かぐやの輿入れ・・・(2)
東宮様、こと大海人皇子の妃となる事になったかぐや。
輿に乗り、数百の兵士を引き連れ、さながら参勤交代のような大名行列を為して一行は飛鳥京へと向かうのであった。
◇◇◇◇◇
京が近づくにつれ、野次馬が増えてきました。
讃岐の兵士は皆、鎧兜を身に付けて刀を腰にぶら下げ、長い槍を担いでいて、正に戦場へと出陣する武士かの様です。
一見すると飛鳥へ討ち入りと思われるかも知れません。
四十七士が八組くらい出来そうな数で、です。
吉良さんも真っ青ですね。
行列は飛鳥京の真ん中まで続く予定で、飛鳥京に近づくほど周囲の声が大きくなってきました。
だからと言って行列を止める理由も見つからないので、このまま飛鳥京へと向かいました。
明確な境目は無いのですが、この橋から先は飛鳥京という感じの場所にまで進むと声が聞こえてきました。
「止まれぇー!!
ここから先、軍勢が通る事はまかりならーん!
引き返せぇー!!」
武装した近衛兵が二十人ほど居て、その兵士長らしき人が精いっぱいの声を振り絞って制止したのです。
その声は行列の真ん中よりやや後ろ側の位置にある私の輿にまでどうにか届きました。
伝令が私にその状況を知らせに来たので、私は輿を降り列の先頭のさらに先の兵士長さんの前にまで進み、お願いをしました。
「私は讃岐評の評造の娘、かぐやと申します。
此度は東宮様への輿入れのため、やって参りました。
この兵士らは東宮様により招集された者達に御座います。
引き返すことは儘為りませんため、お通し下さい」
本来なら伝令役の仕事でしょうけど、押し問答になって時間を損失するくらいなら、ズバッと言ってしまった方が後々のためです。
それにまさかこれだけの兵力を使って嘘をつく人はいないでしょう。
話を受けた兵士長さんも反論できずに困惑しております。
「私達はここで暫し休養を取ります。
その間に、ご確認を願います」
仕方がないのでこちらから妥協案を提案しました。
「わ、分かった!」
早々に兵士長さんは部下に命じて、急いで宮へと確認へ行かせました。
私は兵士の取り纏め役(※実はシマちゃんの旦那さん)に休憩を指示させるよう命じました。
通行人の邪魔にならない様、路肩に退避して五百人の兵士が胡坐をかいて休んでおります。
兵士達は一様にだらっと休んで、殆どの人が木陰で立ち○ョンしております。
アンモニアの匂いがプンプンとします。
私達の居る場所を通行人さん達はそそくさと足早に通り過ぎていきます。
この兵士たちの事実上の頭領が自分だと思うと……うーん。
半刻(一時間)ほどしたら、高官らしき方がやって参りました。
「かぐや様、お待たせして申し訳御座いませんでした。
我々がご案内いたします」
先触れは出したはずですが、連絡が行き届かなっかったのか、それとも勝手知ったる飛鳥京ということで案内は不要と判断されたか、はたまた放っておいたら大事になって慌てて取り繕ったのか、は分かりませんが案内人が付きました。
実際、飛鳥京の詳細な地図が手元にありますので案内は要りませんし、飛鳥京を攻めようとするのならどこをどのように攻めるのまで丸分かりですが。
こうして大仰な行列は、やっとのことで飛鳥京へと入って行きました。
◇◇◇◇◇
飛鳥京に用意された宮は、いわゆるごく普通の飛鳥仕様のお屋敷です。
古墳時代を彷彿させる純朴な木造住宅で、よく言えば伊勢神宮の内宮の劣化版、別の言い方をすれば家型埴輪みたいです。
これまで自分が好き勝手に建ててきた屋敷が耳朶の最先端のその先を行き過ぎていたことを改めて感じました。
何はともあれ、兵舎もありますので兵士の皆さんはそちらへ行って、私達は真新しい宮に入りました。
まずは新しい宮で新生活のための準備に取り掛かりました。
しかし岡本宮へはまだ行けません。
入内の儀を経ませんと妃とは見做されず、勝手に入る事は許されません。
過去を振り返りますと、難波宮でも大津宮でも不法侵入をやっていた様な気がしますが、きっと気のせい♪
同じ理由で東宮様もノコノコとはやって参りません。
代わりに使いの方が行き来して、今後の予定について指示を仰ぎます。
そして、それ以外の人達は皆さん大挙してやって来ました。
一番最初のお客様は鸕野皇女様、もうすぐ正式に皇后となられる御方です。
「かぐや~、よく来たのじゃ。
何でも飛鳥京を攻め落としに来たともっぱらの噂じゃ。
旦那様がお小言言っておったぞ」
「申し訳ありません。
もう少し武装を隠すとか何かしら配慮すべきでした」
「何も受け入れ準備をしていなかった旦那様の落ち度でもある。
気にすることは無いのじゃ。
これからは同じ旦那様を持つ身として仲良くしていこうかえ」
「快く受け入れて下さいまして有難き事に御座います。
しかし本当に宜しいのでしょうか?」
「何がじゃ?」
「私に東宮様を横取りされるとか、『この泥棒猫!』と罵りたくなるとか、自分を貶めした愛人に復讐するとか、お考えになりませんか?」
「相変わらず意味不明な理屈を言うのう。
じゃが、旦那様を横取りすることは誰にもできぬじゃろう。
元々、旦那様は額田様を一番にお想いになっていたのじゃ。
他の妃は世継ぎを産むために父上や他の者らからあてがわれた姫ばかりじゃ。
妾を含めてな。
ただ妾はこの十年、東宮様に寄り添いずっと支え続けてきたという自負もある。
草々に寝取られはせぬじゃろう」
「ええ、私としましても東宮様を横取りするつもりは全く御座いません。
妃という名の采女に仕官したような気持ちでおります」
「それはそれで寂しいの。
かぐやには想い人は現れなかったのかえ?」
「ええ、……実は現れました」
「ふぉぉぉぉぉ!
あの男っ気の無い『もじょ』だったかぐやにもその様な者がおったのか。
是非是非聞かしてたも!
ささっ、早く、早く!」
相変わらず他人の恋愛話が大好きな鸕野様です。
「以前申しました、私の前に現れる運命の五人のは話を覚えてらっしゃいますか?」
「ふむ、忘れるはずが無かろう。
あんなにも面白い話はなかなかないからの」
「斉明帝が教えて下さったのです。
運命の求婚者の一人『石作皇子』は建クンだと。
建クンの実のお母様は石作氏に連なる方なのだそうです」
「ほぉぉぉぉぉ、そうじゃったのか!
つまり、かぐやは建と結ばれたいう訳じゃったのじゃな。
つまり、つまり、かぐやは正太という事かや?」
「違います!
この話に続きがあるのです」
「何じゃ、想い人が建で、かぐやは建より一回り以上年上じゃ。
可哀そうに成人する前に亡くなってしもううたが、建の想いが通じたのじゃろ?」
「少し違います……いえ、かなり。
建クンが父親の天智帝の手に掛かって命を落とす姿をこの目で見てしまいました。
その次の次の日でしたか……建クンが私の夢に出てきたのです」
「夢? かぐやの夢に建がか?」
「ええ、夢の中で建クンはハキハキと話をして、出した食事を美味しそうに平らげて、そして私の事を好きだと言ってくれました」
「それはそうじゃろう。
建はかぐやとは切っても切れぬ仲じゃ」
「でもそれだけでは無かったのです。
建クンは……私が千四百年後の世界に居た時の恋人……、相思相愛だった想い人に生まれ変わっていたのです。
神の御使い様がその様に取り計らってくれたと教えてくれました。
建クンは千四百年後まで追いかけてくれて、私を見つけてくれたのです(ぐすぐす)」
「ちょっと待って。
かぐやが千四百年後の世界からやって来たのは知っておるが、そこの世界で相思相愛の想い人が建じゃったとな?
つまりかぐやはそうと知らずに想い人であった者が、実は建じゃったという事かえ?」
「はい、その通りです。
建クンはハッキリと言いました。
『今度は僕からお姉ちゃんのところへ会いに行くから』と。
……その人の姿で(ぐすぐす)」
「そうじゃったのかぁ~。
千四百年も未来まで追い掛けるなんて建もやるものじゃのう。
そうかそうか、建の想いはかぐやに届いておったのかや。(ずびずび)
そうかぁ~、良かったのう、建……良かった(ずびずび)」
鸕野様も建クンを思い出して、号泣しながら大喜びしております。
私も涙が止まりません。
暫くの間、二人して目を腫らすまで泣き合いました。
…………
「すると、かぐやの心はもう建以外の事は考えられぬという事か?」
「そうですね。
建クン以外に魂の結びつきみたいなものを感じる相手とはもう出会えないと思います。
もちろん恩義を感じている男性はたくさんおります。
東宮様もそのお一人です。
しかし伴侶となるのはあまりにも畏れ多いですし、一人の采女としてお仕えしたいと思っております」
「そうなんじゃ。
だとすると旦那様もガッカリじゃな」
「どうしてですか?」
「旦那様の様子を見ていると、かぐやの入内を楽しみにしている様子なのじゃよ。
妾の推測じゃが、初めて会った時からかぐやに気が有ったらしいのじゃ。
だとすると旦那様はフラれてしもうたという訳じゃ」
「ええっ? だって『残念な女子』と言われたのですよ?
しかも東宮様の横には額田様もいらっしゃったし。
気が有ったのではなく、残念さが気になったの間違いではないでしょうか?」
「旦那様も、額田殿も完璧な御方じゃ。
それゆえかぐやの様な優秀なくせに残念なところが新鮮に見えたのじゃろう。
妾もかぐやの残念さは好ましいと思うとる。
完璧なかぐやなんて、近寄り難き過ぎるのじゃ。
何せ世間では天女様として崇められておるのじゃからの」
もしかして今回の輿入れって本気だったのですか?
(つづきます)




