が多そうですな」


「違いない」


「その隠し事が我々に仇なすのなら捨ておけませんが、今のところ実害はない様子です。賊は一網打尽、嫡男殿は拐われる寸前で”何故か”助かっているのです」


「そう言えば、斬られたはずの護衛が傷一つなかったと言っていたな」


「左様です。妙なことがあった場所に隠し事の多いお嬢ちゃんが居合わせていた。

 これで疑いを持たなかったら、私は中臣様からお暇を与えられて、今頃は息子と一緒に正月料理を食べている事でしょう。

 先日、お嬢ちゃんにこの話を振った時、僅かでしたが視線が泳いでましたよ」


「そうだな。私も何度かかぐやと顔合わせしているが、隠し事は下手糞だった」


「下手過ぎますって。あんなにスラスラと理論整然に話が出来る九歳児(※満年齢で七歳)が居てたまるかって。しかし本人はそれを隠しているつもりでした」


「まあ、よい。今のところかぐやは使える。せいぜい利用させて貰おう。

 隠し事とやらが我々にとって都合が悪いと分かれば、国造ごと滅ぼすまでだ」


「おお、怖い。サラッと恐ろしい事を口になさる」


「お前が人の事を言えるのか?」


「私は上の命令に従うだけの者ですから」


「話を戻そう。賊の言う『彼の方』に、調べは届いたのか?」


「残念ながら、馬鹿やつを差し向けた証拠なんぞ欠片も御座いません。『彼の方』も悪巧みに掛けては手練れみたいです」


「葛城皇子(※)が即位していればこんな苦労もしなかっただろうに」

 (※ 中大兄皇子の本名)


「仕方がありません。帝になられるには皇子様は若すぎますから。(※)

 あと十五年は待たねばならんでしょう」

 (※ 当時、帝に即位する年齢は35歳以上である事が慣例でした)


「その間、こんな事が続くのか?」


「この件で大人しくなってくれれば心配入りませんが?」


「分かりきった事を」


「先ほど倉梯殿の嫡男がかぐやを庇い立てする様な発言をしていた、と言ってたな」


「はい。歳は十一、お嬢ちゃんとは歳の釣り合いが取れてますね」


「そんな事は聞いておらぬ。嫡男はかぐやをどう思っているのだ?」


「ははは、若いって良いですなぁ。家柄からすれば国造の娘など歯牙にも掛けぬはずなのに、まるで高嶺の花みたいに思い焦がれている様子です」


「何故そこまで知っているのだ?」


「宴では部下達が観察しておりまして、宴の席であった事は全て報告せよと言ってありましたが、……どうしましたか?」


「いや、何。かぐやを倉梯殿にくれるのは勿体無いと思えてな」


「中臣様もご伴侶とお子様が同時いっぺんに出来ましたからね」


「ぬかせ。帝に押し付けられた女を懐に入れるほど私は腑抜けではない。

 今は宮に引っ込んで貰っている。しかし連れ児の方は使えそうだ。昨年の宴でもかぐやに懐いておった」


「跡取りにでも?」


「誰が好き好んで血の繋がらぬ息子に家督を継がせるか。讃岐国造は何故か羽ぶりが良いから繋がりを持たせる駒として丁度いい。こちらからくれてやるか」


「国造の娘の義父になりたいがために、息子を婿にやる大臣なんて聞いた事がありませんよ」


「それが不服なら私の嬪妾(ひんしよう)にして良いくらいには気に入っているがな」


「へー、それはすごい。それなら我が家も名乗りをあげてみるのも面白そうですね。

 ウチの息子はお嬢ちゃんより少し年下ですが、真人殿よりは歳が近いですよ」


「そうしたいのなら好きにするがいい。だが、ぎょくかと思えば、火中の栗の間違いやも知れぬぞ」


「中臣様、ご存じですか? 火中の栗ってもの凄く甘いんですよ」


「確かにな。ふ……」



 ***** 忌部氏の宮にて(※かぐや視点) *****


 やっとお屋敷へ帰れることになりました。

 お土産を背負った源蔵さんのために、帰り道はみやこと讃岐との丁度中間地点にある天太玉命神社で一泊します。

 衣通姫や萬田先生、パンツ仲間達も一緒に帰ります。

 氏上様は宮中にご用事があると言うことで小正月の直前まで飛鳥に残るそうです。


 天太玉命神社に私の護衛さんに迎えに来て貰って、翌日お屋敷へと戻る段取りとなっています。

 この時代、護衛なしでの移動は危険ですから。

 先触れとか出すので出発は三日後。それまでは衣通姫と一緒に過ごして、市場で買い物たり、忌部氏の宮に新しい日時計を設置したりして楽しく過ごしました。


 あ、言い忘れてましたが、秋田様はお爺さんへの報告もあるので讃岐まで同行します。

 道中、八十女さんのお胸の前に立って視線ブロックしてやるぜ。


 出発当日、忌部の宮の前で、氏子の皆さん総出でお見送りです。


「ありがとー」

「元気でなー」

「気をつけて帰って下さーい」

「また来てねー」


 手を振り、皆さんの見送りを受けて出発です。

 が、こちらへと走ってくる人が……私に?


「はぁはぁ、間に合いました」


 物部様です。

 私、無罪放免だって言ったよね? 帰国禁止命令? それとも捕まえに来たの?


「すまないね、お嬢ちゃん。文を預かって来たんだ。

 キミのお父上、造麻呂みやっこまろ殿に渡してくれないか?」


 ……ほっ! 違うみたいです。


「はい、承りました。預かったとは、どなたからでしょうか?」


「中臣様です」


『え”っ?!』

 マズイ、マズイ。心の声が出そうになりました。


「お嬢ちゃん、中臣様に約束していなかったのかい?」


「約束……ですか?」


「そう、約束。田畑を見たいなら人を派遣してくれればいつでも構わないって」


 ……あ。中臣様直々に来られそうな雰囲気だったから、人を寄越せばいつでも対応するって言ったのでした。


「まさかお忙しい中臣様がその様な口約束を覚えてくださるなんて思っておりせんでした」


「収穫を増やす案件についてはお嬢ちゃんが思っている以上に期待されているからね。私も引き摺り出されそうなんだ」


「申し訳御座いません。ご迷惑をお掛けします」


 でもどうして衛部の物部様が? 気に掛かりますが、考えても詮無いことです。


「いや、大切な事だからね」


 倉梯様も収穫の話に食い付いていたので注目されてしまったみたいです。


「それじゃ頼むよ」


 そう言い残すと、物部様は急いで戻ってしまわれました。

 本当に忙しそうな方です。


 ◇◇◇◇◇


 ……さて、もうすぐ讃岐です。

 足取りも軽く、どうしても駆け足になってしまいます。

 自分にとって讃岐が特別な場所なんだと改めて思います。

 ああ、この道を進むと田畑が見えて、領民の家があって、その先には……。


 お屋敷の前ではお爺さんとお婆さんが待っていました。きっと朝からずっとそこにいたに違いありません。私は我慢ができず、走り出して、二人に飛びつきました。


「ただいまー! 帰ってきたよー!」


「かぐや、お帰り」

「かぐやや、元気にしてたかい。お帰り、お帰り」


 お爺さんお爺さんの声を聞くのもすごく久しぶりな気がします。

 たった一ヶ月半でしたが、飛鳥ではいろいろな事があって、不安もいっぱいで、心細くて……、いつしか私は涙を流して、お婆さんにしがみついて泣いていました。

 ここが私の帰る場所なのだと改めて思いました。


 気がつくと周りには領民の皆さんがいました。手を振ってくれています。ピッカリ軍団の姿も見えます。

 みやこの様な華やかさは全然ありませんが、ここが私の故郷ふるさとなのです。


 屋敷に入る前にまずは湯船に浸かって疲れを癒して、1ヶ月半ぶりに髪を洗います。

 八十女さんと家人の方のお二人でお手伝いしてくれます。

 湯船では目の前に八十女さんの大きな風船が二個プカプカと浮かんでいます。

 ふふふふ、秋田様に自慢してやりたい。


 宮では八十女さんが毎日身体を吹き上げてくれたので清潔には保たれていました。ですが、やはりお風呂には敵いませんね。

 ちなみに飛鳥にいる間は私が八十女さんの身体を拭いてあげたりもしてあげましたから、ホクロの数と場所まで知っています。へへへ、もうお嫁に行けないね。

 ……と言うか、もう既に源蔵さんの嫁でした。


 夕餉の席はいつもの献立メニュー、心から安心します。

 もあります。


「おぉ、かぐやよ。みやこは危険だったと聞いたが、よく無事に帰って来てくれた。本当に良かった」


「かぐやや、体は何ともないかい?

 風邪引いたりしていなかった?

 ちゃんと食事はできたのかい?」


 お爺さんもお婆さんもずっと心配していたみたいです。

 まさか宴の席で攫われ掛けたとか、皇子様と大臣から圧迫面接を受けたとか、新春の宴では極寒の祭場で六時間も座りっぱなしで凍死しそうだったなんて言えません。


「うん、忌部の氏上様が良くしてくれた。衣通姫がずっと一緒だった。また来たいって言ってたよ」


「そうか、そうか」


「あ、中臣様より文が預かったけど、何て書いてあったの?」


「ああ、大変になりそうじゃのう」


「大変?」


「文にはな…

『稲作は一年を通して取り組む作業なれば、常駐する者を差し向ける事にする』

 ……とあったのじゃ」


「常駐?」


「そう、ずっと常駐する者のために屋敷を用意する手配を頼まれたのじゃ」


「随分と本気?」


「本気どころではないようじゃ。中臣様の使いだけでなく、倉梯様の者も常駐するそうじゃから、二棟必要じゃな」


「倉梯様も収穫を気にしていたからかな?」


「文には『暇をみてまた来たい』とあったのじゃ」


讃岐ここに?」


「そう。つまり左大臣様と内臣様が来られても恥ずかしくない屋敷を用意せねばならぬ、と言うことじゃ」


「え?」


 思わず箸を落としてしまいました。

 箸が転がっても可笑しい年頃、じゃないよ。

 まだ九歳しょうがくせいだし。


「流石に屋敷だけ用意すれば良いと言うことではない。警護の屋敷とかも必要じゃろう。文には衛部の者を差し向けるとあった」


 あ……それで物部様が引き摺り出されるって言ってたんだ?

 ちょっと待って。それじゃ、讃岐ここは日本の偉いお方が集まる拠点になるって事?


「もしかして……用意するのは屋敷だけじゃないと?」


「そうじゃな。道も整備しなければならんじゃろう。生活に不自由させてならぬから様々な品も常備せねばなるまい」


 私がポロッと言った一言がこんな事になるなんて……


「ちち様、何か手伝える事は……ある?」


「疲れているところ悪いが、後で一緒に竹林へ行ってくれんかのう」


「……はい」


 何はともあれ、先立つものはゴールドですね。

 月詠命(仮)様、どうかこの場での仕送り停止だけはご勘弁下さい。


 ナムナム……。


何故か中臣鎌足のセリフが信長っぽくなってしまいます。

大物(蘇我氏)を倒して、天下統一(大化の改新)の道半ばで命を落としてしまうあたり、共通点があるのでしょうか?

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