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即位の儀

前話より話がすっ飛び、即位の儀当日の出来事です。


 ※第三者視点によるお話です。


 漢文で書かれた日本書紀に天武帝の即位についてたった一文、このように書かれている。


『二月丁巳朔癸未、天皇命有司設壇場、卽帝位於飛鳥淨御原宮』

(訳:二月二十七日、(天武)天皇は役人に命じて壇場を設け、飛鳥浄御原宮あすかきよみはらのみやにて帝位に就かれた。)


 即位の儀で多くの者達が目撃した詳細が秘された理由は何故なのか?


 ◇◇◇◇◇


 西暦六七三年二月二十七日、岡本宮、改め飛鳥浄御原宮あすかきよみはらのみやの太極殿前の大広間に高い祭壇が設けられ、即位の儀の準備は整った。

 ずらりと並んだ色取り取りの見事な刺繍が施されたばんが掲げられた。

 ばんの前には威儀の者が武器を携え、目を光らせている。

 斉明帝の即位の時の様な焼け野原で執り行われたのりとは違い、伝統に基づく形式が取り入れられた。


 儀を取り仕切るのは亡き中臣金なかとみのくがねの後、神祇伯じんぎはくとなった中臣大島なかとみのおおしまだ。

 くがねの甥にあたり、藤原鎌足の遺児・藤原史ふじわらのふひとの従弟である。

 そして中臣氏の氏上うじのかみでもある。


 天孫たる帝の末裔は、先祖、始祖に即位の報告をした後、大勢の群臣(まえつきみ)の前で即位を宣言することで、大王おおきみとして認められる。

 これは大王おおきみ大臣おおおみとの力の差が小さかった頃の名残でもある。

 それほど昔の事ではない。

 蘇我氏の顔色を窺わなければならなかった時代は、二十八年前まで続いていたのだ。


 しかし天武帝の即位は違っていた。

 誰の指示も受けていない。

 多くの血が流れ、大き過ぎる負担に疲弊した群臣らは皆、天智帝の治世に期待していたのだ。

 それは儀に参列する群臣の数にも表れていた。

 北は冠位を授かった蝦夷の長、南は隼人の国(かごしま)の支配者までが整然と並べられた床几しょうぎに腰を下ろし、壇上を見上げた。


 三種の神器を授ける者達も、若い世代へと引き継がれた。

 物部の氏上である物部麻呂が草薙剣くさなぎのつるぎを授け、忌部佐賀斯が神璽の鏡と玉を奉じた。

 鐘の合図で一同が一斉に立ち上がり、太鼓の合図で一同が傅く中、神祇伯じんぎはくの中臣大島は天つ神の寿詞のりとを呼びあげた。


『天つ神の御威光を仰ぎ奉へよ。

 高天原に坐す八百万の神々、その導きを受けし天孫によりこの国は統べられ、日々の安寧を享け賜ること、恐懼の念に堪えず。

 ここに帝の治世が末永く続き賜わんことを願い奉む。

 天つ神の守護を仰ぎ、この国土を照らし賜う日の御子の御威徳を広く示し、五穀豊穣、民の安寧を祈念し奉りたまへ。

 ここに神々の御前にて御代を寿ぎりままふ』


 これを以て即位の儀は成り、大海人皇子は天武帝として即位された。


 ◇◇◇◇◇


 帝となった天武帝は太極殿で饗宴の儀を開催し、来客を持て成した。

 各地から取り寄せ居た様々な食材を当代随一の料理人である負名氏なおいのうじが見事な宮廷料理へと昇華した。

 永らく活躍の場を制限された宮仕えの楽師、舞師らは思いの丈を曲に秦で、舞った。

 先の戦では敵味方となったであろう者も数多く居たが、皆が揃って宴に興じた。

 本来であれば史書に残る見事なのりだった。


 そしてその宴を締めくくるのは、この会場に参列した一番の目的でもある『神降しの巫女』による舞だった。


 日が暮れ夜のとばりが下りるとき、会場は再び太極殿の前に設置された祭壇。

 暖を取るための焚き木の灯りに浮かび上がった祭壇の上に、既に『神降しの巫女』は居た。

 しかし今回は全く巫女らしい出で立ちではない。

 長い髪を降ろし後ろにまとめ、衣は白でも赤でもないく様々な色の長く引き摺るような衣の重ね着だった。

 さぞ重そうな出で立ちかと思えば、当の本人は全く苦にしている様子はない。

 むしろ厳かさが増して、周りの空気が張り詰めた感じがする。


 演奏が始まると、大きな飾り紐の付いた扇子を見事に操り、まるで流れる様な舞だった。

 これまで観たこのもない新しい舞だ。

 たった一人ソロでの舞だが、その存在感は複数人グループで舞ったとしても及ばない。

 むしろ邪魔にすら思えるだろう。

 誰もが目が離せず、舞を見入ってしまう。

 しかしその見事な舞の間に異変が忍び寄ってくることにまだ誰も気が付かない。


 舞の終盤になる頃、ようやくその異常に気が付き始めた。

 明るい……?

 満月の光が舞台を照らし、太極殿全体を光が覆い始めた。


「何故……」


 太陰暦二十七日の月を暁月ぎょうげつと呼び、本来は夜明け前の東の空に上がるはずだ。

 しかし天上には丸い月がいつもよりも眩しい光を放っていた。


「これは……岡本宮の落成の儀の再現では?」


 誰ともなく声が零れる。

 斉明帝の即位の儀の一年後、『神降しの巫女』が見せた奇跡の再現。

 突如として新月の夜に月が現れたのだった。(※第八章『ファイナルコンサート』ご参照)


 あの時は月が光を放つ子供となって降りてきた。

 しかし今回は月に変わった様子はない。

 だがその月から何かがこちらへと向かってきた。


 ………


 雲に乗った人々と……輿?

 十数人の高貴な衣を纏った貴人が雲に乗って降りてくるのが見えた。


「月からの使者なにものか?」


 異様な光景に会場のざわめきが収まらなくなってきた。

 にも拘らず『神降しの巫女』の舞は一向に終わらない。

 まるで舞う事で『月の使者』を呼び寄せ居ているかのようだった。


 そしてついに『月の使者』は高い祭壇に並ぶ高さまで降り、『神降しの巫女』の舞は使者への挨拶を以て終演となった。

 もはや誰もがその使いの衣の柄までも確認できるほどの至近距離だ。

 しかし顔が分からない。

 見えているはずなのに認識できないのだ。


 会場を警備する者達は、はっと我に返り壇上に近づき弓を構えようとした。

 しかし弓を引く力が入らず矢が飛ばない。

 ようやく放った矢は十尺(3m)も飛ばず、ポトリと落ちた。

 逆らおうとする者達は段々と身体が重くなり、その場にへたり込んでしまった。


 するとおもむろに『月の使者』が声を発した。


『ここにいるかぐやは月の世界で罪を犯し、その罰としてこの穢れた地上へと堕とされた。

 しかし!

 此度、地上を覆う穢れが祓われ、かぐやは罪を許された。

 これを以てかぐやは天上へと還る事と相成った!』


 会場中に悲鳴のような声が上がる。

 今、誰もの想像を超えた出来事が起こっているのだ。

 目出度いはずの即位の日に『神降しの巫女』が役目を終えて月へと還るとは?


『さあ、かぐやよ。

 清浄なる月の都へと還るのだ!』


『神降しの巫女』は一言も声を発しないまま、『月の使者』の言葉に従おうとした時、一人の男が声を上げた。


「待て! 待つのだ! かぐやよ!

 其方は我が妃だ。仲間だ。

 これからもこの飛鳥に残り、我々と共に思い出を重ねていこう!

 頼む、ここに残ってくれ!」


 天武帝である。

 帝としてではなく、一人の男として引き留めようとした。

 その姿を見た周りの者達は、高貴な『月の都の使者』に対等に渡り合える器を持つのは彼しかいないことを悟った。

 ここにいる全ての者達は『月の使者』に気圧され、声が出せなかったのに……。


「この世界に降りてきて幾月歳、帝におきましては並々ならぬお心遣いを頂き感謝に耐えません。

 しかし心ならずとも、私は元居た世界へと還らねばならなくなりました。

 せめて天に昇る私を笑顔で見送って下さいまし」


『神降しの巫女』・かぐやが今日初めて口を開いた。

 が、それは離別の言葉だった。


「かぐや~! 行かないでたも~!

 妾達はかぐやの事を家族の様に慈しんでいるのじゃ。

 ここに残って、私達を見守ってたも~!」


 親友である鸕野皇后の必死の引き留めに、かぐやの表情に影が差す。


「月の出る夜は私の事を思い出して下さい。

 私はいつまでも空の上からお見守り致します」


 かぐやはそう言って『月の使者』から手渡された羽衣を纏った。

 するとかぐや自身が眩しい光を放ち、使者の行列にある輿へとすぅっと乗り込んだ。

 呆気にとられる観衆を他所に、雲に乗った使者の一団は眩しい光を放つ満月へと吸い込まれる様に帰っていき……、そして仮初めの月が弾け、空一面に光の粒が覆い、儚く消えた。


 残ったのは例えようのない消失感。

 この場にいる誰もの胸の内に天女が役目を終えて還ってしまったという事実だけが去来した。



(つづく……のかな?)

さて、いよいよ……というか、これで最終回にしようかな?


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