皇子様からの呼び出し(3) ・・・謎の人②
呼び出し編パートⅢ。
ひとまず終わりですが、飛鳥宮はもう少し続きます。
謎の人①が満足気になったところで、お部屋の中に弛緩した空気が流れました。
私もお腹が空いてますし、早くこの針の筵から逃げ出したい。
お願い、閉会のご挨拶を!
社内イベントの進行を担当した時、やたら話が長いお偉いさんに向けて
『早よ話を切り上げんかっ!』オーラを飛ばしまくった時の様に、全身の毛穴から『お開きにせんか!』オーラを放出します。
モアモアモア……。
「かぐや、と言ったな。其方は先程、国史が必要だと言ったな」
五人の中で一番歳が若そうで、これまで一言も言葉を発していない謎の人②が初めて口を開きました。
がっかり。
「はい」
「国史も千年掛かるのか?」
「いえ、継続する事は大事ですが、区切りをつけて編纂すべきと思います」
「では其方は自分でやってみたいと思わないのか?」
「やってみたいとは思っております。しかしながら、簡単に出来るものでは御座いません故」
「簡単では無いとは?」
「日々人の記憶は風化していくものです。
五十年経てば、同じ時を過ごした者たちの大半は輪廻の輪に還っております。
百年経てば余程の出来事でない限り忘れ去られており、或いは間違った伝わり方をしているやも知れません。
神代の時代は数百年、ひょっとすると数千年も前の出来事です。そこにある陵墓がいつの時代の誰の陵墓であるかすら正しく伝わっておらず曖昧になっていることでしょう。
その様な歴史を一つ一つ紐解き、掘り返していく作業はとても一人では叶わず、おそらくは国を挙げての事業になるでしょう」
「つまりは何がどの様に大変なのかを分かった上でやってみたいと思う訳だな」
「はい。もし、その事業の一人として参画出来るのであればこの上なく幸せに感じます」
「それが其方の幸せだと?」
「はい、私の心が満たされます」
「初めて女子らしい表情を見せたと思えば、国史編纂に携わる事が幸せだとは。残念な女子だな」
「恐悦至極に御座います」
「褒めてはおらぬぞ」
「申し訳ございません。嬉しくてつい気が緩みました」
「其方と話をしておると幼子である事をつい忘れてしまうのだが……其方は一体幾つなのだ?」
「本日九つに成りまして御座います」
「すると後宮に入るとしてもあと四年という事か」
「四年後は十三ですのでそうなりますでしょうか?」
「後宮にやるのは少し惜しいな……」
え? 何か良からぬ事を考えておりませんか?
「そう警戒するな。帝のお目通も怪しそうな残念な采女に士官するよりも、やりたい事が出来る方が其方にとっても良かろう」
しまった。つい思っている事が顔に出た?
「大変ご無礼を致しました。今はちち様、はは様に孝行をする事が一番の勤めと心得ております」
「そうだな。童子は童子らしく童子同士で遊んでおればよい」
そーだそーだ。大の大人が幼女を吊し上げるなんて大人気ないよー。
「辺鄙な土地故、なかなか同じ年頃の方との交友は難しく、大人に混じり子供らしくない振る舞いをしてしまう事を大変不快にお思いかと存じます。
かような残念な女子にも関わらず忌部様の姫様には大変親しくさせて頂いており、大変感謝しております」
「かぐや殿よ。衣通も其方と友誼を結べし事をとても喜んでおった。こちらこそ感謝する」
すると突然、謎の人①がとんでも無い事を言い出しました。
「子供の友誼といえば、明後日の宴は子女を連れ立っての開催であったな。
かぐやにはその宴で舞を披露して貰おうか」
『え”っ!?』
いけない、いけない。本音全開の声が出るところでした。
何て事をおっしゃいますで御座りやがりますのですかっ!
「田舎育ちの幼子の舞よりも席に相応しき舞は他にもあると思いますが」
「安心せよ。相応しき舞は用意してある。付け足しのつもりで気楽に舞えばよい」
それって公開処刑って言うんですよ。酷くない?
「それにな、其方の舞は上手いだけでなく、観ている余も力が漲る気がするのだ。
他の官吏達にも其方の舞を観て、英気を養って欲しいのだよ」
ああ、それは心配です。
決算業務の真最中の経理部だってここまで追い込まれた人は居ませんでした。
つい栄養ドリンクもどきな光の玉を放ってしまいましたが、残っている活力を絞り出しているだけなので根本的な解決にはならない気がします。
いっそのこと睡眠の質を高めるドリンクで眠らせてしまいましょうか?
「はい、もし私の舞が忙しき皆様のひと時の慰みとなりますのであれば喜んで。
ですがやはり休養は必要です。
決して無理はされませぬ様、皆様におきましてもくれぐれもご自愛くださいませ」
「疲れているから休め、と幼子に言われると妙な気がしますな」
いや、倉梯様。貴方の顔色が一番悪いですよ。
御主人クンがまだ幼いから無理してはダメですってば。
「何とも年寄り臭い幼子だな。かぐやよ」
中臣様、それは当然です。中身は元アラサーOL、中臣様とほとんど変わりありませんから。
「お望みならば幼子のように駄々を捏ねてお願い致しますが、どうなされますが?」
「いいや、止めてくれ。本当に寝こんでしまいそうだ。
ははははは」
中臣様も少しだけ覇気が戻ってきたみたいです。
「かぐや殿よ。明後日の宴での舞は曲目などの関係もある。我ら忌部の方で手配しておこう」
「何から何までお世話になり恐縮に御座います」
「そう言えば宮では鈴を鳴らせてたが、本日の宴では何故使わなんだか?」
「見たことのない物は持ち込めないとの事で変更致しました」
「それは勿体無い。ならば明後日の宴ではそれを含めて手配しておこう」
「宜しくお願いいたします」
皇子が待ちに待った言葉を口にします。
「かぐやよ。新年早々興味深い話が聞けた。
次の祭事が迫っているのでこれまでだ。
次の機会を楽しみにしておる」
「お忙しい中、お手間を取らせて申し訳ございませんでした。
皆々様にとりましても今年が良き年となります様、祈願しております」
「ではな、かぐやよ」
「はい、中臣様もご機嫌麗しゅう」
謎の人①、中臣様、倉梯様、謎の人②の皆さんは退出されました。
忌部氏の氏上様と私と僅かなお付きの人が残った所で氏上様が口を開きました。
「かぐや殿よ。ご面倒お掛けした。お気付きと思うが、舞を舞うのは単なる口実でかぐや殿を呼び出すのが中臣殿の目的だったのだ。
帝や皇子様に勧められては私も断る事も出来なんだ。申し訳なかった」
え、そうだったの?!
秋田様からは前向きに同意したって聞いてますよ。
「いえ、そんな。忌部の皆様にはこの上なく良くして頂き、感謝しか御座いません」
「ちょうど一年前、かぐや殿が言った事が現実のものとなった。しかし私には何が正しいのか分からなくなってきておる。かぐや殿ならばこの先どの様になるのか存じているのかも知れぬだろう。
国のため、民のためと祭事を執り行う我が身には、血生臭い政にうんざりしておる」
「ご心労、お察しします。お手をお貸しください」
「……? こうか?」
チューン!
私特製の精神鎮静の光の玉をプレゼントです。
「如何ですか?」
「! かぐや殿、これは?」
「私利私欲のためだけに動く人は疲れたりしません。人のために苦労するからこそ、思う様にいかず、悩み、そして苦しむのです。そんな疲れた精神をほんの少しだけ軽く致しました」
「……なるほど。かぐや殿の舞はいつ観ても素晴らしい訳です。
彼らもまた、国のため、人のために身を粉にしている者達です。彼らに代わりお礼申し上げる」
「いえ、そんな。大層な事では御座いません」
「これだけは聞かせて欲しい。彼らは……、我々は正しき道を歩んでいるのだろうか?」
確かに私は歴史を知っています。
でも教科書ではたった二行、
『645年 大化の改新
701年 大宝律令交付』
とだけしか書いていないのです。
その行の間に何があったかなんて殆ど知られていませんし、本当の真実は未だ闇の中なのです。
たまたま私はこの時代の歴史にちょっとだけ詳しいだけで、正しいかどうかなんて全然分からないですよ。
一体何て言ったらいいのでしょう?
「……正しい道というものは御座いません。
その時を生きた人達が踠き、苦しみ、積み重ねた歴史が道そのものです。
皆様の前には道はありません。皆様の後ろにしか道はないのです。
この先どうなるかなんて誰にも予想できない事は先に申しました通りです。
皆様の進む先に幸多からん事を、私は祈るだけに御座います」
その言葉を聞いた氏上様は複雑そうな表情で答えました。
「かぐや殿は優しくも厳しくあらせられますな」
私は偉そうな事を言いながら、心の中で太郎おじいさんばりのスライディング土下座して謝罪しておりました。
『高村光太郎先生、名言をパクってごめんなさい』
元ネタは高村光太郎の『道程』ですね。
高村光太郎氏は1956年に亡くなっていて没後70年経っておりません。
が、著作権法改定により50年→70年に引き上げられたのは2018年なので、それ以前に著作権が切れた著作物は保護対象から外れています。
日本を含め欧州では著作者の没後70年(life plus 70)が一般的ですが、メキシコの様に100年なんて国もあり、国によってまちまちみたいです。
同様の理由でミッキーマウスのアメリカでの著作権は2023年に切れます。
しかし日本の場合、戦時加算やら原画作家の亡年とか色々あって、最長で2052年まで保護されるとか?
ご存知の方いらっしゃいましたら教えて下さい。