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退職準備中・・・(2)

 東宮・大海人皇子の即位の儀のちょうどひと月前。

 神の御遣いにこの世界に残る決意を伝えたかぐやは、采女と天女の座から退職するために準備を始めるのであった。

 かぐやが月へ還るとされるその日まで……残りあと三十日、あと三十日しかないのだ。(※木村幌さん風ナレーションで)


 ◇◇◇◇◇


 翌日、秋田様と小角様が来られました。

 昨日の返事を先延ばしにしていたので、その確認です。

 今後の事を話し合う場ですので、お爺さんとお婆さんにも同席を願いました。


「かぐや殿、決心はつきましたか?」


「はい、私は上野国こうずけのくにへ参ります。

 父様、母様と共に真人クンの元へ身を寄せる事にします。

 もちろん嫌がられましたら、一からやり直しですけど真人クンはその様な人でないでしょうから」


「そうですか……」


 ホッとした様子の秋田様です。


「かぐやや、ワシらの知る真人殿は亡くなったはずじゃが、真人殿とはどの真人殿かえ?」


 お爺さんとお婆さんには真人クンの生存について伝えていませんでしたので、キョトンとした様子です。


「真人クンは私達の知っている真人クンで間違いありません。藤原鎌足様が裏で手を回して、毒殺されそうになった真人クンを上野国にかくまっていたのだそうです」


「そうなのかい! そりゃあ良かったねぇ。与志古様も知っているのかい?」


「いえ、奥方様。我々も昨日知ったばかりです。

 それを広く知られてしまうと後々都合が悪くなりますため、お知らせするにも慎重にしなければなりません」


「どうしてじゃ?」


「今後、かぐや殿は帝やみやこの高官に連なる者とは絶縁しなければならない事はご存じですよね?

 もしかぐや殿が真人殿の元に身を寄せている事が知られますと、どの様な事態が起こるのか予想がつきません」


 秋田様が淡々と説明します。


「それじゃあ、真人殿は飛鳥へ帰って来られないのではないのか?」


「そうなりますが……」


 秋田様が答えに窮します。


「それにつきまして、昨夜、夢枕に立った神の御遣い様から話を聞きました。

 本来であれば、真人クンは毒を盛られて命を落としている筈でした。

 それを私が藤原様に嘆願したため、藤原様は何年も掛けて準備をして真人クンの危機を救い、帝の目の届かない場所に逃したのです。

 言い方を代えますと、私が歴史の摂理に反して真人クンを生き永らえさせてしまったのです。

 もし真人クンがみやこに帰って来たのなら、真人クンもまた身に災いが起こるだろうと言われました」


 将来、弟のふひとクンが歴史上の偉人(VIP)であるため、無いはずの兄の存在が消させる可能性がある……とまでは言えませんので、少しだけボヤかしました。


「そうだったのですか……。だとしましたら、益々この話は内密に進めなければなりませんね」


「口を挟んで済まぬが、真人殿……定恵殿はそれで納得しているのか?」


 小角様が質問します。


「あくまで御遣い様の話によりますが、政の醜い部分を目の当たりにした真人クンは中央の政争に嫌気が差しているのだそうです。

 また幼き頃、私達の故郷で土と戯れる生活を送っていたので、今の生活を気に入っているのだそうです」


「なる程な。もし僧侶としての人生を続けていたのなら、名僧の名を欲しいがままにしていただろうに……。惜しいものだ」


 小角様らしい宗教家目線での意見です。

 未来にその名を残す役小角様にそう言われるのは、私にとっても光栄です。


 真人クンは私が育てた!(ドヤッ!)


「それでは与志古様には口止めをお願いした上で、私からお伝えします。

 今はふひと様が成人しておりませんので、与志古様も畿内から離れられないでしょう。

 もし真人クンに会いに来られる日がやってきたのなら快く迎えたいと思います」


「他の方々には如何なさいますか?

 人知れずこっそりと黙って飛鳥を後にするのですか?」


「それにつきまして、私から御遣い様にお願いを致しました。

 かぐやという名の天女がこの地上より居なくなるよう取り計らって頂きます」


「つまり記憶(思い出)を消し去るおつもりですか?」

「かぐや殿よ、それは行き過ぎだ!」


 二人揃って私の意見に反対します。


「それも考えましたが、ご安心ください(ドントウォーリー)

 それはしません(アイムウェアリング)


 ホッとした雰囲気が流れます。


「では……どうするつもりなのですか?」


「詳細は後ほど申しますが、皆さまの目の前で月へと還る演出をして下さるようにお願いしました」


「月へですか?」


「ええ、『かぐや』という名の姫は月へと還るのが定めなのです」


「それは『お約束』というモノですか?」


「さすがは秋田様。付き合いが長いだけの事はありますね。

 この世界に天女かぐやは必要なくなりました。

 ですから天女は天へと還り、私はそのどさくさに紛れて東国へと旅立ちます。

 そうすれば誰も私を探さないでしょうし、諦めもつくでしょう」


「それは宜しいでしょうけど……、分かりました。

 今の季節は不破道(※関ヶ原)の雪が深いので陸路は難しいですよ。

 伊賀国(※三重県)を経由する道も険しいので、船旅となりますでしょう。

 協力も必要となります」


「鸕野皇女様は私が去る事をご存じで、皆さんにご相談させたのですよね?

 どなたにご相談されたのでしょうか?」


「東宮様はもちろんですが、阿部倉梯あべのくらはし御主人みうし殿、物部麻呂殿、大伴馬来田殿、吹負殿、御行殿、そして忌部氏の佐賀斯さかし様と子首おびと様ですね」


 見事な程、求婚者とその関係者ばかりです。


「ではその皆さんには、行先は知らせずにお別れのご挨拶を致します。

 その上で身辺整理して、身綺麗になって東国へと赴きましょう。


「かぐや殿よ。皆の目の前で月へ還るとは、空でも飛ぶつもりか?」


 小角様が興味深げに質問します。


「演出は先方にお任せするつもりですが、仄めかし(ヒント)としましては大勢の迎えが来るはずです」


「ふ……む、それは是非見てみたいものだな。

 曲がりなりにも神の御技をこの目で見れる貴重な機会となるだろうからな」


「鸕野様に報告するついでに、お願いしてみましょうか?」


「いいのか?」


「ええ、お安い御用です」


「忝いな。かぐや殿と話が出来るのもこれが最後となるだろう。

 だがもし私が空を飛ぶ仙術を習得したら、会いに行くからな」


「ええ、後世の言い伝えで小角様は空を駆け、富士の山にも登られたたと言われております。是非楽しみにしております」


「それは励みになるな。では、またまみえよう」


「これもそれも小角様のお陰です。有難う御座いました」


 そう言って小角様は颯爽と去って行きました。

 残った秋田様にはお願いしなければならない事が色々とあります。


「申し訳ないのですが、秋田様には船のご手配をお願いして宜しいですか?

 必要経費とご報酬は十分にご用意します」


「報酬は必要ありませんが、船は用意します。

 東国への航路に詳しい者を取り寄せます」


「お手数お掛け致します」


「(報酬を)前払いで十分頂いておりますから、お気になさらず」


 あ、でも現代に還らないのなら、薄い書を持って上野国こうずけのくにへ行くのもアリかな?

 返してって言ったら返して貰えるかしら?


【天の声】秋田だけでなく、真人も泣くぞ!


「上野国へは人を遣いに出します。

 ひと月後までには色よい返事を持って戻ります」


「宜しくお願いします」


 こうして、私はこの世界に残るための準備を始める事になりました。


 ◇◇◇◇◇


 その後……

 私は後宮へ出仕して早々に、皇后宮から呼び出しがありました。

 私がどうするつもりなのかを、鸕野様が知りたがっているのでしょう。

 その足で、鸕野様の元に参内しました。


 とりあえず報告を済ませた後で、すべきこと(to doリスト)を頭の中で整理するのでした。



 (つづきます)

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