飛鳥宮で二度目のチート舞(1)・・・社交
万葉集のヒロイン登場!
正月三日。
飛鳥へ来て二度目の舞のお披露目です。
しかし今回は帝が出席されるわけではありませんので警備も緩く、冬山みたいな劣悪な環境下で寒さに震えながら祭事の進行を見守るなんて事はありません。
朝餉を口にする時間的な余裕も、それを口に出来る気持ちの余裕もあります。
要は完全に宴を舐めていたのです。
皇子様が招待した宴に出席する方々がどのような方々なのか考えれば分かるはずなのに、元日の圧迫面接からの開放感と、昨日市場で買ったお土産を持って讃岐へと帰る事で頭はいっぱいでした。
会場は宮の外にある祭祀場。
一昨日みたいに夜明け前でなく、風もなく、気温も上がって陽だまりでは温かさを感じる程です。
舞台袖で焚き木の暖かさを感じながらポカポカ待機です。
観衆は大王一族の方々らしき貴賓席に十五名ほど居ますが、私を呼んだ諜報人である謎の人①は見えません。
別に居て欲しいとは思いませんが、呼び付けおいて欠席ってありえないと思いませんか?
そのかわりに謎の人②がいます。そして隣にはきれいな女性がいます。
リア充め!
ズラリと高官が座る席には見慣れない人がたくさんいますが、中臣様も倉梯様も欠席みたいです。
子弟同伴可の宴なので、子供の姿が沢山見られます。
昨年の宴で讃岐にいらした子達も二名ほど居ます。
確か忌部氏と繋がりの深い氏族の子達だと聞いています。
もちろん、衣通姫も居て、仲良さげにお喋りしています。
おっと! 真人クンが居ました。与志古様も一緒です。
後でご挨拶に行きましょう。
……げっ! 御主人クンが居ました!
でも中身アラサー女の全力の論破で凹まされた御主人クンは、私の顔なぞ見たくもないかも知れません。お互い利害が一致しているはず。
知らんぷりしましょう、お互いに。
周りを観察している間に順番がきた様です。
どっこいしょ。
……いけない、いけない。
油断すると時々中身のアラサー女の地が出ます。
中身は喪女だとしても、地元ではお姫様なのだから。
【天の声】今更……。
◇◇◇◇◇
静々と舞台に登壇し、いつものメンバーで整列します。
シャン! シャン! シャン!
私の神楽鈴の音を合図に演奏が始まりました。
♪~~
シャン! シャン! シャン!
萬田先生の厳しい指導のおかげで身体が勝手に動きます。
しかし指先まで丁寧に表現しないと萬田先生の厳しい声が飛んできました。
練習通り丁寧に丁寧に舞います。
シャン! シャン! シャン!
あ、そうだ。皇子(謎の人①)から高官達を舞で元気にして欲しいって言われていました。
元気が溌剌になる光の玉を贈呈しましょう。
チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン!
もっとお高い栄養ドリンクもありますが、元気になったからと24時間闘っては本末転倒です。
ついでに睡眠の質を高めるドリンクも進呈しましょう。
チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン!
あら? 三人ばかりその場で寝てしまいました。本当にお疲れみたいです。
風邪ひかないでね。
シャンッ! シャンッ! シャラララララ〜!
最後のキメの姿勢です。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
帝の前でお披露目した舞という触れ込みでしたので、箔がある分、好意的に観て貰えたみたいです。
チート無しでも高評価を頂けました。
これで無事、本日の出番を終えました。
一発屋芸人が持ちネタを披露した後の何もできない感に似ていますね。
それでは舞台を降り、これにて解散!
……とはならず、国造の姫として社交のお仕事が残っています。
舞台での撮影演目が終わり、自由に歓談のお時間となりました。
衣装が舞の時のままの朱色の裳ですので目立ってしまいますが、仕方がありません。
頼れる友・衣通姫の方へ歩いて行こうとしたら、後ろから声がしました。
「かぐやよ、良い舞であったな」
この声、謎の人②
「これは気付かず、申し訳ございませんでした。先日はお忙しい中、お耳汚しの程、大変失礼致しました」
「そのような事はない。兄上も思う所はあった様だ。皆、難波へ向かわれてしまったので、来れたのは私だけだがね」
謎の人①と②の人は兄弟?
謎の人①は中臣様と親しくて、その弟にあたる御方………まさかね。
絶対に近づいてはいけない気がします。
「そう言って頂けますのは行幸で御座います」
「素敵な舞でしたわ。貴女は何処の子なの?」
隣の綺麗な女性が親しげに話しかけてきました。
「申し遅れまして大変申し訳ございません。
私は讃岐造麻呂が娘、かぐやと申します。
本日は忌部氏のご助力を頂き、舞を披露させて頂きました」
「まあ、そうなの。忌部様がご指導なされたのね。幼いのに言葉もなっていますし、将来が楽しみですこと。歌なども習っているの?」
「習ってはおりますが、身なりも心も幼きため機微に疎く、歌が形になりません」
まさか最新作が♪ドナドナドーナ♪なんて言えません。
「ふふふ、将来が楽しみです事。
言い忘れてましたわね。私は額田郎女と言います。
先の帝、皇祖母尊様に仕えておりました。
そのご縁で皇子に傅く御名誉に与らせて頂いておりますの」
額田……ひょっとして額田王!?
万葉集の超有名人じゃないですか!
サイン欲しい!
一首歌って!
一緒に写真撮って!
あ、スマホが無い!
月詠様(仮)、一旦返して!
「失礼ながら、歌人としてとても有名な額田王様で御座いますか?
辺鄙な国造の娘にて、かような機会が訪れるなんて考えてもおりませんでしたので、大変に驚いております」
「かぐやよ。皇子である私に相対している時と随分と態度が違わないか?」
「い、いえ、そんな事は御座いません。
皇子には持ちうる限り最大限の敬意を払っているつもりでおります。
ただ驚きすぎて淑女の被り物が取れてしまっただけに御座います」
「何とも残念な淑女がいたものだな。
まあ、よい。田舎の姫にまで額田が知られているという事は悪い話ではないのだからな」
「ご無礼のほど、返す返す申し訳御座いません」
「構わん。また話す機会もあろう。楽しみにしてるぞ」
いえ、私はあまり楽しみにしていないのですが……。
「次の機会までには被り物が取れぬ様、精進いたします」
「ああ、期待はせぬが楽しみにしておく」
仲睦まじ気にお二人は席へと戻って行きました。
は〜、驚きました。
額田王の旦那さんという事は、謎の人②は大海人皇子、将来の天武天皇です。
古代日本の中興の祖とも言われる御方でもあり、そして怖い人でもあります。
次の機会が来ない事を心から願います。
さて、今度こそ頼れる友・衣通姫の方へ歩いて行こうとしたら、横から声がしました。
「かぐや殿、良い舞でしたね」
この声は与志古様。
「これは気付きませんで申し訳ございませんでした。ご機嫌麗しゅう御座います」
「先程、額田様と話されていましたが、込み入った話でしたの?」
「いいえ、額田様とは殆ど話が出来ず、皇子からは残念な女子とお小言を頂戴しました」
「あら、厳しいわね。
申し遅れました。私は中臣鎌足の妻となりました車持氏の与志古郎女と申します。
この子は鎌足の長男、真人です」
……?
ちょっと待って、中臣真人?
去年は皇子って言ってましたよね?
与志古夫人って言ってましたよね?
そして今、中臣の妻だって言っています。旦那さんが変わったの?
真人クンが連れ子?
敢えて言っている様にも思えます。
これは突っ込んではいけない気がします。
んーっと、んーっと、んーっと、……
当たり障りのない言葉を選ばなきゃ。
「こんにちは、真人様。ご機嫌麗しゅう御座います」
すると真人クンはにぱっと笑って元気に答えました。
「おねーちゃん、こんにちは。ピカピカしてたよ」
良かった。変わりがなさそう。
「寒くはありませんでしたか?」
「ピカピカが温かった」
「それは宜しかったです」
私達の会話の様子を見て与志古様が声を掛けます。
「やはりかぐや殿は聡明でいらっしゃいますのね。
キチンと機微を弁えることがお出来になります。
詳細はいずれお話する事もあるでしょう。
昨年は舞の後、貴女が倒れるのを見てしまったので心配でしたが、元気そうで何よりです」
「お気遣い有難う存じ上げます」
「くれぐれも気をつけてね」
そう言うと与志古様と真人クンはお供を連れ立って、宴の席を立ってしまわれました。
結局、車持氏の与志古様が中臣様の奥さんになったと言う事は、与志古様は皇族の夫人で無くなって、真人クンも皇子で無くなって……、『竹取物語』に出てくる求婚者の一人、車持皇子はやはり真人クン?
それとも与志古様が将来産むかも知れない藤原不比等という事?
頭がこんがらかってきました。
(つづきます)
もうすぐ12月です。
年末が近づいているため、投稿時間が遅くなりそうです。
平日はたぶん19時~21時くらいになると思います。