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上野国にて

フラグ回収に大忙しです。

 飛鳥を出て、難波津から船に乗り、四之宮(※神奈川県平塚市)からは陸路を歩いて、ようやくたどり着いたその先に、亡くなったはずの真人クンが居ました。

 そう。私がこの世界に残る決意をした理由は、真人クンが上野国こうずけのくにに居ると秋田様から聞かされたからです。(※この経緯については後ほど)


 日焼けして逞しくなった真人クンは全然変わっていました。

 七年前に最後に会った時の若き高僧らしさは全くなく、唐に渡る前の貴公子らしさも、幼かった頃の皇子らしさも感じられません。

 きっとこの地にやって来て、たくさんの苦労を重ねたのでしょう。


「ようこそ来られました。

 もっとゆっくりされると思ったのですが、早かったのですね」


 しかし見掛けは変わっても中身の変わらない真人クンは、相変わらず丁寧な物腰です。


「本当に真人クンなのね。

 見違えてしまって、声を聞くまで違う人じゃないかと思ったわ」


 無事だと聞かされていても、この目で見るまで信じられない気持ちもありました。


「かぐや様こそ、全くお変わりなく、う……美しくて驚いてしまいました」


 真人クンの日焼けした顔が赤くなって、赤銅色に変わります。


「真人ちゃんも全然変わらないねぁ」


 お婆さんからみた真人クンは相変わらずみたいです。


「長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へ」


 後ろで嬉しそうな顔をしたお爺さんとお祖母さんを屋敷の中に招き入れました。

 屋敷といっても、私が来る前にお爺さんとお婆さんが住んでいた築五十年の飛鳥物件とあまり変わりがありません。

 本来であれば孝徳帝のご子息とは思えないくらい質素な生活です。


 ◇◇◇◇◇


「事情は聞いておりますが、本当にこちらに移住して宜しいのでしょうか?」


 心配そうな顔で真人クンが尋ねます。


「真人クンが迷惑じゃなければね」


「そ、そ、そんな迷惑なんて全く思っておりません。

 ずっと居て頂きたいと思っております。

 しかしここは東国です。

 畿内とは何もかもが違うんです。

 見た事もない草木が生い茂っていて、人の話す言葉も違うんですよ」


「でも真人クンが居るから。

 だから私達は決意できたの」


「そこまで頼りにされていると思うと嬉しいですが、ご期待に添えられるか不安です」


「大丈夫。

 真人クンはここにきてからずっと頑張って来たのでしょ?

 これからは私がお手伝いするから。

 一人で頑張らなくていいのよ。

 あ……、でも奥様がいらっしゃるのなら遠慮しなきゃ」


 真人クンも数えで三十過ぎです。

 奥さんの一人や二人や三人くらい居ても不思議ではありません。


「そ、そ、そ、そのような方は居りません。

 ずっと独り身でした。

 還俗げんぞくしたとはいえ、元は僧侶です。

 そ……そのようなふ、ふ、不埒なこと!」


 イケメンなのに中身がこれでは大変そう。

 もしかして唐に渡っている間、好きな子が出来てフラれたのかしら?


「真人殿……、先ずはゆるりと休んで頂き、積もる話は夕餉の後にでも」


 ここまで一緒だった舎人さんがお爺さんとお婆さんを気遣って、休憩を提案しました。


「そうだな。それは済まなかった。

 部屋の用意ができています。

 どうぞ旅の疲れを癒して下さい」


「おお、やっぱり真人殿なのじゃな。

 無事で良かった……じゃ」


 お爺さんが半周遅れで真人クンの無事を喜んでいます。


「じゃあかぐやを置いていくから後は二人でね」


 お婆さんはお婆さんで妙な気づかいをします。

 私と真人クンはそんな間柄じゃないのに……。


「おっ……お気遣いありがとうございます」


 ……違うってば。


 ◇◇◇◇◇


 少し早めの夕餉。

 真人クンと私、お爺さんとお婆さん、そして舎人さんとで食卓を囲います。


 あの後、私は炊事場すいじばに入って家事をやっている家人さん達のお手伝いをしました。

 難波宮で施術所(KCL)を運営していた頃、東国出身の官人さんの奥方を相手にエステの真似事をしておりましたので、上州弁じょうしゅうべんは聞き慣れております。

 ただし味の好みは濃い味で、お土産の塩は有難られました。

 だけど真人クンを早死にさせないため、少しだけ薄味の夕餉が出来上がりました。

 代わりに出汁たっぷりの汁物です。


「この夕餉はかぐや様が御造りになったのですか?

 懐かしい味がします」


 真人クンには私の料理が分かったみたいです。


「少しだけお手伝いをしました。

 四之宮の湊で魚の干物がありましたので、堅魚カタウオ(※鰹を煮干しした干物で鰹節の原型)を買い求めました。

 それをお出汁にして塩を控えめにしました」


「でも全然味が薄いなんて思われません。

 やはりかぐや様は何をしてもすごいのですね」


 相変わらず真人クンの私への過大評価は変わりませんね。


「本当にすごいのは真人クンよ。

 何も伝手の無い東国にやってきて、ずっと一人で頑張って来たのでしょ。


「いえ、私には手助けしてくれた仲間がいましたから」


 そう言って真人クンは、私達を迎えに来た舎人さんの方へ視線を移します。

 二人は良い主従関係を築けている事が察せられます。


「ところで、真人クンがどうして無事だったのか?

 そろそろ教えてくれないかしら?

 ずっとそれが気になっていたの」


 今まで聞きたくて聞きたくてウズウズしていた事でした。

 聞くタイミングを逸してたので、ここぞとばかりに尋ねました。


「では私の方からご説明しましょう」


 答えたのは案内をしてくれた舎人さん。

 ……って、知っていたんかーい!


「お願いします」


「真人様……当時は定恵様ですね。

 唐から帰国後、定恵様ご一行は難波宮から摂津にある中臣氏所縁の屋敷へと逗留されました。

 そこで定恵様は幼かった弟君のふひと様や母君の与志古様とご対面なされ、然る後、飛鳥へと活動の場を移されたのです。

 場所は、鎌足様と中大兄皇子様が共にお通いなされた『談い山(かたらいやま)』にある妙楽寺。

 そこを拠点に仏門の普及を図ろうとされておりました。

 今思えば、その場を選んだのは、鎌足様の中大兄皇子様への深謀遠慮であったのではないかと思います。

 初心を思い起こして頂きたいという……」


 舎人さんの言葉が詰まります。

 本来であれば真人クンは定恵上人として多くの人に仏教を広め、歴史に名を残す名僧となっていたのかも知れません。


「しかし、やはり、鎌足様の懸念は現実のものとなり、一行の中の弟子の一人が隠し持っていた毒で真人様を亡き者にしようとしたのです。

 しかし鎌足様がその者の素性を調べ上げており、何かしでかすとしたらその男だろうと目を光らせておりましたため、はかりごとは未遂と終わりました」


 ここからが私の知らない話ですね。

 私が伝え聞いた話では百済に出自を持つ弟子が真人クンの才能を妬んでの反抗だったそうです。

 しかし妬みで毒を盛るなんてあり得ないし、しかも国許くにもとから毒を用意してきたという不自然さはやはり天智帝の差し金以外の何物で無い事は明白でした。


「鎌足様はこの事態を予め想定しており、私に役目を与えていたのです。

 真人様に敵の手が伸びたのなら、ずっと守り続けるのは難しい。

 その殺害の意図が明白になったのなら、極秘裏に真人殿の身を東国へ移せと」


 ……あれ、少しおかしくない?


「しかし藤原様の行動は天智帝の持つ能力によって筒抜けです。

 隠し遂せるものではないのでは?」


 絶対に天智帝の未来視に引っ掛かってバレるから、上手くいかないだろうと思っていました。

 だから天智帝の未来視の対象外となっている私が難波にまで行って、真人クンを救出しようとしたのです。


「中臣氏……、特に鎌足様は各地に間諜スパイを忍ばせております。

 人に知られぬ伝達法があるのです。

 しかし周りの者に知られると計画が破綻するため、母君の与志古様にすら真人様のご無事を内密にされました。

 代わりの亡骸を用意する程の徹底ぶりでした。

 私も真人様を飛鳥から脱出させてから、只の一度も戻っておりません。

 ここに居る事を、どのようにしてかぐや様が知ったのかが不思議でなりません」


「そうですね。

 私も偶然知りましたが、藤原様は私に伝える事を見越して或るお方に託されておりました。

 全ては藤原様の企み通りだったのかも知れません」


 そう、藤原様は私に代わって病床に見舞いに来た小角様に、心の声を通して真人クンが生きている事を伝えていたのです。

 でも、天智帝が存命中はそれを知られると真人クンに追及の手が伸びるのかも知れませんでした。

 これでようやく真人クンにも陽の目を見ることが出来るようになったのです。


「真人クン。

 もう真人クンの命を狙う人はいません。

 もし飛鳥に帰れるとしたら帰るの?」


 私と違って真人クンには帰れる場所があります。

 私がここに来たからと言って、ここに縛り付ける訳にはいきません。

 今の内に聞いておかねばなりません。


「いえ、私はもう中臣真人でもなく、定恵でもありません。

 まして皇子だったなんて誰も信じないでしょう。

 今の私は『多胡たこのひつじ』です。

 この地の領主として『羊』は今後もこの地を豊かにするために身を粉にして働くつもりです。

 だからかぐや様、これからもずっと私と一緒に居て下さい」


「あ、……はい」


 あれ?

 これってもしかして求婚プロポーズ



(つづきます)

羊太夫……知っている人は知っている伝説の人物です。

渡来人とも、中臣氏の関係者とも言われております。

ユダヤ人なんて説もあります。

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