退職準備中・・・(5)
飛鳥を後にする前にお世話になった方々に会って、お別れの挨拶をすることになりました。
口止め、とも言うのですが……。
◇◇◇◇◇
本日は忌部氏の宮へとやって参りました。
板葺宮が消失して岡本宮が完成するまでの1年間お世話になり、その後も建クンと数えきれないくらい通った場所です。
ある意味、飛鳥で一番思い出深い場所かも知れません。
「かぐや様、わざわざお越し下さいまして有難う御座います」
なんと出迎えてくれたのは美しい女性と子首クン。
子首クンは奥様を娶ったのだそうです。
予め言ってくれればお祝いを持ってきたのに。
「佐賀斯様はお留守でしょうか?」
「いえ、先ずは妻をご紹介したく、お待ちしておりました。
聞いた話では他でも妻をご紹介するとかぐや様が喜ばれたと伺いました」
いえ、確かに麻呂クンも御行クンも新妻を紹介されましたが、特に喜んでいたわけではないのよ。
でも例え相手が自分よりもリア充であっても、心の中で『リア充爆ぜろ!』と思っていても、それを押し殺してお祝いの言葉を申し上げるのが社会人ってものです。
世話好きのオバちゃんじゃないから、他人の慶事を喜ぶキャラではないのです。
しかもおしめを替えた子が自分よりも先に婚姻だなんて、源蔵さんのところのシンちゃんに先を超されて以来の敗北です。
冬空の下、立ち話も何なので中に通され、佐賀斯様を交えて面談となりました。
「まさか子首様に奥様がいらっしゃるなんて聞いていませんでしたから驚きました。
おめでとうございます」
「有難う御座います。
幼き時よりお世話になりましたかぐや様のかような報告が出来た事を嬉しく思います。
本来でしたら子が生まれるまで……と思っておりましたが、それは叶わぬ夢となりそうです」
私が元の世界へ還るかどうか悩んでいる事を知っているメンバーの一人なので、事情をよく知っております。
「他の人から聞いたという事は私がどうするかも聞いて知っているの?」
「いえ、かぐや様については固く口留めされているからと、決して話して下さいませんでした。
なので気になって仕方がなかったのです」
「私の我儘のためにごめんなさい。
しかし私はもう居なくなる身なの。
下界の事に関わる事を固く禁じられているので、今後の事は口に出せないのです」
「そうなんですか……。ではいつ旅立たれるのかも?」
佐賀斯様が念押しの様に伺います。
「私がこの地を離れるのは今月の二十七日、東宮様の即日の儀のある日です」
「やはりそうでしたか……」
鸕野皇女様と招集されたメンバーは、私がこの地を去る日について秋田様から聞いていたそうです。
あまり公にはしたくありませんでしたが、そのおかげで真人クンの生存を知ることが出来たので、致し方がありません。
「その場に居合わせたのなら、私が何処へ行くのか分かると思います。
その時まで内密にお願いいたします」
申し訳ないのですが、私を天女として信仰している忌部氏の皆さんには、私が天(月?)に還ったと誤解して貰うつもりです。
この地に居ると分かってしまうと、例え佐賀斯様や子首クンはそうしなくても、私を探そうとする人が現れるかも知れません。
全国に情報網を持つ忌部氏なら可能です。
「承りました」
「出来ましたらその前に、子麻呂様の陵墓にお参りをしたいと思っております」
お世話になった前の氏上様です。
「それは父上もお喜びになると思います。
是非私からもお願いします」
これで忌部の皆さんへの説明は終わりました。
騙しているようで申し訳ない気持ちですが、事実、私は居なくなりますので結果的には同じ、ハズ。
さて、残る天女信仰はあともう一か所です。
◇◇◇◇◇
飛鳥を離れるまでの残り日数が少なくなり、その前に行っておきたい場所。
讃岐です。
幼かった私がここで拾われ、たくさんの経験をした出発の地、謂わば原点。
名残惜しい気持ちは尽きませんが、これもケジメです。
京に居るお爺さん、お婆さんを伴って、一泊二日で帰省しました。
これが最後の帰省です。
私達が住んでいた屋敷は、今は評造となった源蔵さん一家が使っておりますが、私の部屋は永久保存するつもりみたいです。
ですがご安心して下さい。
他人に見せられない趣味の本は既に避難済みです。
『竹取物語』を記憶の限り書き記した覚書も用済みとなりましたので処分するつもりです。
私は源蔵さんとの再会の挨拶の後、主要メンバーの皆さんを一部屋に集めました。
源蔵さん、八十女さん、亀ちゃんと旦那さん……と娘であるシマちゃん、辰巳さんと奥さん、サイトウと憂髪さん。
私とずっと行動を共にしてくれた大切な仲間でもあります。
もちろんお爺さんとお婆さんもおります。
「皆さん、集まってくれてありがとう。
大切なことを伝えなければなりませんので、もうすぐ東宮様の即位となられる前ですが、讃岐へ帰ってきました」
全員が軽く礼をします。
「驚かないで聞いて欲しいのですが、神の御遣い様よりこの地を去る様にと神託を受けました」
「「「「「「えぇっ!!」」」」」
やはり驚いてしまいました。
「私がこの地を去らなければならないのは、役目を終えたからです。
そして役目を終えた私がこの地に留まる事は都合が悪く、元の世界へと還るべきだと諭されました」
全員が暗い顔をして聞き入っています。
「私の願いはただ一つ。
父様と母様と離れ離れにならない事です。
それさえ叶うのであれば、私は受け入れると申し上げました」
「では……姫様は……?」
源蔵さんが皆を代表して結論を促します。
「私は東宮様の即位の日、天へと還ります」
私の言葉に全員の顔色が一斉に青くなりました。
「……という事が表向きの話となります」
「「「「「え?」」」」」
全員がキョトンとします。
「しかし私は天へとは還らず、この地に残ります。
そして中央に連なる方々と一切の連絡を絶つことになりました。
それにより私は父様、母様と離れ離れになることなく、安寧の地で余生を過ごすことになりました」
皆さん、喜ぶべきか悲しむべきか困惑しております。
「では私達はご一緒できるのでしょうか?」
シマちゃんが真っ先に声を上げました。
「私が何処へ行くかは皆さんには話しませんし、誰にも教えません。
誰かに聞かれたとしても知らなければ、皆も教えようが無いでしょう。
だけどこれは神様との約束なのであまり軽々に考える事はしないで。
もし約定を違えれば命すら危うくなると考えて頂戴。
事実、建クンはひと月の間、原因不明の高熱にうなされたのをシマちゃんは覚えているでしょう?
神様の前には隠し事も出来ないの」
相手が神様となれば、この時代の人には効果は覿面です。
誰もそれに逆らおうなんて考えません。
「それでは姫様は翁と一緒に、この地を離れられるという事なのですか?」
「ええ、そのつもりです」
私の言葉にお爺さんもお婆さんも頷きます。
「お願いです。どうか私もご一緒させて下さい!」
突然声を上げたのは亀ちゃんです。
亀ちゃんは私が行方知れずだった間、お爺さん達の養女となってずっとお世話をしてくれたのです。
私にとって姉妹でもあるわけです。
「でも亀ちゃん、旦那さんや子供はどうするの?」
「姫様、そんな事は気にしないで下さい!
俺達は姫さんに返しきれないくらいのご恩があるんだ」
シマちゃんのお父さんでもある旦那さんが亀ちゃんの意見を後押しします。
ご恩といっても、反乱を起こした領民にピッカリの刑を執行したくらいしか記憶にないのだけど?
「俺達、里見の者は亀の父親に虐げられたからといってとんでもない事をしちまった。
だが姫さんは俺達を許して、里見を豊かにしてくれて、後宮で亀もシマも大事にしてくれた。
今じゃ明日にでも里の誰かが死んじまうんじゃないかと心配するような生活とは縁遠い毎日を送っていられる。
俺達にとって姫様は正に天女様なんだ。
オレにも何か手伝わせてくれ」
旦那さんが熱弁を奮います。
すると我も我もと声が上がります。
「ちょっと待って。
私達について来てくれるというのは有難く思うわ。
だけど私達が皆さんを連れて行ってしまう事で讃岐が立ち行かなくなったら、それこそ本末転倒でしょ?
私は慎ましい生活が遅れればそれでいいの。
もし一緒に行けるとしたら亀ちゃんと旦那さんくらい。
それでも申し訳ないと思っている」
皆さん一気にシュンとしてしまいました。
「私は姫様と共に行きたいと思っております。
ですが姫様が大切に思っている讃岐を放って行くわけには参りません。
せめて見送りだけはお許し下さい」
源蔵さんが皆を代表して、答えてくれました。
「ごめんね。私もすごく悩んだの。
だけどこれから行こうとする地は心配しなくていい場所を探してくれたから安心して。
ものすごく遠くだから時々帰る事も叶わないけど、もしかしたらこっそり帰って様子を見るかも知れない。
だから気持ちよく送り出してね」
「「「「「はいっ!」」」」
「あと、サイトウにはこれを返しておくわ」
私は部屋にあった銅矛を差し出しました。
サイトウが不法移民で捕まった時に暴れて振り回していた物です。
「これはまだ持っていて下さったのですね」
サイトウが懐かしそうに手に取ります。
本当は鹵獲して、部屋の本棚にそのままにしていたのですが……。
「東宮様の即日の日、私は月へと還るということになっています
なので天女はこの地上から去った。
神官の貴方から皆さんにそう伝えて下さい。
お願いします」
「はっ、居られないからこそ募る思い、というものもまた一興というものです。
月を仰ぐたび、かつて天女様がこの地に降臨されたことを偲び、信心の念を深めながらかぐや様への敬愛を捧げます」
随分とカッコいい言い方です。
サイトウのクセに……。
これであいさつ回りも終わりました。
あとは秋田様のお帰りを待つばかりです。
もうそろそろかな?




