極秘作戦
※第三者視点によるお話です。
衝撃的な天武帝の即位の日。仮初めの月の光が大極殿を覆い、月から御使いが空からやってきて『神降しの巫女』を連れ去っていった。
現代のフェイクニュースの方がまた真実味のある荒唐無稽な出来事に京中が混乱に陥った。
理解できない事を目の前にした時、人というのは魔法の言葉を唱える事で理解することを諦め、強制的に心を納得させ、精神の安定を図るのだ。
『神様の御業』だ!
朝廷としてはこの夜起きた事は戒厳令を敷いたが、人の口に戸は立てられぬもの。
翌日には京中の噂になるのであった。
「月の都の使者様が空から降りてきて、天女様を拐って行ったそうだ」
「天女様が役目を終えて帰られたとも聞いたぞ」
「月の使者と帝が天女様を巡って口論されたと聞いた。何て畏れ多い!」
「天女様が居られないなんて、もうこの世は終わりだ!」
「いや、天女様はこれからは天からお見守りすると言って帰られたそうだ」
吉兆なのか、凶兆なのかすら分からない。しかし人というものはさもしい生き物だ。これまで当たり前であった物が無くなった途端、その存在価値の大きさに気付き、勿体なかったと悔やむのである。
これまで地上に天女様が降臨していたことを……。
そしてこれからはもう天女様が居ないことを……。
親孝行したい時にはもう親が居ない事を……。
廃線になった鉄道にもう二度と電車が走らない事を……。
◇◇◇◇◇
更に次の日、飛鳥から約百里(50km)離れた難波津。
大きな船がまさに今出港しようとしていた。
甲板に立つのは老夫婦と孫らしき美しい娘。
そして彼らに従う大勢の付き人達。
そう、一昨日天に昇ったはずのかぐやと竹取の翁だ。
船を見送る者達も見覚えのある親しき者ばかりだった。
阿部倉梯御主人と衣通の夫婦、そして子供たち。
物部麻呂と妻となった女性が並んで立っていた。
大伴氏の馬来田、吹負、そして御行。
多治比嶋と妻の音那。
讃岐の懐かしい者達も居た。
後任の評造となった源蔵と恰幅の良い八十女。
新たに創建された神社の祭司となったサイトウ。
シマが旦那さんと子供を連れている姿も見える。
しかし、この船が行く先が何処なのかは誰も知らない。
何故なら、この先二度と船の上に居る者達とは関りを持ってはいけない事を知っているからだ。
いや……、ただ一人だけ知ってる者が居た。
秋田である。
だが彼は墓の下までその場所を言うつもりは無かった。
その行先とは……。
◇◇◇◇◇
時は約二月前に遡る。
その日は新春の宴のあった日だった。
宴の後、東宮・大海人皇子はかぐやと親しい者達を特別に内裏へと招いた。
招かれたのは、阿部御主人と物部麻呂。
そして大伴馬来田、吹負、御行。
忌部氏からは氏上の忌部佐賀斯と息子の子首。
多治比嶋も同席した。
上座にはもうすぐ即位の日を控える東宮と、妃の鸕野皇女が座っていた。
「よく参られた。
ここに居る者達は、皆、かぐやに近しい者ばかりじゃ。
其方らに確認したい事があり、旦那様にお願いし集もうて貰うた」
この参集は鸕野皇女の発案によるものだったのだ。
「皆の者、楽にしてくれ。
そしてかぐやについて忌憚のない意見を求めている」
東宮が少し思い詰めた様子で発言された。
「かぐや殿に何かございましたか?」
東宮と最も付き合いが長い馬来田が急な招集とその理由を尋ねる。
酒のため、少し顔が赤い。
「懸念があってな……。
詳しくは鸕野に話して貰おうか」
「そうじゃ、懸念じゃ。
かぐやはもうすぐ妾達の前から居なくなるやも知れぬのじゃ。
妾としてはかぐやが望むのならどのような事も受け入れてやりたい。
だが、あのお人好しのかぐやの事じゃ。
養父と養母を悲しませたくないばかりに、苦悩することは想像に難くない」
「申し訳御座いません。
かぐや殿はこの十二年間、親元を離れずっと美濃に籠られておりました。
何故、居なくなると思われるのでしょうか?」
御主人が鸕野の言葉に質問した。
「お祖母様(※斉明帝)がご存命だった時、かぐやははっきりと言ったのじゃ。
『かぐやとは書の中にしか存在し得ない架空の人物の名なのです。
架空の人物であるが故に歴史に反する様な事が出来てしまうのです。
だからこそ、(神より与えられた)歪みを正す役目を果たせるのでしょう。
そして全てが終わった暁に、私はこの世界から去るでしょう』とな。
(※第八章『かぐやの独白・・・(4)』ご参照)
歪みとは父上の治世を指していたのであろう。
その父上の治世は幕を閉じた。
つまりかぐやの役目は終わった。
じきにかぐやは去るつもりじゃろう」
…………
想像もしていなかった事態に誰もが言葉を失う。
「此度の戦で第一等の活躍を見せたのは他ならぬかぐやじゃ。
女子故、その功績が表に出る事は無いが、ここに居る者で異論を申す者はおるまい」
全員が黙って首を縦に振った。
するとこの中で一番の最年少である忌部子首がおずおずと発言した。
「あ……あの、昨年、かぐや様が上京する際、気になります事を頼まれました」
「子首よ、この場で歳若だからと発言を控える事はしなくてよい。
正直に申してみよ」
東宮に促され、子首は発言を続けた。
「かぐや様はまだこれといった実績のない私にこう申されました。
『此度のご活躍を認められ、子首様はきっと重要な役目を任されることになると思います。
その歴史の中に私の事を只の一言も残さないで頂きたい』……と」
「随分と不確かな話だな」
酒の残っている馬来田は子首の話を理解できなかった。
しかしかぐやが千四百年後の未来から来た事を知る者達は、その真意を明確に得心した。
「なるほど、かぐやさんがそう言ったのであれば、その通りなのでしょう」
多治比が代表して答え、東宮、鵜野皇女は嶋の言葉に大きく頷いた。
「つまりかぐやはもうここを去る覚悟を決めているという事だな」
東宮が重苦しく呟く。
「しかし東宮様。
かぐやは入内の儀を以て、東宮様の妃となられたのではないのですか?
ここを去る者が、入内を受け入れるとは思えぬが」
この中で最も事情に疎い大伴馬来田がツッコミ役になり質問をする。
「それを言うな……馬来田よ。
確かに入内の儀は無事終えた。
しかし私はかぐやに指一本振れられなかった。
目の前に現れたかぐやは影だったのだよ」
かぐやの能力はともに戦った者ならその目で見ている。
かぐやは自らの分身を作ることが出来るのだ。
その分身を東宮の相手にさせたという事は……。
「入内はしたが、本当の妃となるのを断られたという事か?」
「ゔっ!」
馬来田のツッコミは東宮に10000ポイントダメージを与えた。
そして何故か嬉しそうな表情の鸕野皇女を見て、誰もがこれ以上この話題に触れまいと思った。
ただし鵜野皇女の追求だけは除いて……だった。
「上京前にその様な事を頼んだのなら、端から旦那様の妃になるつもりは無く、采女として最後まで働きたかったということじゃ。
旦那様もそう諭したのじゃろ?
後宮に来たというのは、大方旦那様の熱意に絆されたからに違いなかろう」
「ああ、そうの通りだが……」
「つまり、かぐやは妾達との関係を絶つ心積もりは出来ているという事じゃ。
しかし、かぐやの事じゃ。
きっと独り悩みを抱えて、独りでどうにかしようとするはずじゃ。
あげく空回りして、とんでもない事を仕出かす残念な女子じゃ。
この中にかぐやに恩義を感じておらぬ薄情者は居らぬであろう。
妾らでかぐやを救うてやろうではないか」
「「「「「はっ!」」」」」
立ち直れない東宮を除き、全員が心を一つにした。
(つづきます)
上手く話が纏められるか?
残り少なくなりましたが、最後までお付き合いの程、お願いします。




