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新春の宴

 業務改革が一巡して、私は後宮の皆さんに一通り嫌われました。

 コンサルタントに厳しい事を言われて感謝する人はいません。

 きっと、チクチクと細かい事を言う、うる(せい)奴だと思われたでしょう。


 現代で総務部に所属していた頃、業務改革の一環として5S(ごエス)の徹底を指導され、机の中まで「これは何?」「必要な物なの?」「貴女はこんなに糊を使うの?」と逐一チェックされました。

 そして持ち過ぎているボールペンや所在不明になりがちな鋏などを全て一番上の引き出しの姿置きにさせられました。

 こうすることでチマチマと事務用品を探す時間が節約でき、その時間を累積するとかなりの工数になるというのがコンサルタントさんの言です。

 悔しい事にその通りなので文句を言えませんが、そのコンサルタントさんが好かれたという事はありません。

 今回の私のしたことはそれと同じですので、皆さんに嫌われて当然だと思います。

 人事権にも一部介入して強権を振るい、何人か解雇しましたし……。


 ひとまず仕事と人の流れが改善できたところで、私はコンサル業から手を引きました。

 本来やるべき仕事ではないですし、やりたい事でもありません。

 それにこれ以上嫌われるのは正直キツいので、今後はそれぞれの司の長官かみが順次手引書を改善(Ver UP)して貰うようお願いしました。


 ◇◇◇◇◇


 さて、年が明けて、新年の儀が執り行われました。

 今年の正月は帝が不在となりますが、事実上の帝である東宮様が儀で昨年の戦の功労者に向けた報償と、敵方の群臣まえつおみの刑罰を発表しました。


 まず、蘇我赤兄そがのあかえ巨勢比等こせのおみひと、そしてその親族は流罪との事でした。

 意外にも死罪ではありませんでした。

 新春の儀で中臣金なかとみのくがね様が祭司を行わない事は知っておりましたが、その実は私達が大津宮を後にした時に金様は自害されていたという事をこの時初めて知りました。

 最後のお話をした時には晴れ晴れとしたご様子でしたが、まさかあの後に……。

 きっと大友皇子様の行先をご存じの中臣金様は自らの口封じをされたのだと思います。


 金様を除けば、今回死罪となった方はいなく、殆どが流罪となり何れは中央へ戻るだろうとの事です。

 他は戦に参戦した方でもすべて無罪とし、全員が赦されたのだそうです。

 つまり大友皇子のお付きだった麻呂クンも罪に問われず、官人くにんとして復帰するはずなので、少しだけホッとしました。

 古代基準にしては緩い罰ですが、人材を減らす愚を侵したくない東宮様のご意向が反映されたそうです。


 ちなみに今回の新春の儀では私の舞は封印されました。

 来月末にある即位の儀の際に、東宮様に箔を付ける(ロンダリング)ため斉明帝の時の様な光の子供を降ろして欲しいとリクエストされました。

 そんなに光りモノがお好きなら、マツケ○サンバでも踊ってやろうかしら?

 ♪ オーレィ! ♪


 その代わりという訳ではありませんが、その翌日、家臣や主だった有力者を集めて宴が催されました。

 昨日の敵は今日の味方……という訳ではありませんが、昨年、命懸けで戦った者同士、席を並べて盃を酌み交わすことになったのです。


 そしてその宴の中に、私は居ります。

 真っ二つに割れた宴の配列のど真ん中に。

 なんでぇ~~~!!


 ◇◇◇◇◇


 宴の席が完全に右と左で陣地が分かれています。

 大海人皇子様の軍勢で主だった方々は天智帝の未来視を逃れるために結成された経緯もあり、高官はおらず、中級以下の官人や地方の豪族ばかりです。

 片や敵軍だった近江側の方々は、大臣クラスは死去するか流刑となり不在ですが、それなりに地位に居た方ばかりです。

 戦の後は試合終了ノーサイド、お互いの怨恨を水に流しましょういうのが宴の趣旨ですが、この空気は流石に居たたまれません。


 その様な中、上席に座る私の元にやって来たのは、旗頭を務めた高市皇子です。


「かぐや殿……いや、今は父上の妃ですのでかぐや様とお呼びするべきでしょうか。

 戦では何から何までお世話になったのに、お礼が遅くなり申し訳御座いませんでした」


「いえ、私こそ戦が終わるや否や讃岐へと戻ってしまい、お礼を言わないままで申し訳なく思っておりました」


「今になればかぐや様の行いの正しさは疑うべきも無いのですが、初めて御行殿に美濃へと連れられた時は、なんて事をするつもりなのだと思っておりました。

 お礼もそうですが、私の浅慮につきましてもお詫びしたいと思っていたのです。

 もしお気が済みませんでしたら、髪の毛を一本残らず抜いてしまっても構いません」


「い、いえ、あれはつい手が滑ってああなってしまっただけで、そうしようとしたのではないのですよ!」


 横で私達の会話を聞いて、東宮様が笑いを堪えております。

 もう一回出家させて(ピッカリにして)やろうか!?


「私こそ高市様には感謝しかありません。

 一番の責任のあるお立場に就いて、ひと月もの間、軍勢を率いたのです」


「しかし私は何かを為したとは思っておりません。

 与えられた役割の上に腰掛けていた様な気分です。

 実際に指揮したのは村上殿や大伴殿ですから」


「それは誤解に御座います。

 上に立つ、という事はその責の重さに耐えなければならないのです。

 誰しもが出来る事では御座いません」


「確かに責の重さは感じておりました。

 あの頃の私は敵軍は盤石であり、付け入る隙などあろうはずがないと思っておりました。

 我が命も危うくなるだろうという覚悟はしておりました」


 すると東宮様が横から話し掛けてきました。


「高市よ、其方の働きを私は誇りに思う。

 経緯がどうであれ、決断したのは其方だ。

 その決断が無ければ、今、私はここに居なかっただろう。

 だからこそ改めて礼を言わせてくれ。

 よくやった」


「父上……、有難きお言葉、有難うございます」


 東宮様は計画の当初から高市皇子を旗頭にすべく動き、高市様を天智帝に一度も会わせずに軍学や武芸を鍛えさせていました。

 今回の戦で一番の評価を受けたのも頷けます。



 次にやって来たのは物部麻呂、麻呂クンです。


「かぐや様、無事戻って参りました。

 ご心配お掛けしたことをお詫び申し上げます」


 横に東宮様がいらっしゃるので、大友皇子に関わる際どい会話は出来ません。

 堅苦しい挨拶で誤魔化します。


「物部様は大津宮でご活躍されたと聞き及びます。

 今後はその能力を東宮様の元でも発揮されることを期待しております」


 ここぞとばかり東宮様に麻呂クンを売り込みます。

 そこへ御主人ミウシクンがやって来ました。


「此度は御成婚、伏してお祝い申し上げます」


 私と東宮様に向けて入内のお祝いの言葉を述べました。

 私としては形だけの入内なので祝われると困ってしまうのですが、人前で否定するわけにはいきません。

 フリーズしていると東宮様が返答しました。


「倉梯殿、其方は此度の戦で高官に立場にありながら高市に行動に賛同してくれた数少ない者だ。

 是非とも私の施政において、協力をお願いしたい」


浅学非才せんがくひさいの身なれ度、私に出来ますことが御座いましたら何なりとお申し付けください。

 またその際にはここに居ります物部麻呂にもお声がけください。

 昔馴染みですが、亡き藤原様がお認めになるほどの者です。

 きっとお役に立つでしょう」


 御主人みうしクンも強力に麻呂クンを推し(プッシュ)ます。


「それは有難いな。

 此度の戦でも物部殿の話は耳にしている。

 決して軽んじる事はせぬから安心するがいい。

 だがこき使われる覚悟はしてくれ」


 東宮様らしい励まし方ですね。

 実のところ、大津宮の内通者として麻呂クンの協力があった事は話をしております。

 周りの目もありますので、その辺をぼやかした言い方で励まします。



 またまた人がやって来ました。

 大伴馬来田様、吹負様、御行クンの三人組です。


「東宮様、大願成就御目出とうございます。

 わははははは」


 馬来田様はすっかり出来上がっております。

 何の大願成就なのでしょう?


「兄上! またその様な事を!

 申し訳ない。

 兄上は酒が好きなくせに弱いので立った一口二口でこうなのだ」


 吹負様がフォローします。


「昔からの付き合いだからよく知っている。

 だが残念ながら成就はなっておらぬのだ。

 あまり祝ってくれるな」


 困り顔で東宮様が返事します。

 ますます何が成就なのか分かりません。


「かぐや様、御成婚改めておめでとうございます。

 大伴氏一同を代表し、お祝い申し上げます」


 一同を代表?


「御行様、もしかして大伴氏の氏上うじのかみになられたのですか?」


「はい、これまでの成果を認められ、特に叔父上らの後押しもあり氏上へと推挙されました」


「それはおめでとうございます」


「ありがとうございます。ただ……」


 少し困ったような様子の御行クンです。


「ただ……何ですか?」


「厄介事を押し付けられたような気分なので祝われてしまいますと困ってしまいます」


「気持ちは分かりますが、きっとお父上の長徳ながとこ様の様な立派な氏上になられると思います」


 これは私の素直な気持ちです。


「大伴御行よ。

 十二年前、其方にかぐやの捜索を命じた事は、今でも本当に良かったと思っている。

 其方は私の期待以上、いやそれを遥かに超えた働きをしてくれた。

 今後とも其方の働きを期待している」


「……はっ!」


 取りになったばかりの時は、上司の有能さ故に打ちひしがれていた御行クンですが、これまでの働きが認められ、今や立派な高官候補です。

 目に涙を浮かべ、喜びを噛み締めていました。


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