【閑話】飛鳥京の休日
ローマの休日、ではありません。
あれやこれやもう少し書きたかったけど、間延びしそうなので短くまとめました。
今年初めてのお食事は皆さんと一緒に夕餉です。
お腹は空きましたが、この時代で空腹なんて珍しくもありません。
空腹というスパイスと正月料理、何より帝の御前で舞を披露するという重圧からの開放感のおかげでいつもの三倍食べてしまいました。
もー食べられません。
食後、明後日も舞を披露することを皆さんに言ったら、早速お稽古を始めました。
申し訳ありません。今、私がくるくると舞いましたらアレをアレして辺り一面にアレを撒き散らせてしまいそうなので、遠慮させて頂きました。
朝も早かったので、昨日と同様に早めの就寝です。
◇◇◇◇◇
翌朝、正月二日。
忌部氏の氏子の皆さんはお休みです。
一部の人は地元で新年の行事があるそうで、天太玉命神社へ戻って行きました。
思い返せば昨年私が舞を披露したのも三日でしたね。
衣通姫は明日の宴に一緒に参加してくれる事になりました。
本人の希望ですが、私としても田舎娘が中央氏族の子弟の中で孤独になるかもと思うと大変ありがたい申し出です。
昨日の氏上様の話では皇子の呼び出しがご本命だったのだから、もう無罪放免です。
舞は下手でも構わないみたいな事を仰ってましたから、気楽に舞えばいいでしょう?
という事で、念願の京の市場巡りです。
ヒャッホーい♪
日本初の通貨である和同開珎も、それ以前に在ったらしいとされる富本銭もまだありません。
でも市では通貨代わりの銀銭らしきものが使われています。
貨幣と言うより、どちらかというと銀塊を潰して平らにしただけの貴金属資産みたいな感じです。
慎重な人は銀の重さを量りながら売買しています。
私はと言うと、お爺さんから預かった月読命(仮)の仕送りの金が在りますので両替して頂きました。
幼い子供が銀銭持って外にでるなんて危険極まりないので護衛さんも荷物持ちの源蔵さんも八十女さんも同行します。
衣通姫も一緒に行きたいと言っていたのですが、残念ながら許可をする人がいません。
いくら護衛が一緒とは言え、京は物騒なので今日は諦めてもらいました。
お留守番の衣通姫には申し訳ありませんが、東京・神保町へ古本屋巡りした以来の高揚感です。
レッツらゴー♪
【天の声】ホントにアラサーだったのか?
花の京の市場は私の予想以上に賑やかでした。品物も豊富です。
通りにゴザだけ敷いた物売りや屋根付きの屋台みたいなお店まで様々です。
米、麦、魚、木の実、塩、などの食料品。
木綿、絹製品、糸、唐の織物、靴、などの衣料品。
紙、墨、筆、などの文房具。
家具、食器、木工品、金属加工品、土器、農工具、といった生活用品などなど。
そして何より楽しみなのが食事処!
魚を焼いただけとか、お粥に配膳とかシンプルなモノが多いですが、この時代の食料事情を知る良い機会です。隅々まで見て回って食べ尽くします!
胃腸薬《パン○ロン》の光の玉、カモーン。
おおぅ!
早速見つけました。米菓子です。
もち米をお団子状にして焼いたお菓子、というか食事。
匂いからすると醤油味っぽい。
「これ下さい」
銀粒を差し出して買い求めます。
「これなら十個だな」
「あ、そう。じゃあ他を探すね」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 十二個に負けるから」
「十五個なら買う」
「しょーがねーな、分かった。十五個だな」
「小さいのはダメだよ」
「嬢ちゃん、上手いな」
「ありがと」
持ってきた麻袋に入れてもらいました。
源蔵さん、荷物持ち宜しく。
「姫様、なぜ十五個で交換できるって分かったのですか?」
買い物をした事のない八十女さんが、不思議そうに聞いてきます。
「周りを見れば皆んな交渉している。
たぶん、立て看板に書いてある値段は高めの価格だと思う。
十五個は適当に言ってみただけ。
畿内で値引き交渉するのは当たり前」
「そうなんですか……」
買い物はセンスと経験値だから、超初心者の八十女さんには難しいかも知れませんね。じゃあ、次。
おおぅ!
やはりあった、大豆!
「これにちょうだい」
麻袋を差し出して買い求めようしました。
「銀二つだな」
店主らしいおじさんは麻袋の大きさを見てぶっきらぼうに答えます。
負けてなるもんか、と小さな麻袋を取り出してワンモア。
「オマケを付けるなら」
そう言うと、おじさんは渋々と大豆を入れてくれました。
源蔵さん、荷物持ち宜しく。
よし、次!
おおぅ!
見つけた、小麦の種籾!
これを増やせばうどんが食べられます。パンに挑戦しても良いし、ナンでも構いません。
日本の気候は小麦に不向きだと聞いた事があるので主産業には出来ませんが、自給自足分は欲しいです。
小さな麻袋を出して銀貨一枚を見せて交渉開始。
「小麦下さい」
そう言うと店のおばさんは、
「もっと大きな袋は無いのかい?」
と言ってくれました。
大きな麻袋を差し出すと十枡分の小麦を掬って麻袋に入れてくれました。
「ありがと」
しばらく歩いて行くと八十女さんが質問してきました。
「姫様、先ほどの小麦はどうして言い値で買ったのですか?」
「あのおばさん、正直。小さな袋では足らないとわざわざ教えてくれた。そうゆう人には値切りたくない」
「そうゆうものなのですか?」
「人それぞれ。値切るのが嫌いな人もいるし、値切る事が目的の人もいる。
私は大損しなければそれでいいの」
「私は買い物ができる自信がありません」
「慣れが大事。試しに買ってみよう」
「えっ?」
頭の中であの歌がリピートします。
生まれて初めてのお買い物。
頑張れ、八十女さん!
♪ 〜(著作権のカベ)〜♪
「あ、あの。こ、これを欲しいのですが」
見るからにカモっぽい八十女さん。
「銀一粒じゃあ、足りねぇな」
「そ、そこを何とか!」
「ねーちゃん、いい乳してんじゃねーか。ちょっと揉ませてくれたらいいぜ」
ああ、これはダメなパターンです。お店選びの段階で失敗ですね。
護衛さんに目配りして八十女さんの救出へ向かわせようとしたのですが、それより早く源蔵さんが荷物を持ったまま走り出して行きました。
市場で揉め事を起こすと面倒そうなので、源蔵さんに光の玉をぶつけて足を止めます。
「あうちっ!」
大丈夫、立てないほどじゃないから。
「そこの店主、うちのお嬢様に何するつもりだったか?」
本当は使用人ですが護衛さんが機転を利かせてくれました。
「ひっ! 何にもしてません。商売の挨拶みたいなものでさぁ」
「お姉さん、ここは止めよう」
このお店は信用ならないので買い物をしません。初めてのお買い物は失敗です。
八十女さんのお碗は現代でも通用するくらいに立派だから大変です。
じゃあ気を取り直して……
おおぉぉぉぉぉう!
米飴の文字が!!
飴イコール甘味!
こっちに来て滅多に口にできない甘味!
いざ、突撃です。
銀貨五個を見せて「どのくらい?」と聞いてみたら……、
「これくらいだよ」と店のおじさんが見せてくれた見本がたったの大さじ一杯分。
少なっ!
「じゃあこれなら?」と、銀貨十個を見せました。
「三杯分にしてやろう」
よし買った!
ちょっと小指につけて舐めてみましたら砂糖の様な強烈な甘みではありませんが、甘酒に近い芳醇な甘みを口に広がります。
「日持ちしないから早めに食べるんだよ」と、おじさんのアドバイスがありましたので保管は諦めました。
でもいつか採れた小麦粉で作ったパンケーキに米飴とバターを乗せて食べてやるという目標ができました。
この後も、醤とか、筆とか、お爺さんお婆さんへのお土産とかを買って廻りました。
その日の夕餉がお餅だったので、巫女さん達と衣通姫に市場で買った醤と米飴を浸した甘醤油味のお餅を振る舞ったら大好評で、最後の一滴まで皆で美味しく頂きました。
ふ~~、満足な一日でした。
明日は宴で舞を披露する日ですがパパッと舞を披露して、スタコラササっと逃げようっと。
皇子……じゃなくて謎の人①も付け足しだって言ったからね。
【天の声】フラグって言葉を知っているか?
当てずっぽうですが、銀銭(銀粒)一粒1000円くらいで計算しています。
通過代わりの銀粒につきましては何かで読んだ様な気がするのですが、ソースを見つけられませんでした。
なので架空のお話とお考え下さい。
ちなみに金で買い物をする時は両(約16グラム)単位で取引していたみたいです。(と、竹取物語にありました)
市場の市場価格は子供でも作れる様な木材加工品や麻布は安く、醤や米糖の様な技能を必要とする加工食品は高いかな?というイメージで、食料は高くもなく安くもなくです。
日本書紀に醤の文字があり、飛鳥時代にも醤油はあったみたいですが味は同じかどうか?