最終回答(ファイナルアンサー)
……あぁ、これ夢だ。
見慣れた天井があります。
現代で私が住んでいたアパートです。
最後に見たのは建クンがこの世界を旅立つ前、この部屋で過ごした淡い夢の中ででした。
とても美しくて、大切で、そして苦しい思い出です。
……ということは私の部屋に神の御遣いが来るって事?
何かヤだなぁ。
何処か喫茶店でも行こうかしら?
いや、折角だから焼き肉屋?
ファミレスでもいいか。
『止めておいた方がいいぞ』
出た!
いつの間にかリビングの椅子にどっかりと座っております。
「どうしてですか?」
『物価が違い過ぎて驚くことになるぞ』
「でも、平日限定のランチなら500円で食べられるでしょ?」
『ドリンクバーを付けると800円以上だ』
「えぇ~~~!!」
『そんなに驚く事か?』
「だって、それじゃあ外食が出来なくなっちゃうじゃありませんか!!」
何だか現代に戻るのが怖くなってしまいました。
『まあ、現代に戻るのはこちらの世界にやって来る数分後だ。混乱は無かろう』
それなら宜しいですが、お爺さんとお婆さんを現代へと連れてくるのは益々難しくなってくる様な気がします。
『それで決心はついたのか?』
突然切り出してきました。
ズバッと。
「あともう一息という所です」
『だがこれ以上は待てぬぞ』
「承知しております」
本音では秋田様には私達が隠れ住む場所を見つけられない事を心の奥底で願っていました。
そうすれば現代へ独りで還る言い訳に出来ると思っていましたから。
しかしまさか、真人クンが生きているなんてとんでもない情報を持ってこられたのです。
このまま還ってしまっては、未練が残ってしまいます。
「とりあえず、コーヒーでも飲んでいいですか?
脳みそにカフェインと糖分を補充したいと思います」
『ここは夢の世界ゆえ、効果は無いぞ』
「気分は大切です」
『時間は有限だ。何時までも待てぬぞ』
時間切れになったらどうなるのだろう?
やはりかぐや姫の最後のシーンみたいになるのかな?
そう思いながらお湯を沸かして、コーヒーを淹れました。
ミルクたっぷり、お砂糖たっぷりです。
付け合わせはネット通販で取り寄せた抹茶チョコです。
『おお、済まぬな。我の分まで』
「夢の中ですからケチったところで何も得になりません。
元手がタダなのなら出し渋っても意味はありません」
本当は出したくなかったけど、コーヒーを二杯分淹れる手間は一杯分と変わらないし、抹茶チョコをケチっても次にこの夢の世界に来れるとは思えません。
それにこの御遣い様の心証を良くしておけば、何か特典があるかも知れません。
今までは御遣いから物事を頼まれる一方でしたので高飛車な態度が取れましたが、今回は立場が逆転です。
これまでの成果の報酬を貰う立場なので、変に遜る必要はないと思いますが念のため。
紙パックのコーヒー牛乳並みに甘いコーヒーを喉に流し、チョコを啄むと、糖分が脳みそへとダイレクトに流れ込んでくる久しぶりの感覚に酔います。
きっと気のせいなんでしょうけど……。
『どうした。美味しいはずのおやつなのに浮かない顔だな』
「理由は知っての通りです。
つい半日前までは現代に還ってこのような食生活に戻るつもりでおりました。
ついでにお爺さんお婆さんだけでなく、私自身もこの時代での記憶を綺麗さっぱり洗い流して何事も無かったかのように過ごすつもりでした」
『中臣真人の生存が分かったせいか?』
「真人クンが逃げ隠れする必要が無くなった、というのが正しいでしょうか」
『真人の事は知っていた。
確かにもう逃げ隠れする必要はなくなった。
だが歴史の表舞台に立って貰っては困る』
「何故ですか? 真人クンはこの世界の住人ですから関係ないのでは?」
『其方が関わった事による歪み……とでも言おうか。
生前の鎌足を唆したのは其方だろう』
「私が何を唆したのですか?」
『これだ』
御遣い様がそう言うと頭の中に映像が浮かびました。
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『お腹の子はおそらくは男の子です。
そして歴史に名を残す偉人となる器を持つ子です。
中臣様ならば味方を最後の最後までお見捨てになりません。
中臣様のお力に頼るしか御座いません。宜しくお願いします』
(※第八章『鎌足の苦・・・(15)』参照)
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私が鎌足様を励まして、真人クンを天智帝の悪意から護って貰うようにお願いした時の会話です。
『この言葉を受けて鎌足は、何年も掛けて念入りに準備をしたのだ。天智帝に知られる事無く極秘裏にな。それ故、歴史に歪みが生じたのだ』
「つまり私のせいでしょうか?」
『其方のせいなのか、其方のお陰というべきか分からぬが、真人は生き永らえた。
もし中央へ戻れば、次男の藤原不比等の運命と鉢合わせする。
不比等の足跡はあまりにも大きい。
おそらくは真人の側に歴史の修正力が働くだろう』
『修正力』と聞いて高熱で寝込んだ真人クンの姿が浮かびます。
「では……つまり……」
悪い予感が頭を過ります。
『真人はこの先ずっと独りで生きていくしかあるまい。
幸か不幸か、真人はその運命を受け入れるつもりがあるみたいだ』
「どうして?!」
『僧・定恵としての矜持を弟子によって潰されたのだろう。
毒を盛ろうとした男はそれなりに信じていた弟子だった。
何かしら理由があるにせよ、弟子から自分へ向けられた殺意は心に拭い難い傷跡を残した。
しかもその黒幕は自分にとって従弟であり、父親の無二の親友のはずの男だ。
腹心の養子を何のためらいもなく亡き者にしようとしたのだ。
命が惜しいというよりは、持って生まれた清廉さゆえに政の腐敗ぶりに嫌気が差したのだろう」
「確かに酷い話だとは思います。
しかし腐敗はごく一部です。
全てを捨て去るほど、この世界は腐っておりません」
『そうかも知れぬ。
しかしひと月後に即位する天武天皇。
その次に即位する持統天皇。
そしてその子孫達は全員が全員、清廉潔白ではいられない。
歴史がそれを証明している。
弟の不比等にしてもそうだ。
父親の鎌足にしても自らの不浄を認めている。
真人には政は似合わぬのだよ』
「真人クンらしいですね」
『真人もまた、其方に影響を受けた人物だ。
それに今の生活が気に入っているのもある。
幼き頃を讃岐で過ごしたからでもあろう』
真人クンが中央へ行く意思がないとしたら……。
真人クンが生き永らえた理由の一つが私にあるとしたら……。
「やはり私が迎えに行かなきゃ、ですね」
『現代には還らなくともいいのか?』
「もう建クンに会えないのでしょ?
私の残りの人生が誰かのために役に立つのならそれも良いでしょう。
もう誰にも悲しい思いはして欲しくありません。
三十年以上過ごした現代には高志以外にそのような人はいませんでしたが、同じくらい過ごした古代にはたくさんおりますから」
『分かった。ならば、其方はこの世界に残るという事で月詠様に申し伝えておこう』
「宜しくお願いします。……ところで一つお願いして宜しいですか?」
『何だ? 能力ならば取り上げる事はせぬぞ。年金代わりだ』
現代で受け取れる年金と言えば、厚生年金に十年ちょっと加入していたから月3万円くらいかな?
月額3万円と能力が引き換えなら、お買い得な能力です。
「退職金は無いのですか?」
『金の仕送りは続けるからそれで勘弁してくれ』
竹林で採れる金は、出張旅費手当じゃないの?
「それは有難く頂戴しますが、出来ましたらひと月後私を迎えに来て頂きたいのです」
『現代に戻らないのに迎えが必要か?』
「ど派手に去って、二度と飛鳥には戻れない様にしたいと思います」
『ふふふ、それは面白そうだが静かにこっそりと去るという選択肢は無いのか?』
「十二年間私は美濃に潜伏していましたが、天女信仰は廃れませんでした。
この際ですから私の足跡を徹底的に叩き潰しておきたいと思います。
采女からも天女の役目からも退職します」
『分かった。それも月詠様に伝えておく』
結論は出ました。
ホッとしたついでにコーヒーのお代わりをしようとした次の瞬間。
私は目が覚めました。
年金の計算は生成AI(Copilot)で計算しました。
間違っていたらごめんなさい。




