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【幕間】青春小僧・御主人(みうし)クン

青春小僧・ミウシ君。

2回目の登場となると、愛着が湧いてきます。

 ***** 阿部あべの御主人みうし視点 *****


 新春の宴に出席したら父上に会えるだろうと期待して行ってみたが、残念ながらおいでにならなかった。きっとお忙しい毎日を過ごしてられるのだろう。

 そしてもう一つ。宴では様々な催しがあるが、その中で国造の娘が舞を披露すると聞いた。

 もしかしたらと期待していたら、かぐやの舞を観ることが出来た。

 やはり素晴らしい。

 幼子ならばぎこちない舞であっても許されるのに、かぐやの舞は大人の舞と変わりが無いのだ。

 まるで小さな大人が舞っていて、観ているうちに幼子であることも忘れて魅入ってしまう。

 観ている高官達も舞を見る前と後とではまるで表情が違う。

 中には心地よさげに寝ているのもいたが……。(怒)


 舞が終わった後、一緒に舞った巫女達は宮を後にしたが、かぐやは残った様だ。

 ただ一人違う色の衣装を身につけているから嫌が上にも目立つ。

 そのせいか、かぐやの周りにはいつも人が居る。

 しかも位の高い者ばかりだ。


 たぶんあの方は皇子のはずだ。

 中大兄皇子の弟君だったと思う。

 何故か親しげに話されている皇子にモヤモヤした感情を覚えてしまう。


 次に来たのは……確か今のおおきみの夫人だった与志古よしこ殿か?

 親しげに話をしているところを見るとかぐやとは知り合いの様だ。帝の妃である姉上(※小足媛おたらしひめ)から聞いた話では、与志古殿は帝が即位される少し前、中臣殿に下賜かしされたと聞いた。帝が中臣殿に一目置いておられる事を示すためだそうだが、真意は分からないと言っていた。


 お、やっと話が終わったようだ。かぐやがこちらの方に歩いてくる。

 これは好機チャンスだ。かぐやから話し掛けてこぬか?

 ……こぬか?


 まずい、このままでは行き過ぎてしまう!

 私は前を行き過ぎようとするかぐやに慌てて声を掛けた。


「かぐやよ、良い舞であったな」

「そ……」


 誰かに声を掛けようとする前に声を掛けられたようだ。

 だが一体私は何を言っているのだ!

 このような言い方では、まるで躾のなっていない一年前あのときの私のままではないか!


「これは気が付かず、申し訳ございませんでした。

 本日はお忙しい中、お目汚しの程、大変失礼致しました」


 相変わらずかぐやは平坦な口調と貼り付けた笑顔で答えてくる。

 まずい。かぐやは私に全然関心などないみたいだ。

 御主人みうしよ、こんな時は素直に褒めるんだ!


「いや、昨年観た舞も見事だったし、本日観た舞は更に良かった」


「お褒めのお言葉、有難たく存じます」


 かぐやは深々と頭を下げながら礼を言うが、次に続く言葉が見つからない。


「いや、……その……」


 何を話せばいいのだ?

 天気か?

 屋敷に誘うとか?

 いやいやいや、そんな事を言っても『恐れながら』と言いいながら断るに決まっている。

 我々の気不味い雰囲気を察したのか、傍にいた私と同じくらい歳の女子おなごが声を掛けてきた。


「かぐや様、その方は確か……」


「衣通様、こちらは阿部倉梯あべのくらはし御主人みうし様です。左大臣阿部倉梯様の御嫡男に御座います」


「そうでしたわね。一年振りです。

 忌部首いんべのおびく子麻呂こまろが娘、衣通そとおしに御座います」


 ああ、かぐやの隣に居た女子おなごだったな。

 御父上が見目の良い女子と言っていた……確かにその通りだ。


「ああ、久しいな。讃岐では楽しい宴であった事を思い出されるよ」


 あの経験がなければ私は一年前のままだっただろう。私にとって決して忘れない思い出だ。


「はい、とても良き思い出に御座います。あの宴をきっかけに友誼を結ばせて頂いております。ご一緒に舞をご覧になっている時もお二人が楽しそうに歓談されていたのを思い出されますわ」


 そうなのか? はたから見たらそう見えていたのか?

 何故か無性に嬉しくなってきた。

 すると不意に、かぐやから父上について話をされたのだ。


「先日は倉梯様にお話を頂く機会がございました。私の不躾な話に耳を傾けて下さって、大変申し訳なく思います」


 父上に会ったのか? かぐやが? 何故?


「そうなのか? 実は半年くらい父上とは顔を合わせておらぬのだ。

 忙しいとは耳にしているが、父上は健勝であったか?」


 つい気になって、自分の父親の事なのに質問をしてしまった。


「少しお疲れのご様子に御座いました。お自愛頂きたいと申し上げましたが、それどころでは無いかも知れません」


「そうか……この宴に来れば父上の様子を見ることが出来ると思っていたのだがな」


「先程聞いた話では、本日難波宮へ向かわれたとの事です」


「そうなのか? ……知らなかった」


「左大臣の職は私の様な凡庸な者には想像が出来ぬほどの重圧があるものかと想像するしか御座いません。

 御主人みうし様が一日も早く手助けができる様ご成長なされる事が、倉梯様にとって一番の手助けとなりますでしょう」


「そうだな……」


 一年前、父上に言われた言葉が頭を過ぎる。

 そしてかぐやは私などとは比べ物にならないくらいに高みにいると叱咤された事も。


「私もそうあらねばならないと思っている。しかし山の頂が一向に見えぬ様だ」


「山の頂……ですか。

『人生は重き荷物を背負いて長き坂道を登るが如し。焦るべからず』で、御座いますよ」


 初めて聞くが妙に心に響く言葉だ。この一年間、書や経典を読み漁ったが聞いた事がない。


「あ、ああ。ありがとう。頂が更に遠くなった様な気がするが……」


 一年程度では全然追いついていない事を思い知らされ、正直凹む。すると衣通殿が割って入ってきた。


「倉梯様。私は半年ほど讃岐に居りかぐや様とずっと御一緒させて頂きました。

 山の頂はとてもとても高う御座いますよ」


 そうか……衣通殿も、またかぐやの高みに悩む者なのか。

 そう思いと何故か気が軽くなった様な気がするのは、私が浅ましいからではないはずだ。

 しつこい男だと思われるのも宜しくない。会話を切り上げ私はその場を離れた。去り際、かぐやの表情が少しだけ柔らかく見えたのは気のせいではないだろ、と思いたい。


 しばらく知り合いと歓談し、そろそろ退席するかと思った矢先、祭場と外とを隔てる門から武装した男達がいきなり乱入してきた。

 何事かと驚いているとその中の一人が私を見てニヤリと笑みを浮かべ、こちらへと歩み寄ってきた。

 この男は……父上の不在中に幾度となく屋敷を訪れていた奴だ。

 昨年誅せられた蘇我氏宗家に連なる者らしく、倉山田様を裏切り者と罵り、直接手に掛けた皇子様と中臣様を許さないと言っていた。


 だからなのか御父上を味方に引き入れようと直参したが、

『あいつらが憎いから、阿部倉梯氏は自分達に与することが道理だ』

 という子供の私でも呆れるほどの幼稚な考えの持ち主だった。その様な者に御父上が迎合するはずもない。


 要するに愚かなのだ。だが愚かだから何をするのかが分からない。

 彼奴の言うがまま素直に宮の外へと同行した。

 宮の外には馬が控えており、私を何処かへと連行するつもりなのだと察せられた。

 すると、彼奴の手下に手を引かれて朱色の裳が目に入った。


「かぐやよ、どうしてここにいるのだ?!」


 驚きのあまり大声を出してしまった。かぐやには関係ないではないか。


「問答していましたら拐かされてしまいました」


「其方は一体何をしておるのだ!」


 いつも思慮深い印象があるかぐやに考えられぬ短慮さに呆れ、叱責をしてしまった。

 しかも全く動じていない。


 私をここに連れてきた彼奴が近づいてきた。


「こいつらが阿部の子供達か?」


 それを聞き、かぐやを守らねばと私は大声で啖呵を切った。


「私は阿部内麻呂あべのうちまろの嫡男、御主人みうしだ。しかしこの女子おなごは関係ない。解放せよ!」


「ふん。だが無関係では無さそうであるな。子供の人質が一人二人増えた所でどうって事はない。連れて行け!」


 こいつらはやはり愚鈍だ。国造の娘を攫って何の得があるというのだ。

 だが、事態は連中の思う様にはいかなかった。突然馬が一斉に暴れ出したのだ。

 馬が暴れ始めるや否や、かぐやは私の手を取り走り出した。こんな非常時だというのに、かぐやの手の感触が心地いと思うのは不謹慎だろうか?


「おい、待て!」


 背後から彼奴の声がした。やはり愚鈍だ。異常に気付いていない。


「そこに居たら馬に蹴られるよ!」


 かぐやの言葉に男が振り返ると、既に手下どもが使い物にならなくなっていた。最早、彼奴の企みも潰えたも同然だ。


「娘! 何をした!?」


「何もしていないよ。オジサンの顔が怖いんじゃないの?」


 かぐやよ、頼むから煽らないでくれ!

 と私の心の声も虚しく、彼奴は憤怒の表情で剣を抜きならがかぐやに斬り掛かってきた。


「おのれっ!」


 もう駄目だ!と思った次の瞬間。

 かぐやはクルッと回り、彼奴の陰へと潜った。


っ!」


 次の瞬間、彼奴は短い言葉を発して倒れたのだ。

 かぐやが彼奴を昏倒させたのは間違いない。だが一体何をしたのだ?


 しばらくして衛部の者がやってきて私は保護された。

 かぐやもと思ったが、この場を見逃して欲しいとかぐやの言葉を受け、その場は別れた。

 ついかぐやに声を荒げてしまったが、心の中は敗北感でいっぱいだ。心のどこかで知は兎も角、身体たいりょくならば負けていまいと思っていたが、これでは私がかぐやに守って貰ったみたいではないか。


 かぐやはどこまで私の先を行くのだろうか?

 一年前、父上から言われた言葉が頭の中で何度も繰り返される。


『書を眺めるだけではない。

 身体を鍛え、精神こころみがき、礼節を修めなさい』


 自分はまだまだ足りていないのだと、つくづく思い知らされた。



御主人みうしクンの苦悩はまだまだつづく)

車持氏の娘・与志古郎女(よしこのいらつめ)軽皇子(かるのみこ)・後の孝德帝の寵妃であり、中臣鎌足に下賜されたという説(噂?)がありますが、真偽のほどは定かではありません。

実際に鎌足は安見児(やすみこ)という采女(うねめ)を天智天皇(中大兄皇子)より下賜され、その喜びを歌った歌が万葉集に残っています。


本作ではこの噂に乗っからさせて頂きました。

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