蓬莱の玉の枝
少しだけ恋愛っぽい話です。
R15っぽい?
「かぐや様、これからもずっと私と一緒に居て下さい」
「あ、……はい」
夕餉の席で話を聞いている内に、話の流れで何故か求婚みたくなり、思わず「はい」と言ってしまったけど、これって……?
「あらあらあら、私達はお邪魔ね。
爺さんや、二人っきりにしたあげようかい。
ほらほら」
「あ、うむ……じゃあ」
「羊様、膳を片付けてまいります」
皆そそくさと部屋を出て行って、二人っきりになってしまいました。
行かないでぇ~~!
「あの……その」
とっても気まずいです。
しかし真人クンは覚悟を決めた顔つきになております。
やはりこの世界にやって来て初めての求婚?
「かぐや様。
私は道半ばで僧侶としての道を外れてしまったしがない男です。
唐で集めた経は全て失いました。
唐で学んだ知識は、今では何も役に立たないものばかりです。
何一つ取り柄の無い男ですが、これからもずっとかぐや様を手助けさせて下さい」
真人クンは昔から全然変わりません。
何故なのか自己評価が低いのは、きっと鎌足様が厳しすぎたからじゃないのかしら?
【天の声】それは濡れ衣だ。
「真人クン。私も元の世界に還りそびれたしがない女子よ。
元の世界で培った私の知識はこの世界とはあまりにかけ離れ過ぎて、大半が役に立ちません。
元の世界で持っていた物は一つもありませんし、こちらの世界で手に入れた物は全て飛鳥に置いてきてしまいました。
私も真人クンと全く同じよ。
だけど、他の人が知らない事を知っているって事は、何処かで活かせるの。
真人クンはこの世界で一番進んだ学び舎で最高の教育を受けてきたのでしょ?
それはどのような道に進んだとしても決して無駄じゃないの」
「そんな……私はずっと経典を学んできただけです。
寝食の世話は寺の下男がやっていたので私は出来ません。
麻呂の様にあちらこちらへと赴いて、様々な事を学んでいたらもっと役に立ったかもしれません。
ですが私には経典の知識以外に何もないのです」
「真人クンは昔から頑張り屋さんなのよ。
讃岐に居る頃も、唐に渡っても、上野国に来てからも、ずっと頑張って来たんだよね?
私もこの世界にやって来てから頑張って来たの。
だから真人クンの気持ちも、真人クンがどれだけ頑張って来たかって事も少しは分かってあげられるの。
私は真人クンの事を誇らしいって思っているわ」
「かぐや様にその様に言って貰えるのはとても光栄です。
だけどこれからはもっと頑張ります。
私はかぐや様に認められるような男になりたい。
私の望みはそれだけなのです」
「そのような事はこの先無いのよ」
「えっ?!」
「最後に会った時、こう言ったでしょ。
『弟は本日で結願(※卒業の意)です』って。
覚えてる?」
「はい、ハッキリと覚えております。とても嬉しかった事も」
「弟の様に思っていた真人クンはもう居ないの。
七年前に私は一人の男の人として十分に認めているの。
だからあの時の私は涙が堪えらなかったのよ。
初めて会った時の幼い真人クンが立派になってしまって寂しいって思えてしまうくらい」
「そんな滅相もありません。私はただその日その日を過ごしてきただけです」
「道は違うけど、真人クンはこの地で一生懸命にやって来た事は、この地に来た時に田んぼの様子を見ただけで良く分かったわ。真人クンの事はもう十分に認めているの。認めないはずがないじゃない。
だって、こんなに素敵な男性になってしまっているのに……」
「す、す、す、素敵じゃないです」
「聞いて、真人クン。
ずっと昔、私は与志古様から真人クンと夫婦になって欲しいって言われたの。
その時の私は、他に当てもないし真人クンだったら弟みたいだから良いかなって程度には思ったりしました。
あれから二十年経って、お互い色々な事があったよね?
私はこの世で一番大好きな人と出会って、そしてお別れしました。
今でもその人の事を思い出すだけで胸が痛むの。
もし真人クンが私の事を好きになっても、私は真人クンのその気持ちにどれだけ応えられるか分からないの」
私に好きな人が居たという言葉に真人クンの表情か固まりました。
「そう……だったのですか」
「もう二度と会えないし、元の世界に戻っても会えない。
何処へ行っても、何時まで経っても会えない、そう神様の御遣いに言われました。
今の私は空っぽなの。その空っぽの気持ちがいつになれば満たされるのか分からないの。もしかしたらずっとこのままかも知れない」
「私では駄目なんですか?」
「分からない。
真人クンが生きているって聞いた時、すごく嬉しかった。
この気持ちが何処から来るのか……。
うん。
私は真人クンの事をきっと好きなんだと思う。
嫌いな部分なんて何処にもないの。だって真人クンだから」
「あ……ありがとうございます!」
真人クン、いい人過ぎ。もっとがっついていいのよ。
「その人を失い、真人クンを失って……、この十年その気持ちのはけ口を天智帝への憎しみという形で埋めるしかなかった。
自分でも空しい動機だったと思う。神託の名前を借りた敵討ちみたいなものね。
もし真人クンが生きていなかったら、私はお爺さんとお婆さん以外に生き甲斐を見出せなかった。
だからお爺さんとお婆さんの中にある私の思い出を消して、元の世界に還ろうと思っていたの。
それを思い留まったのは、真人クンが居たから。真人クンも私の生き甲斐だからなんだよ。
真人クンも私にとって大切な人なの」
「あ……ありがとうございます」
「だから、ずっと一緒に居るわ。ずっと……。
こんな私でごめんね」
「そんな事はありません。今、私は人生で一番嬉しいです!」
顔を真っ赤にした真人クンが上ずった声で答えました。
その様子が少し可哀そうに思えて……。
私はすっと立って、真人クンの方へ歩み寄り、真正面に座りました。
そして真人クンの顔に手を当てて、思いっきり口づけをしました。
「んっ! ん~っ!」
真人クンは目を大きく開けて驚いています。
ちょっとだけ意地悪心が出てきました。
にゅろっと舌を絡めます。
現代で鍛えた性技です。
あぁ……気持ちいい。
やはり真人クンの事が好きなんだと、お腹の奥で感じています。
(ぷはっ!)
「こんなはしたない女子でごめんね」
「そ、そ、そんな事はありません。
い、今、私は、人生で一番嬉しいです!」
「じゃあ、もっと嬉しくなりましょう」
「え、は……はいぃぃ!?」
…………
その後、周りに聞こえていたので何があったのかはバレバレだったと思います。
誤算だったのは今の私の身体が未経験だったという事。
再生しちゃうから光の玉で治癒するわけにもいかず、痛かった~。
◇◇◇◇◇
(ちゅんちゅん)
あぁ~、腐女子の定番、朝チュンです。
真人クンの真っ直ぐな好意が心地よくて、つい気分が盛り上がってしまいました。
後悔はしないけど、私って結構たまっていたみたいです。
薄い書だけでは解消できなかったのですね。
「か、か、かぐや様。
昨夜は申し訳ありませんでした。
自分がどうしても抑えられずあのような事を……」
真人クンは未だに高僧だった考えが抜けないみたいです。
「真人クン!
これからは羊様って呼ばせて頂きます。
だからこれから私の事を『かぐや』って呼んで。
そうじゃなきゃ、飛鳥に帰っちゃうから!」
「え? そ、そんな……」
「私と羊様は夫婦になるのよ。
妻に様付けしないで」
「は、はい!」
本当に弟を卒業できたのか不安になってきました。
「あ、あの、かぐやさ……かぐや。
これを受け取って欲しんだ」
真人クン、改め羊様は一冊の書を私に差し出しました。
もしかして唐の薄い書?
「かぐやさ……かぐやに頼まれていた唐のお土産です。
この花を見た時、貴女の事を思い浮かべました。
その花を摘んで押し花にしました」
あ……完全に頭から抜け落ちていました。
「覚えてくれていたのね」(私は忘れていたけど)
書を開いてみると、私にとって見慣れた花が押し花になっていました。
黄色い菊の花です。
こちらの世界では一度も目にしてませんでしたので、まだ日本へは入ってきていないのでしょう。この一瞬だけ、現代へ戻ったような錯覚を起こしました。
「真人クン、綺麗な菊の花をありがとう。
二度と見れないと思っていたからすごく嬉しい」
「やはり……かぐやは物知りなんだね」
あの時は危険な唐への航海に向かうゲン担ぎのつもりで、『竹取物語』の力に肖って車持皇子への宿題、蓬莱山の玉の枝を持って来てと言ったのでした。
二十年前の約束を守ってくれていた事に、昔からずっと変わらない真人クンの為人を感じました。
「私には蓬莱山に咲く花よりも嬉しい。
求婚してくれてありがとう。羊様」
(ちゅっ♪)
◇◇◇◇◇
ようやく私はこの世界で、自分の居場所を見つけました。
これで私の長かった旅はおしまいです。
(後日談へとへとつづく)
次話より幕間が続きます。
もう少しだけ続きます。
最終話はできるだけ最終回っぽく終わらせるつもりです。
それに合わせて只今、過去話のアップデート中です。
日に日に総話数が減っておりますのはそのせいですが、1日20話ペースで一か月掛るか?




