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皇子様からの呼び出し(2)・・・謎の人①

どのセリフが誰の言葉なのか分かり難かったらご指摘下さい。


 寒いはずなのに背中にいやな汗がツーと流れます。

 鎌足様を呼び捨てにし、個人的プライベートでも親しげな御方と言えば、思い当たるのは一人しかおりません。


「ふ……誠に聡い幼子だな。話を聞いた時はこまっしゃくれた童子が生意気を申しているかと思っていたが、なかなかどうして。言葉尻を掴ませぬ慎重さがあり、子供ながら自分の意見をもっている」


「いえ。言葉が過ぎました事を平にご容赦下さいまし」


「別に責めてはおらぬ。

 其方は言うたな。『悪しき者に相応の罰を、正しき者に相応の報酬を』と。

 本日、帝より詔が発せられた。暫しすればそれは叶うであろう」


 知っています。改新の詔ですね。

 実在が怪しまれておりますが、本当にあったのですね。

 それを実行するのがどんなに困難であるかも知っております。


「詔を実行する皆様には大変な苦労があるだろうと察せられます。

 くれぐれもご健康にはお気を付け下さいます事をお願い申し上げます」


「ふむ。本当に分かっておるようだな」


 すると忌部の氏上様がパンパン! 手を叩き、外の人を呼び寄せました。


「新年の粥を馳走致しましょう。些か腹が減ってきましたでしょう」


「それでは私はこれにておいとま……」


「暫し待たれよ。かぐやよ。

 其方が献上した米と同じだと聞いている。米について聞かせてくれ」


 逃げられなかったか。中臣様めっ!


「は、はひ」


 ほっぺたの筋肉が引き攣って、上手く言葉が出ません。

 それを知ってか知らずか、中臣様は目配せして、ニヤッと笑っています。

 ぐぬぬぬぬ。


 お膳に粥と漬物が五食分持ち込まれました。

 もちろん私の分はありませんし、要りません。

 子供とはいえ、男性に混じって女性が食事をするのは端ないですから。


 皇子の膳を持ってきた男性は金属の器に粥を一掬い入れて、匂いと外観をじっくり観察した後、目の前で試食し、テイスティングしました。


「これは安全に御座います」


 ああ、これが世に言う毒味役なんだ。

 この方だけに毒味役がついたと言うことは間違いありません。

 おそらくは乙巳の変の首謀者、葛城皇子、つまり中大兄皇子です。後の天武天皇でもあります。

 だけど、私は気が付かなかった事にするのが一番です。

 本人が言ったわけでも無いし、なんと言おうとこの方は『謎の人①』です。

 何はともあれ、今後は迂闊に近づいては駄目ですね。


【天の声】何故手遅れだと気が付かない。


 お粥を食している皆さんの様子を見る限り、悪い印象はなさそうです。

 天太玉命神社でお世話になっている間、源蔵さんと八十女やおめさんが丁寧に丁寧にも精米して、お米の粒を揃えたのです。


 阿部倉梯様が粥を食した感想を口にしました。


「ほう、なかなか旨い粥ですな。ほのかに甘みを感じる。この米が讃岐の米とな?」


「はい。昨年より新しい試みを始めまして、先ずは白米の栽培に取り組んでおります」


「どうしてそのような事を?」


「食す方に美味しいと言ってもらうためです」


「なんだ、それは。何の得にもならぬでは無いのか」


「それではお伺い致しますが、この白米と等量の赤米とを並べられたのなら、倉梯様はどちらをお選びになりますでしょうか?」


「それはこの白米に決まっておろう」


「物の価値とはそれを必要とする人数、欲しくなる程度によって変わります。

 その価値を計る方法として、唐の国では銅銭が使われておりますが、もし唐の国であればこの白米は同じ量の赤米に比べてより多くの銭と交換して貰えるという事に御座います。

 私はそれを付加価値、と呼んでおります。付加価値の高い物を作り、生み出す原動力がより良き生活を営む上で大切かと存じます」


「腹を満たすだけではなく味にも拘ろうと言うのか? 誠に其方は欲深いな」


 謎の人①が私を揶揄からかいます。


女子おなごとは欲深き生き物とお覚え下さいまし」


「そんなでは其方に求婚する者も居るまいて。もう少し慎ましくあった方が良いではないのか?」


「先に申しました通り、私は万人が心を満たす事を望みとしております。

 そのために自ら田畑に入り苗を植え、稲を育てました。当面は二倍、ゆくゆくは五倍の収穫を目指しております。私の欲は尽きることは御座いません」


「とんだ転婆で欲張りな娘が居たものだな。はっはっはっは」


 すると今度は中臣様が質問をしてきました。


「かぐやよ。苗を植えたと言ったが、種を蒔いたの間違いではないのか?」


「いえ、種籾を箱の中で五寸位の苗に育て、その苗を等間隔に植えました。

 そうする事で稲と雑草の区別が付きやすく、稲の生育に良いことが分かりました」


「ほう、面白い。一度かぐやの言う田畑を見てみたいモノだな」


「お忙しい中臣様の手間を取らせずとも、人を派遣してくだされば何時でもお教え致します。

 私共も始めたばかりなので、知恵を出し合いより良い方策が得られれば行幸に御座います」


 要するに別の人に来て欲しいって事ですけど……。

 すると次は倉梯様から質問が。


「かぐやよ。収穫を倍にすると言ったが、苗を等間隔で植えるだけでそうなるのか?」


「恐れながら。それだけでは足りません。増えるのはせいぜい2割くらいでございます。

 稲の生育に重要なのは土作り。土作りこそが肝要となると私は考えております。

 また、白い米を選別するように、実りの多い穂を選別して育てることも考えております。

 少しずつの積み重ねがより実り多い収穫へとつながるものと考えます」


 謎の人①が話についてこれなくなって、面白くなさそうに言ってきました。


「その様な事は領民にやらせれば良いのではないのか?」


「恐れながら。新しい試みとは不確実なものです。

 もし失敗して収穫が出来なくなったとしても、領民は税を納めなければなりません。

 つまり領民にはその様な事が怖くて出来ないのです。

 不確実を含む事業は施政者の側で負担し、その成果を領民に広げた方がゆくゆくは領のためにもなると愚考致します」


「ふん。鎌子が呼び寄せた幼子がどの様な童かと思っていたが、これでは我々が教えを請うているみたいではないか」


 しまった。謎の人①が不機嫌そうです。

 少し調子に乗りすぎました。


「口が過ぎました事を平にご容赦下さいまし」


 手をついて謝ります。何でしたら太郎おじいさん直伝のジャンピング土下座もします。


「しかし、皇子様。本日交付されました詔におきましても良き話が聞けました。

 今のままではどう考えても耕地が足りておりません。

 収穫が上がればそれは耕地が広がったものと同義に御座います故、是非とも取り入れるべきかと」


 あれ?

 もしかして自分で自分の首を絞めた?

 収穫が上がっても土地は必要ですよ。米だけでは人は生きていけませんってば。

 人はパンのみ食べて生きるに非ず、です。お肉もお野菜も必要ですよ。


「いや、別に気にしておらぬ。

 ただな、かぐやよ。其方はこれを何処で習ったのだ?」


 謎の人①から一番聞かれたくない質問がきました。千四百年後の未来で見たなんて言えません。


「書を読み、領民に知恵を借り、一生懸命考えました」


「其方が言った土作りとやらも書にあったのか?」


 ある訳ある筈がないですかー! ……とは言えませんので、脳細胞シーピーユーをフル回転させます。

 プスプスプス……、熱暴走オーバーヒートしてきました。


「『諸法無我』と言う言葉が御座います。

 私はそれを全ての物は繋がっており、変化し、不変の物はない、と言う意味だと解釈しています。

 草木は小さき生き物の食となり、小さき生き物は大きな獣の食となり、更により大きな獣がそれを食します。そして大きな獣の骸は土へと還り、それを滋養とし草木が生い茂げります。これもまた諸法無我の一つの在り方と存じます。

 然るに今の田畑はそのことわりの外にあるように見えるのです」


「成る程な。同じ書を読んでもその様な解釈に至る者はなかなか居まい。

 で、其方の欲はいつ満たされるのだ?」


「千年経っても満たされることは無いと存じます」


「ははははは、千年ときたか。とんだ欲張りだ。

 余の知る経には『涅槃寂静』と言う言葉もあったのだがな」


「恐れながら。そこは読み飛ばしておりました」


「気に入った。面白い話が聞けた。ははははは」


 そう言って、謎の人①の皇子は満足げに笑うのでした。



(つづきます)

改新の詔が乙巳の変の翌年の646年1月1日、難波宮にて発布されたとあります。

しかし、これは後年の歴史の窮鼠であるという意見もあります。


ここでは創作の都合上、飛鳥宮で発せられたとしました。

……難波は遠いので。

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