退職準備中・・・(3)
退職準備は何かと大変です。
退職金、年金、業務の引継ぎ、パソコンや制服の返却。
各種書類に離職票の取り寄せ、などなど。
「おお、かぐやよ。
晴れ晴れした顔になっておるの。
良い決心をしたのかや?」
他人払いして二人っきりになった場では、昔の様に親しい親友同士の会話に戻ります。
「はい、秋田様と小角様が私の安息の地となる場所を見つけて下さいました。
鸕野様にご心配お掛けしてしまし、大変申し訳ない気持ちです」
「いいのじゃ。妾には其方の心配出来る事が嬉しいのじゃ。
この十年、旦那様も妾も其方が頑張っているのを手助けできなかったのじゃ。
それを思えば、このくらい当たり前なのじゃ」
「恐縮に御座います」
「ふむ……、かぐやもようやく身を固める事になったのじゃ。
何か祝ってあげたいのじゃが、何か欲しい物は無いのか?」
「そこまでは……。
それに身を固めると決まった訳ではありません。
もしかしたら先方にはもっと若くて胸の大きい女子を娶っているかも知れません。
離れでもいいので静かに暮らそうかと思っております」
「何じゃ、もう少し楽し気な話は無いのかや?」
「私は父様と母様と共に心安らかに過ごせられれば良いと思っております。
もしかしましたら二番目の妻になれるかも知れませんし、行った先で考えます」
「もし何かあったら妾に相談するのじゃ。
出来るだけ工面するぞ」
「その時は宜しくお願い致します」
「これからはどうするつもりなのじゃ?」
「先ずは身辺整理を始めます。
飛鳥を後にする日は決まっておりますが、段取りにつきましてはこれから打合せします」
「誰と相談するのじゃ?」
「神の御遣い様です」
(ブッ!)
「神の御遣い様!?
飛鳥を滅ぼすつもりでもいるのかや!?」
「そんな事はしません!
ただ単に、天女とか神降しの巫女とか分不相応な風評を終わらせたいだけです」
「分不相応とは思わぬが?」
「中身は平凡な女子なのです。
ジミ顔で、胸が貧相で、喪女の私が天女の筈がないじゃないですか。
なので、ぜ~~~んぶ月の都に捨ててしまうのです」
「随分と鬱憤が溜まっておったのじゃのう。
まあ事実、かぐやは居なくなるのじゃ。
何処かに居るかも知れんと思われるより処分してしまった方が良かろう」
「そのつもりでお願い致します」
「何処へ行くかは絶対に聞かぬ。
だから別れの際はしっかりと別れの挨拶をさせておくれ」
「はい、仰せのままに。
東宮様にも宜しくお伝え下さいませ」
鸕野様には話はつきました。
これで東宮様も済みですね。
お昼までは書司でお仕事です。
この時代に有給消化期間というものは存在しません。
有給休暇そのものがありませんので当然ですが……。
それが終わりましたら、建クンのお部屋だった荷物の片づけ。
私の荷物はあまりありませんので、放っておいても良いでしょうし、少ないけどシマちゃんに差し上げても良いでしょう。
下着もオマケしておきます。
それはそれとして……、
求婚者候補の皆さんには私が飛鳥を去るにあたって彼方此方探し回ってくれたので、そのお礼と、今後の報告と、お別れの挨拶をしなければなりません。
先ずは衣通ちゃんの居る阿部倉梯のお屋敷ですね。
先触れはありませんが、私と衣通ちゃんの間柄なので気にしない、気にしない。
身支度をして、お屋敷へと向かいました。
◇◇◇◇◇
「かぐや様、ようこそお越し下さいました」
満面の笑みで出迎えてくれる衣通ちゃん。
お母さんになっても、衰えを知らない元・アイドルみたいな美しさです。
私の様な偽天女とは違って、本物の天女様です。
「突然押し掛けてしまってごめんね。
どうしても伝えなければならない事があったので、取り急ぎ参りました」
「どうしたのですか?
もうすぐ東宮様がご即位されるからかぐや様も帝の妃様になるのでしょ?」
そういえば、私は入内して東宮様の妃に出世したのでした。
「それはですね、近々辞退するつもりなのです」
「えぇっ! かぐや様、何かしてしまわれたのですか?
他に好きな方が現れたとか?
まさか趣味の本が高じ過ぎて内裏を追い出されたとか?
まさかまさか東宮様の頭をピカピカにしてしまったとか?」
何気に酷い衣通ちゃんです。
「そ、そうではなくて私は皆さまの前から消える事になりました。
神の御遣い様より私の役目は終わったので、退場となったのです」
「そんな! 酷過ぎはしませんか?
一生懸命頑張ってこられたかぐや様をまるで塵芥籠(※ゴミ箱)に捨てるかのような扱いではありませんか!」
衣通ちゃん大激怒。
「見方によってはそう思われるかも知れません。
しかし神の御遣い様は様々な選択肢をご用意して下さったの。
その上で私は納得してこの地を去るの。
悲しいけど少なくとも父様、母様とは離れ離れにならない道をご用意して下さったの。
これまでずっと親不孝をしていたから、これからは恩を返したいの」
これは現代でも出来なかった心残りでもあります。
一家離散という経験は親孝行する機会を全然与えてくれませんでした。
もしも現代に戻っても叶わない夢です。
「でも私は悲しいわ。
私はかぐや様と離れ離れにはなりたくないの!」
この世界にきて初めての親友の衣通ちゃんと二度と会えないのは確かに辛いです。
でもごめんね。
私は御主人クンと距離を置かなきゃいけないのよ。
「私もよ。でも神様はそれを許してくれないの。
もし無理にそうしようとすれば、誰かが命を落とすかも知れない。
もしかしたら私はもう二度とここへは戻れないと事へと追いやられるかも知れません」
「それじゃあ、何時かは戻って来られるの?」
「どうでしょう。いつかは戻って来たいと思っている。
離れ離れになるけど、以前の様に生死すら不明だなんて事じゃない。
月を見上げたら、同じ月の下に私は居るわ」
「かぐや様は……もう行ってしまわれるの?」
「もう少しだけ居るつもり。
遣り残しがあるから、それを片付けたいと思っている」
「御主人様はその事をご存じなの?」
「ええ、此度の事で鸕野様が色々と取り計らって下さったの。
その際に、御主人様もご協力頂きました」
「そうだったの……知らなかった」
「ええ、私も昨日まで知りませんでした。
東宮様より口止めされたいたのだと思います。
お父様に似て、とても律儀で厳格な方ですから……」
すると足音が聞こえてきました。
「かぐや殿ではないか!
もしかして別れの挨拶に来たのか?!」
開口一番、衣通ちゃんが居る事を忘れ、直球で聞いてきました。
「ええ、親友の衣通様にはきちんとご挨拶をしておきたかったので、先触れもなくお邪魔させて頂いております」
「水臭いではないか!
私は頼りにならない男だが、黙って去る事はあるまい。
私に出来る事があるのなら何でも言って欲しい!」
怒った感じの御主人クンは、何となく初めて会った頃のオレ様キャラらしい顔を覗かせます。
「御主人様には私の安息となる地を探して下さったそうで、感謝申し上げます。
でもご安心して下さい。
行く先は用意出来ました。
なので安心して見送って頂きたいと思い、ご挨拶に参った次第です」
「え?」
御主人クン、ポカンとしております。
私が元の世界へと還るものと勘違いしていたみたいです。
もっともその様に誘導したのは私ですけど……。
「かぐや様、少し意地悪ですわ」
衣通ちゃんからちょっとだけ文句が出ます。
「ごめんなさい。
いつも取り澄まして全く敵わない御主人様が慌てた様子をお見せでしたので、少しだけ揶揄いたくなったのです」
「そ、そんな事は無い。敵わないのは私の方だ」
「そんな事、或る筈が無いじゃないですか。
御主人様の噂は、斉明帝からも鸕野様からも耳にしておりました。
亡きお父様に重ね合わさるともっぱらな噂です。
同じ官人として尊敬しますのよ」
「いや、流石にそれはない。
何時まで経っても私は後を追い掛けてばかりだよ」
「東宮様が即位されましたら、御主人様のお役目も益々重要となりますでしょう。
私は遠い地で楽しみに観ておりますわ」
「そ……、そうか私達の噂が届くくらいの場所には居るのだな。
ならばこれからもかぐや殿の耳に届くくらい、励まなくてはな」
私の言葉で元の世界に戻るつもりが無い事を察した御主人クンは表情を崩して前向きな発言をしてくれます。
御主人クンらしい励ましです。
「もう少しだけ暇があります。
またご挨拶に来ますから」
「頼むから突然居なくなるなんてしないでくれよ」
「はい、ご安心ください」
その後、私達は時のたつのも忘れ、昔話に興じたのでした。
少々冗長的で申し訳御座いません。
大団円目指して、残ったフラグを全て回収するつもりです。




