退職準備中・・・(4)
飛鳥を後にする前にお世話になった方々に会って、お別れの挨拶をすることになりました。
世間一般ではこれを『口止め』と言うのですが……。
◇◇◇◇◇
「かぐや様、わざわざお越し下さいまして有難う御座います」
本日は麻呂クンのお屋敷にお邪魔しております。
なんと出迎えてくれたのは美しい女性。
奥様を娶ったのだそうです。
予め言ってくれればお祝いを持ってきたのに。
「まさか麻呂クンに奥様がいらっしゃるなんて聞いていなかったから驚きました」
「申し訳ありません。
内緒にするつもりは無かったのですが、立場として伊賀様(※大友皇子)に付き従った敵軍の者でしたのであまり表沙汰にしておりませんでした。
先日の新春の儀の宴が久しぶりの出仕でしたので」
「本当は一番の功労者なのだから堂々としても宜しいのではありませんか?」
「いえ、それはそれで伊賀様を匿った事を疑われるのも都合が宜しくありません。
今は大人しくしているのが一番です。
それに出仕していなくても出来る事はたくさんありますから」
「そうなの?」
「御主人様が私に山の様な仕事を持ってきてくれるのですよ。
何でも藤原様から頼まれたからと。
『物部麻呂をこき使ってやってくれ』って」
「ふふふ、まるで藤原様と宇麻乃様みたいな間柄なのですね。
宇麻乃様は忙しい忙しいと言いながら、藤原様の元で働くのはとても充実していたと仰ってました」
「ええ、上司が優秀過ぎますと部下は苦労します。
ところでかぐや様は晴れ晴れとしたご様子ですが、今後につきまして決められたのですか?」
「ええ、父様母様と共に安住の地へと赴く事にしました」
麻呂クンの表情がぱぁと明るくなります。
「そうなのですか。
ではまたこちらへと来られることはあるのですか?」
「それは難しいかも知れません。
遠い所へと参りますし、関りを持つことは御遣い様より禁じられております。
もし麻呂クンがお年を召して、よぼよぼのお爺さんになって、朝餉に何を食べたのかも覚えていられなくなった頃、面会に来られるかも知れませんね」
「何だよー、それ」
昔のヤンチャ小僧だった言葉に戻っています。
あの頃は真人クンがいつも一緒に居ました。
私はその親友だった真人クンが隠れ住む場所へと行くのだけど、内緒です。
すこし申し訳ない気持ちになります。
麻呂クンも真人クンを守ってあげられなかった事を悔いていましたから。
「ひと月後、私はこの地を去りますが、その時は采女としても、妃としても、天女としても終わりにします。
麻呂クンならどんな苦難も乗り越えられると思うけど、苦しかったら誰かを頼って下さい。
私がお手伝いできれば良かったけどそれは禁じられているから……」
「大丈夫だよ。最近は大伴御行とも仲良くやっている。
何となく自分と似た感じがするのは何故だろうな」
昔ヤンチャだったとか、ポチ属性とか、身体を動かす方が好きな体育会系とか?
その実、麻呂クンは留学帰りの精鋭だし、御行クンは大伴氏の御曹司。
脳筋とは違うのだよ、脳筋とは。
「一つだけ天女らしい事を麻呂クンに教えておくね。
宇麻乃様には教えた事ですが、麻呂クンは新しい氏を受け賜わるの。
その名はズバリ、『石上』よ」
これくらいの歴史への干渉なら大丈夫でしょう。
「『石上』、俺は石上麻呂になるのか……、いいね、気に入ったよ」
「宇麻乃様も『悪く無いね』って仰っていたわ。
本当にそうなるかはご自分で確認してって言ったのだけど……」
「そうだったんだ。
きっと父上もかぐや様に感謝していると思う。
ありがとう」
「私も宇麻乃様には返しきれない程の恩があるわ。
もし私に何か出来る事があれば言ってね」
「ああ、考えておくよ」
「それじゃあ、奥様と仲良くね」
こうして麻呂クンとのお別れの挨拶を済ませました。
◇◇◇◇◇
「かぐや様、わざわざお越し下さいまして有難う御座います」
本日は御行クンのお屋敷にお邪魔しております。
なんと出迎えてくれたのは美しい女性。
奥様を娶ったのだそうです。
予め言ってくれればお祝いを持ってきたのに。(デジャヴ)
「まさか御行クンに奥様がいらっしゃるなんて聞いていなかったから驚きました」
「ええ、馬来田様より身を固めよと申されまして、大伴の一族から紹介を受けました」
どいつもこいつもイチャイチャしやがって、という醜い心の内は微塵も感じさせず受け答えします。
「私の身の振り方について皆さんにご迷惑を掛けてしまいましたのでお詫びと、お別れのご挨拶と思って……」
「では、かぐや様は元の世界へと還られてしまうのですか?!」
御行クンが気色ばんで大声を上げます。
「いいえ、安住の地を見つけて下さったので、その地に身を潜める事となりました。
父様母様とも一緒です」
「そうですか……それは良かったです」
「この地を離れる事に変わりは無いのですけどね」
「それでもこの地からかぐや様が居られなくなってしまうと思うと、居ても立っても居られない気持ちになります。
この地に残られたことを喜ばしく思います」
私には少し重い言葉ですが……。
「最近は物部麻呂様とご一緒に仕事をされているとお聞きしました」
「ええ、麻呂殿は唐で学んだ経験の持ち主です。
色々と学ぶところの多い方です」
求婚者の皆さんが政の中枢を担う日も近そうです。
だからこそ未来を知る私がこれ以上関わる事を禁じられたわけですが……。
「ところで、かぐや様。一つ宜しいでしょうか?」
御行クンがキリッと改まって尋ねてきました。
「何でしょう?」
もしかして土下座するから乳でも見せろって?
それとももっと先?
「馬来田様より伺いました。
私はかぐや様の運命の求婚者の一人であると」
そういえば言った様な気がします。
全力で断るため、正直にぶちまけてしまった覚えが……。
(※第12章『讃岐への来客・・・(3)』ご参照)
「私はずっとかぐや様の事をお慕いしておりました。
しかしそれが届かぬ思いである事も承知しております。
叔父達がかぐや様に不躾な事を申しまして誠に申し訳御座いませんでした」
御行クンが深々と土下座します。
やはり乳を見せる流れか?
「いえ、御行クンを十二年もの間、拘束してしまったのです。
その責任は私にあると思っております」
だから乳を見せるだけで勘弁して。
下着もオマケするよ。
「その様な事はありません。
お陰で私は分不相応な程の報償を此度の戦で受けました。
しかし、私なんか比にならぬ程活躍されたかぐや様は、何も報われていないではないですか。
私はそれが申し訳ない気持ちなのです」
「単に私は大切な人達を亡き者にされた恨みに突き動かされていただけです。
何も申し訳なくありませんから」
そんな大層な気持ちなど微塵もなく、神の御遣いの言葉が無かったら逃げていたかも知れません。
「阿部様も、物部様も、もう一方もかぐや様に贈り物をしたと聞きました。
私が貢ぐべき品物は龍の首の玉だとも。
流石にその様な物を用意できるほど優れたの能力も伝手もありません。
ですか私の精一杯の贈り物を選別の品としてお贈りさせて下さい」
「そ、それでお気が済むのでしたら喜んで」
そうして差し出されたのは布に包まれた何かです。
もしかして中に☆マークが4つくらい入っている玉?
「どうぞ、お受け取り下さい」
「は、はい」
布を払うと、中からピンポン玉くらいの赤くて真ん丸な石がありました。
これって……。
「気の利いた贈り物で無くて申し訳御座いません。
妻となった音那の故郷で採れた瑪瑙の石を削り、玉にしました。
住吉(※大伴の本拠地)の近くに津守という石細工に優れた者がおり、その者が請け負ってくれました」
石細工が得意な津守って……刀自さんの旦那さん?
それにこの石……ドラゴンアゲート?
現代でパワースポット巡りにハマっていたから、パワーストーンについてもそこそこ知識があります。
別名『龍紋瑪瑙』、龍の鱗のような模様の入った瑪瑙です。
奇しくも龍に所縁のある玉です。
「私の知る所縁の方に津守様という石細工を生業とされる方がおります。
三つ子ちゃんのお父様で、奥様をとても大切にされている御方です」
「えっ? 津守がその石の加工をした者ですが、どうしてご存じなのですか?」
「ふふふ、偶然って面白いですね。
こんなに嬉しい贈り物をありがとう。
大切にするわ」
「気に入って頂けましたか?」
「気に入るも何も、御行クンの贈り物を嫌がる筈が無いじゃないの。
貴方とは十二年もの間行動を共にした仲間なのよ。
御行クンには幸せになって欲しいし、立派になって大伴氏を率いて欲しいと思っているわ。
お父様の長徳様の様になりたいのでしょ?」
「ええ、叶わない願いではありますが、そうありたいと思っております」
「私は神の御遣い様より禁じられておりますから、もう御行クンの手助けは出来なくなりました。
この先、政も歴史も大きく変わります。
その大きな変化について行けない人は篩に掛けられてしまうでしょう。
そうならない様、阿部様や物部様と協力して、帝を支えて下さい」
「はっ! 承りました」
こうして、(ある意味)一番付き合いの長かった大伴御行クンともお別れの挨拶を済ませたのでした。
(つづきます)
龍紋瑪瑙は表面のひび割れが龍の鱗模様にみえる瑪瑙です。
殆どが人工的にひび割れを入れて染色したものですが、天然物も存在しており古代中国で珍重されたそうです。




