チート幼女初めての飛鳥京・・・(2)
今日は暖かい日でした。
作中の極寒具合が伝わるかどうか……?
忌部氏の宮に来て九日。
衣装合わせに、舞のお稽古の追い込み、時々息抜き、とやっているうちに十二月三十日(旧暦)、大晦日を迎えました。
いよいよ明日は『翌る年の新春』、つまり帝の前で舞を披露するです。
忌部氏の方々は今日が年越の祓い、明日が夜明け前から正月の祭事なのではまるで戦場の様です。
毎年こんな事を催していたら、讃岐で執り行った宴くらい滞りなくできる訳ですね。
実際に一年前の小正月の宴で運営上の不手際は殆ど無くて、不測の事態は殆どが私のやらかしでした。
明日はそうならない様、全力を尽くして余計な事をせず、目立たず、迂闊な真似をしません!
【天の声】もう手遅れだと思うが……。
昨日は心の準備兼、息抜きとして宮の近くまで行ってみました。
現代は長閑な田園風景が広がる明日香村ですが、千四百年前の日本の中心地だった飛鳥京が目の前に広がるのを見て、本当に自分が時に流れを超えてきたのだと改めて感じました。
舞が終わったら市場に行ってこの時代にどんな物が取引されていたのかこの目で見てみたいものです。
流石に1ヶ月も経ちますと、私が何のために招かれたのかという疑念も薄れてきます。
油断とも言うのですが、人の緊張というのはいつまでも長続きしないものです。
今日は楽隊の人達も出張っているので、私は八十女さんに布巾で丁寧に拭き上げて貰い身体を清潔にして早めにおネムです。
この時代では当たり前の事とはいえ、もう一ヶ月近くお風呂に入っていないのは頭が疼いて気持ち悪いし、家に帰ってお爺さんとお婆さんに会いたいという気持ちが膨れ上がってきます。
擦り減りそうな精神を光の玉で癒して、就寝しました。
◇◇◇◇◇
忌部の巫女さんが私を起こしに来ました。
たぶん夜中の二時か三時頃ではないでしょうか?
普通の子供ならグズるところですが、中身アラサーで元社会人の私は何て事ありません。
カフェインたっぷりのコーヒーをイメージした光の玉を自分に当てて、気持ちをシャキッとさせます。
皆さんが集まっているお部屋に行くと、萬田先生を始め巫女さんたちが準備を始めていました。
私はというと、忌部氏の小道具係の人に手伝って貰い着替えました。
今回の舞に関して私は一切口出ししていませんので、本番の衣装も今日始めて見ました。
基本コンセプトは昨年の小正月の衣装に似ていて、朱色の裳も健在です。
大きく違うところは頭飾りの様なモノを頭に付ける事です。
何だか古代の巫女さんっぽい感じがします。
取り外す時によく見さして頂いて、後でスケッチしておきましょう。
私達の出番は晦日から続く祭事が終わった後で、舞の時間まで少なくとも九時間以上あるので、飾りくらいは現場で付ければいいと思っていました。
しかし宮に入る際に厳重なチェックがあるので、身なりを完全に整えておかなければならないのだそうです。
そして順番が来るまで舞台袖で控えなければならないのだとか。
偉い人ばかりの場所で私のような平民同然の幼女に気を遣って貰えるなんてあり得ないでしょう。
じっと寒空の下でスースーする正装を纏い、寒さに震えて我慢するしか無いみたいです。
考えただけで気が遠くなりそう。
一時間程で全員の準備が終わり、真っ暗な外の下、宮へと向かいます。
舞は昼過ぎなのにどうして夜明け前から?
……と思っていましたが、何故こんなに早く来たのかよく分かりました。
チェックが異様に入念なのです。
もしかしたら検閲官の趣味じゃ無いかと思うくらいネチっこく身体の隅々まで調べ尽くします。
しかし、例の事件が儀礼の真っ最中に行われた事を考えると、当然なのかも知れません。
噂では例の事件の後も色々とあったと聞いています。
しかしここでトラブル発生。神楽鈴が凶器認定されてしまいました。
何処が凶器? と思ったのですが、見慣れないというのがその理由でした。
しかしこれが無いと舞に支障が出ます。
萬田先生が取り成して貰うよう頼み込みますが、検閲官は”聞き耳持たんモード”です。
祭事を担当する中臣氏の方に来て貰い許可を得ようとしたのですが、祭事のまっ最中です。
使いの代わりに来た人の「祭事でこの様なものは見たことが無い」の一言であえなく撃沈。
いよいよ持ち込みが出来なくなりました。
仕方がありません。萬田先生は扇子を使った舞を披露することを決断し、ぶっつけ本番で舞うことにしました。
この一ヶ月間の練習で扇子を使った舞の練習を全くやってませんが、讃岐の避難生活では散々練習していました。
なので舞のバリエーションの中には扇子を使った舞がリストアップされています。
ただし私だけは七夕の日に領民の皆さんに披露した時以来、扇子を使った舞は練習していません。
新年早々とんでも無い事になりました。
二時間に及ぶ身体検査を経て、ようやく中に入れました。まさかこんな形でこちらの世界で初めての初日の出を拝む事になるとは……新年早々、ツいていません。
◇◇◇◇◇
会場宮の中にある祭壇の舞台。
その舞台袖の屋根はありますが吹きっ晒しの待機場所でひたすら自分の番を待ちます。
とても寒いです。(ぶるぶる)
感覚的に気温は零度くらい。とっても寒いです。
水たまりに氷が張ってました。とても寒いです。
焚き木はありますが、偉い方々に偏っていて下っ端には温もりが全然届きません。
とても寒いです。(ぶるぶる)
このままでは、「寝たらダメだ。寝たら死んでしまう!」とか「天は我々をみはなした!」とか……
宮中でそう叫びながら安らかに逝ってしまいそうです。
こうなったらシノゴ言ってられません。
『出でよ、遠赤外線の光の玉!』
私は自分と巫女さん全員に暖を提供しました。
皆も私の力の一片を知っているので、驚きはしましたが素直に受け入れてくれます。
舞の前に疲れ切ってはいけないので、お一人様三個までね。
舞台袖で控えること約二時間。
ようやく偉い方々がおいでになり、舞台での祭事が始まりました。
キョロキョロすることが出来ませんのでハッキリと分かりませんが、三十人くらい居並ぶ高官の中で上座の方に中臣様と阿部倉梯様の姿が見えます。
御簾の向こうには帝がいらっしゃるのだと思われます。
二つあるから退位された上皇様?
この時代は別の呼び方があるでしょうけど、昨年退位された女性の先帝がいらっしゃるようです。
別の列には貴賓席らしき皇族関係の方が座り、皇弟や皇子っぽい方も何名かいらっしゃるみたいです。
年齢がバラバラですね。
でも真人皇子は見えません。幼すぎるからかな?
中には明らかに衣装が違う人も混じっています。
唐か百済の方でしょうか。国際的ですね。
祭壇では見知らぬ方が中心となり祭事を取り行っています。
忌部氏の方なら見覚えがある筈ですので、おそらく中臣氏の方なのでしょう。
深々と冷える飛鳥の空の下、私の出番が近づいてきました。
祭事が終わったらしく、舞台の上の祭壇が恭しく取り払われていきます。
いよいよかという気持ちと、ようやくかという気持ちが混ざり合って心の中がぐちゃぐちゃになりそうです。
こんな時は、いつもの光の玉の出番です。
チューン!
頭の中がスッキリして、精神が静まります。
このままでは光の玉依存症になりそうで少し怖いですね。
……という事で巫女さん達パンツ仲間にもお裾分けです。
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
精神が静まると、心の中にはこれで終われるという安堵の気持ちが残っている事に気付きました。
いよいよ登壇です。
(つづきます)
文中で少し触れておりますが、乙巳の変の後、中大兄皇子の異母兄にあたる古人大兄皇子が謀反の疑いをかけられ、隠退先の吉野で刺客によって討ち滅ぼされました。
蘇我入鹿の従兄弟にあたる人なので、この先の障害と見做され時の政権に排除されたと言われていますが、中大兄皇子や中臣鎌足が必ずしも正義だったとは限りません。
この話はあくまでフィクションでありますが、美化しすぎとか歴史を知らなさすぎ(実際にそうですが)というご批判は甘んじてお受けします。
これからも宜しくお願いします。