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相談・・・(2)

 斉明帝のお墓参りの後、お婆さんに私が悩みを抱えていると見抜かれ、今置かれている状況を素直に話しました。


 私が千四百年もの未来からやってきた事。

 未来へ帰るか古代に残るか選択を迫られている事。

 古代に残るにしても飛鳥からは離れなければならない事。

 未来は便利だけどとても窮屈な世界である事。


 そして……残された時間が少ない事を。


 ◇◇◇◇◇


「あと十八日までに決断せよと申し付けられました」


 絶句するお爺さんとお婆さん。

 心の準備もままなりません。


「そんな……いきなり過ぎやしないのか?」


 やっとことでお爺さんが声を絞り出しました。


「お忙しい神様のご都合との事です。

 むしろ特例としての扱いのなのだそうです」


「特例と言われても全然嬉しくないのう」


「神様と私達とでは考え方が違うのだと思います」


「するとかぐやは、私達と一緒に居たいから、かぐやの世界にへ行くか、飛鳥を離れて何処かで暮らしたい、のどちらかを悩んでいるというなんだね?」


 お婆さんが要点をまとめます。


「はい、その通りです」


 本当はもう一つ。

 皆の記憶を消して、私一人だけが未来に還るという選択肢があるのは内緒です。


「私はかぐやと一緒なら何処だって平気だよ」

「ワシもじゃ」


「しかしよく思い直して下さい。

 長年住み慣れた讃岐を離れるのです。

 知り合いも誰も居ないのですよ」


「「…………」」


 老人にとって故郷を離れるというのは酷な決断です。

 特にお婆さんは斉明帝に付き添って吉備を離れて、中大兄皇子の秘密を知っているからとみやこを追われ、逃れた先で見つけた安住の地が讃岐なのです。

 お爺さんにしても、生まれ育った土地です。

 頼れる人もいない場所へ行くのはものすごく不安でしょう。

 この時代には年金も介護施設もありません。

 一体何処へ行けばいいのかすらも分からないのです。


「どうしても飛鳥を離れなくてはならないのか?」


「飛鳥を離れる……というよりも帝や阿部あべの御主人みうし様、物部麻呂様、大伴御行様、それに忌部子首いんべのおびと様とも距離を置かなければならないでしょう。

 彼らは千四百年経った未来でも名を残す偉人なのです」


「すると衣通ちゃんもかい?」


「そうなります。

 讃岐に居て、この方々と係りを持たないとはならないでしょう」


「当てはあるのかい?」


「全く御座いません。

 美濃には十年以上過ごしましたので、土地勘はあります。

 しかし村国男依様は先の戦で最大の功を挙げた御方です。

 匿うようにお願いするのは吝かでは御座いませんが、周りの方々が私を放ってくれるのか分かりません」


「少しくらいならええじゃろう?」


 まだ事の重大さを把握していないみたいなお爺さんの発言です。

 無理もありませんが、これだけはしっかりと説明しておかなければなりません。


「歴史を歪めるとどうなるのか?

 建クンに同様の事が身に降りかかりました。

 本来ならば十五年前に夭折ようせつするはずの建クンは原因不明の高熱を出して、私の持つ神の御技でも治すことが出来ませんでした」


「その辺はコソコソッとしておれば大丈夫じゃろ?」


「最悪の場合ですが、あまねく人の私の思い出を消し去ると神の御遣い様は仰ってました。

 父様、母様も私の事を全て忘れてしまうのです」


「その様なことが出来るのか?!」


「覚えがあります。

 周囲の人々が目にしていた私の行動が、別の記憶に置き換わっていたことがありました。

 神様は人の思い出も精神こころも簡単に消してしまう事が出来るみたいです」


 建クンの看病の時に人目を憚らず光の玉をチュンチュンと連打しておりましたが、後になって後宮の皆さんの記憶は違うものになっていました。(※第八章『有間皇子の変』参照)

 きっと同じ事が起こるのでしょう。


 でも私も似たようなことが出来る事は内緒にしておくことにしました。

 奥の手ですから。


「それじゃあ、八方ふさがりじゃないか」


「ええ、本当にどうすれば良いのか……」


「あと十八日なんだね?

 それまでにどうするか一緒に考えよう。

 だけど誰に相談すればいいかね?」


「やはり秋田様でしょうか?

(視線は正直ですが)口は堅い方ですし、各地の事をよくご存じです。

 私が未来から来た事もご存じの方ですし、事情を説明すれば親身になって相談に乗ってくれると思います」


「秋田殿は知っておったのか?!」


「ええ、帝に反逆しようとするためには、私の素性を話さずして協力は得られません。

 戦に関わった方は皆ご存じです」


「何か寂しいのう……」


「爺さんや、かぐやは私達に心配を掛けたくなかったのよ」


「私が普通の娘ではない事を承知で、これまで愛情を持って育てて下さって感謝しか御座いません。

 これからも私が父様、母様と離れたくないというのは我儘なのかも知れません。

 それでも宜しければどうか傍に居させてください」


「勿論だよ、かぐや」

「そうじゃ、もしかぐやを連れて行こうとする者が居たら私は全ての兵を差し向けて、追い払ってやる!」


「父様、お願いですからその様な物騒な事は仰らないで。

 相手は神様なのです。

 どの様な罰が下るのか分かりません。

 本当に思い出を消されてしまいます」


 記憶をなくした七十過ぎのお爺さんがどうなるのか?

 想像するだけで寒気がします。

 お婆さんがお爺さんのおしめの交換をする姿が思い浮かびます。


「では、秋田様にお越しに来られるよう、便りを出しますね」


 少しだけ話が進展しましたが、この日は結論が出ませんでした。


 ◇◇◇◇◇


 三日後、秋田様が来られましたので、公務を休み宮で秋田様との話し合いの場を設けました。

 忌部の方も同席したいと申し出がありましたが、内容が内容なだけに他人には聞かせられません。

 お妃様の権限で退席させました。

 お爺さんお婆さんの前では話し難い内容も一部ありましたので、席を外して頂きました。

 男女二人きりになることは出来ませんので、護衛と付き人のシマちゃんが後ろに控えています。


「ようこそお越し下さいました。

 早速ですが秋田様にご相談したことがあり、この場を設けました」


「姫さ……いえ、もう東宮様の妃になられたので姫様ではありませんね。

 かぐや様が私を呼び出して相談という事は、また戦の準備をされるのでしょうか?」


「美濃に居た時も秋田様を呼び出して戦の準備に巻き込んでしまったのはもう十以上年も前の事ですね。

 秋田様には讃岐に居る頃から本当にお世話になるばかりで大変申し訳なく思っております」


「そんな、今更ですよ。

 またまたかぐや様のお役に立てるのであるのなら、何なりとお申し付けください」


「ありがとうございます。

 でも実はもう私の役目は終わってしまったのです」


「それならば今後はここに残り、東宮様をお支えなさるつもりで?」


「いえ、私はここを去ります」


「!!! どういうことですか?」


「先日、神託が下りました」


 この後、三十分ほどかけて、驚く秋田様に神の御遣いに告げられた内容、そしてお爺さんお婆さんと話をした内容について事細かに説明しました。

 やや青ざめた秋田様は黙ったまま、私の話に耳を傾けて下さいました。


「なるほど……。

 かぐや様は神によってこの先の歴史に関わる事を禁じられたのですね。

 関わらないためには、かぐや様と造麻呂みやっこまろ殿ご夫妻と共に、ときを渡るかもしくは誰の手の届かぬ何処かへと逃れなければならない……という事ですね」


「私にとって、何処へ行こうと残された身内は父様と母様だけなのです。

 二人を悲しませることは絶対にあってはならない事です。

 なので第三の方法として、父様と母様の中にある私との記憶(思い出)を消してしまい、私が独り元の世界へと還る事を考えております。

 ……いえ、今はこれしかないのかも知れないと思い始めております」


「それは止めて下さい。

 お気持ちは察しますが、お二人にとってかぐや様の思い出は掛けがえのないものです。

 それを消し去ってしまうのはあまりに残酷です」


「二人が悲しむのを見ていられないの!」


「ならば私がかぐや様と造麻呂殿ご夫妻が安心して暮らせる場所を探します。

 あと十五日ですよね?

 何としてでも見つけます!

 だからくれぐれもその様な悲しい事を仰らないで下さい」


 すごい剣幕で秋田様が私に詰め寄ります。


「は、はい。宜しくお願いします」


「では、早速行ってきます」


「何処へ行かれるのですか?」


「最優先するべきことは造麻呂殿ご夫妻が何の憂いもなくお過ごし頂ける場を見つける事です。

 必ず探し当ててみせます」


「ありがとうございます。

 良い知らせをお待ちしております」


「お任せ下さい」


「ところで……」


「何ですか?」


「これはこれまでのお礼と今回のご依頼の報酬代わりです。

 心ばかりも品物ですがどうかお納めください」


 シマちゃんにお願いして100サイズくらいの木箱を差し出しました。


「これまで私が集めました趣味うすいの書です」


「こ……これは」


「ここを去る私には必要のないものです。

 秋田様に(第一人者の座を)お譲り致します」


 秋田様の表情はこれまでに見た事のないくらいにやる気に満ちた表情かおになっていました。



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