秋田の奔走・・・(1)
※第三書視点によるお話です。
東宮・大海人皇子と后・鸕野皇女、そしてかぐやに近しい者達が、かぐやの事を案じ、この世界を去るかも知れないかぐやのために行動を起こすことを決意した。
一方、かぐやに頼まれ、両親が安心して暮らせる場所を探すことになった秋田。
残りあと十四日。
秋田は頭の中でいくつか候補地を挙げてみた。
伊予之二名島(※四国)には阿波忌部氏と讃岐忌部氏。
紀国(※和歌山)の紀伊忌部氏。
伊勢国(※三重)に伊勢忌部氏、出雲国(※島根)には出雲忌部氏。
そして秋田の実家のある三室戸(※山背国)。
他にも筑紫国(※福岡)や越国(※福井・新潟)にも忌部の末裔らがその地に根を下ろしている。
実家の三室戸ならば気安く頼めるが、飛鳥からの近さを考えれば無理だろう。
筑紫国は遠すぎる上に、中央に対する悪感情が払拭されているとは限らない。
何よりも筑紫は重点地なのだ。
トラブル体質のかぐやが行ったら何か目立つ事を仕出かすかも知れない。
万が一……、いや多分……きっと……。
同じ理由で古より大王とのつながりも深い出雲、伊勢も危うい。
霊気に溢れた出雲と伊勢にかぐやを混ぜたら危険だ。
何故か白い煙が出てきそうな気がした。
歳を召した老夫婦の体調を考えると、雪深い越国は避けた方が良かろう。
すると残るは阿波忌部氏と讃岐忌部氏、そして紀伊忌部氏。
この中で良好な関係が築けているとしたら……阿波忌部氏か?
そこで秋田は阿波国へと飛んだ。
片道三日の距離だが、この目で見ない事には判断が出来ない。
何より、余所者がやってきて移住するのは障害が多い。
調査が必要だ。
秋田は阿波忌部の氏上を始めとし、地域の領民など事細かに調査した。
結果は上々、冬の寒さは厳しくなく、領民の気質もすこぶる真面目である。
作物の収穫が心許ない事が懸念材料であるが、飢える事は無かろう。
秋田は氏上にも話を通し、かぐやと老夫婦が隠れ住むことを打診し、色よい返事を得た。
これでかぐやは古代に残れる。
そう思ったのだが、最後に大きな落とし穴があった。
去り際に氏上が言った一言。
「今から飛鳥へと戻られるのであれば、一つ頼まれてくれぬだろうか?
阿部倉梯殿へ贈り物をしたい。
生真面目な御主人殿は、以前我々に世話になったからと言って毎年の便りを欠かさないのだ」
そうだった!
阿波には以前、阿部御主人が妃となった衣通殿と共に石綿を探しに来ていたのだった。
まだ繋がりがあったのか?
古い話ですっかり失念していた秋田の失策だった。
おかげで候補地選びは一からやり直しとなった。
次に行ったのは阿波国に近い讃岐国(※香川)の忌部だった。
しかし讃岐の忌部氏との繋がりは薄く、面倒事になるかも知れないかぐやを任せるには心許なかった。
ここまで掛かった日時は八日、飛鳥に帰るのに三日。
時間切れが目の前に差し迫っていた。
焦る秋田。
このままではかぐやは未来へと還ってしまう。
しかしどうすれば?
残り三日で出来る事は無いか?
考えに考え抜いた秋田は、忌部氏宗家の氏上である佐賀斯を頼ることにした。
かぐやへの忠誠の高い佐賀斯なら、かぐやのために口を噤んでくれるであろう。
一縷の望みを掛けて秋田は飛鳥へと戻った。
◇◇◇◇◇
飛鳥に戻った秋田が佐賀斯に会えたのは期日の三日前だった。
忙しい所を申し訳ないと思いつつ佐賀斯との面談に臨んだ秋田だったが、待ちわびていたのは佐賀斯の方だった。
「秋田よ、ここ暫く姿が見えず困っていた。
其方に相談しい事があったのだ」
何か雑用を申し付けられそうな予感に秋田は怯んだ。
期日がもうすぐだというのに悠長なことを言っていられないのだ。
「申し訳御座いません。
どうしても外せない取り急ぎの事情が御座いまして……」
「そうなのか。
だが我々もうかうかとはしていられぬのだ。
話だけでも聞いて欲しい」
「ええ、話を聞くだけなら。
しかしあまり刻がありませぬ故私の話も聞いて頂きたい」
「分かった。
私と子首は半月ほど前、東宮様……いや正しくは鸕野皇女様に呼び出されたのだ。
そこでかぐや殿がこの地を去るのかも知れぬと申された。
斉明帝がご在命だった頃、かぐや殿がそう申されたらしい」
!!! まさかバレている?!
しかもかぐやが自ら喋っていた!?
思い起こせばかぐやは隠し事が多い割には、いつの間にか正体が知られている事が多い。
基本、かぐやはお人好しなのだ。
相手を簡単に信じ、あっさりと素性を明かしてしまう。
「氏上様……申し訳御座いません。
実は私も存じておりました」
「何と! それを知っていながら何処をほっつき歩いていたのだ!」
普段は温和な佐賀斯であるが、事が事だけに言葉が厳しくなってしまった。
「ほっつき歩いていたのではありません。
私はかぐや殿に頼まれて動いていたのです」
「何を頼まれたのだ?!」
「かぐや殿は来月、この地を離れます。
今、かぐや殿は元の世界に帰るか、それともこの地に残るのか悩んでおられるのです」
「そんなに差し迫っていたのか?」
「それだけではありません。
その決断をあと三日のうちにしなければならないのです」
予想外の事に、顔面蒼白となる佐賀斯。
「……かぐや様はこの地に残るつもりは無いのか?」
「この地……と申しますか、今後の治世に関りを持つことを神様より禁じられている模様です。
東宮様はもちろん、今後政の中心となる鸕野様、倉梯殿、物部殿、大伴殿も謁見することを止められているでしょう。
つまりは飛鳥を離れ、両親と共に静かに暮らすことがかぐや殿の一番の希望です」
「それならば忌部の所縁の土地で匿えば良かろう」
「はい、私もそう思い、阿波へと行ってきたところです。
隠れ住むのに適した場所でした。
しかし阿波忌部は倉梯殿と繋がりがあります。
いづれ何かしらの関りが生じるでしょう」
「阿波以外にもあるだろう」
「帝となる東宮様と関りを持つことは、かぐや殿をこの地へと降ろした神が許さないと思われます。
万が一にもかぐや殿のお命に差し障る事さえあり得ると、かぐや殿は申しておりました故、出雲、伊賀、紀伊など朝廷と関わりの深い土地は候補から外しました」
「となると…他は?」
「その相談をするために飛鳥へと戻って参りました。
しかしまさか周りの者が知っているとは予想出来ておりませんでした」
佐賀斯も秋田も頭を抱えてしまった。
「秋田よ、周りに知られているのであれば、隠しても仕方がなかろう。
今から鵜野様の元へ参ろう。
先触れも無しに伺うのは礼儀に反するが、そんな事をしていたらかぐや殿は還ってしまう。
急ぐぞ!」
「はいっ」
予想外の展開に、秋田は思った。
『こんなことなら最初から佐賀斯様に相談しておけばよかった』
◇◇◇◇◇
先触れなしの面談の申し出に関わらず、鸕野皇女はすぐさま秋田との面談を承諾した。
この十日間、かぐやにそれとなく聞いたり、陰から様子を伺っていたが、毎日キッチリと仕事をやっており、もうすぐ居なくなる者とは思えなかった。
他の者からもこれといった報告は受けていない。
秋田の話は新春の宴の日以来、初めての有力情報なのだ。
他の予定を全て放棄して、予定をねじ込んだのだった。
「秋田よ、久しいな。
此度の戦では其方の功績を高く評価できぬ事を済まなく思うとる」
「いえ、私は単なる伝令役でしたので、功績らしい功績などあげておりません」
「じゃが、其方が関わった弓の威力は、敵軍に大きな脅威を与えたと聞いておる。
妾からも東宮様に申し立てておこう。
ところで、かぐやの事で話があると聞いたが、何ぞあったのかえ?」
「その前にお聞き致したいのですが、鸕野様はかぐや殿の事をどこまでご存じでしょうか?
お教え下さい」
「ふむ……全てじゃ。
かぐやが何の目的で何処からやって来たのかも知っておる。
共に湯に入った仲じゃ、乳の大きさも知っておるぞ」
『其方はここまで知らぬであろう』と言わんがばかりの鵜野皇女である。
「……ならばそのつもりでご報告申し上げます。
十二日前、私はかぐや殿から相談を受けました。
かぐや殿をこの地に遣わした神の御遣い様よりご神託を受けたのだそうです。
そのご神託によりますと、かぐや殿はこの地を去らねばならないと言われたのです」
「この地を去って、何処へ行くのじゃ?」
「今はまだ決めておらず、返答待ちです。
養父養母のかぐや殿の記憶を消し去り独り元の世界に還るか、それとも養父養母と共に何処か人目を避けて移り住む場所を求めるか……、どちらにするか迷ってました」
「やはり残念な女子じゃ!
放っておいたらとんでもない事を考えよる!
して、この地を離れるというのは何時じゃ?
「もし元の世界に還るとすれば来月の二十七日、東宮様の即位の日です。
そしてその決断をするのは三日後。
その夜、夢枕に立つであろう御使い様に返答すると言っておりました」
「三日後じゃと!?
もうすぐじゃないかえ?
今から後宮へ行って、かぐやに問いただしてやるのじゃ!」
「お、お待ち下さい!
かぐや殿は好きでこの地を離れるのではありません。
鸕野様の弟、建皇子様がそうであったように、歴史に反することをすればどのような不幸が御身に降りかかるかを心配しているのです。
鸕野様がその様な行動をされれば、何が起こるのか分かりません。
故に歴史の上では取るに足らない私がかぐや殿の相談相手に選ばれたのだと思います。
今一つ、ご辛抱されて下さい」
「ぬぬぬぬ……。
じゃあ、かぐやが去るのを黙って見ていろと申すのか?」
「私としましてはかぐや殿が望む、養父殿と養母殿との静かな暮らしを整えてあげるのが最上かと考えております」
「ならばその場所を工面せい!」
「はっ、心得ております。
そのためのご協力を是非お願いするために参りました」
「分かったのじゃ。
今宵、皆の者を集める。
そこで相談するがええ」
「有難う御座います」
こうしてかぐやの引き籠り先を大々的に探すことになったのだった。
(つづきます)




