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東宮の求婚・・・(2)

『なよ竹の赫夜かぐや入内じゅだいをここに告げ示さん。

 是非とも嬉しきことに候えり候ふ』


 東宮様より承った手紙に書かれた衝撃の一言。

 ご本人が自らやってきて説明してくれました。


『再び内裏に入って欲しいけど采女うねめ仕官の年齢条件が(ごにょごにょ)ため、入内という方法で後宮に入って欲しい。入った後は好きにしていいよ』

 という破格の待遇です。

 年齢制限については思う所がありますが、お爺さんとお婆さんとのお屋敷も用意して頂けるという事ですし、斉明帝の時に遣り残していた事をやりたいという気持ちもあります。

 あの時はあまりにも突然な終わり方でしたから。


 そう言った意味では現代でも放ったらかしにした仕事が結構残っておりますが、今の私にはどうしようもありません。

 誰かが代わりにやってくれることを期待しましょう。

 漫画ワンオペじゃあるまいし、私一人が居なくなったところでシステムが動かなくなって会社が傾くなんて事はありえませんから。


 とりあえず、入内の受諾の旨を書簡に認め使いを出しました。

 だからと言って今すぐ何かをするわけではありません。

 屋敷の準備だの、戦後処理や、東宮様が帝となるための根回しなんかもあります。

 大王だいおう一族や、有力氏族、各地の豪族などから横やりが入るのは余り宜しくないみたいです。

 孝徳帝、斉明帝、天智帝での一連の政策で豪族の力を削ぎ、大王の力を増すことが出来ましたが、それでも尚多数派工作が必要だそうです。

 戦後処理の一環として論功行賞を行い、足場を固めるのは必須。

 即位と同時に勲功のあった人々に、爵位する段取りとなっています。

 面倒臭そうですね。

 先日も讃岐いなかにフラリとやって来ましたからお暇そうに見えましたが、その実かなりお忙しいみたいです。


 少なくとも入内は半年以上先になりそうなので、讃岐に居た昔の様にだらだらと過ごしておりました。

 これぞスローライフですね。


 ◇◇◇◇◇


 実りの秋を迎える頃、再び東宮様からのお使いの方がやって参りました。

 お使いは多治比様でした。


「ようこそお越し下さいました。

 遠路はるばる御足労頂きまして恐縮至極に御座います」


「いや、私に対してへりくだるのはお止めになって頂きたい。

 かぐや様は東宮様、ひいては帝の妃として入内されるお方です。

 そのおつもりで」


 らしくもなくお堅い多治比様です。


「実のところ采女として後宮に出戻るだけ形だけの婚姻です。

 それに妃というのは何かの間違いで無いのですか?」


「形だけとはいえ、格式は大切です。

 確かにかぐや様は畿内の小さなこおりの出ですが、造麻呂みやっこまろ殿は大山上だいせんじょうを承っております。

 何より『神降しの巫女様』のご高名を持つかぐや様を蔑ろにすることは、政権基盤を危うくするかもしれません。

 皇后の鸕野様は無論の事、妃様達の中にかぐや様を疎ましく思われる方は居ないと思います。

 額田様の覚えの良いかぐや様に苦情を申し入れる様な御方は居られないでしょう」


「額田様は今どのようにされておられるのですか?」


「額田様は亡き天智帝の妃のままというお立場ですが十市皇女様の御母君ですので、妃に殉じる扱いとなっております。

 毎日、お孫様の葛野王の相手をしていると聞いております」


「そうなんですか……、額田様もまた長く戦ってこられました。

 ごゆっくりとお過ごし頂きたいと心から思います」


「私もそう思うよ」


 段々と打ち解けて、言葉使いが以前の様に戻ってきました。


「ところで、此度のご訪問はどのようなご用件でしょうか?」


「あ、ああ、忘れるところでした。

 私も讃岐に来ると、昔いた時の様にのんびりとして気分になってしまうね。

 それで、ご要件は入内じゅだいの儀につきまして日程が決まったのでその連絡と、その段取りについて……に御座います」


 自分で口にして言葉使いが崩れていることに気付いたみたいです。

 慌てて取り繕ってますがバレバレですね。


「儀? 何か面倒なことをするのでしょうか?」


「いいえ、形式だけのものです。

 かぐや様にはお屋敷に居て頂くだけで結構です。

 東宮様が三日間挨拶に参られて、三日目に杯を交わすというものです」


 随分と質素ですが、古代の入内ではお輿入れとか行列パレードなんてことは無かったのでしょう。

 鸕野様の婚姻の儀では私が天智帝を焚きつけて豪勢にしてしまいましたが……。

 それに私の場合は便宜上の婚姻なので、儀そのものが必要ない気もします。


「承りました。

 お気遣い有難うございます」


「いや、東宮様の家臣たる私の仕事だし、他の者がこの役回りをするのは些か気分が良くないからね」


 多治比様らしくなく感傷的センチメンタルな発言です。


「そういうものなのですか?」


「そうだね、まだかぐや様が舎人となった十三だった時から、東宮様に気に掛けられていたことを知っている。

 今回の事は家内と共に喜んでいるよ」


音那おとな様にはあまりお話をする機会が無いまま、舎人を解雇になってしまいましたが、お元気ですか?」


「ああ、元気だ。

 音那はかけがえの無い伴侶だよ。

 家の事は殆どを任せている。

 まるで私の方が家臣ではないかと思う程だ」


「あらまあ、仲が宜しい事で」


「冷やかさないで下さいよ。

 何より私達が夫婦になるにあたって、かぐや様が後押ししたのです。

 喜んで頂きたいくらいです」


「もちろん喜んでおりますよ。

 ですが私が音那様を後押しした訳ではないのですよ」


「あれ程歌の催しを勧めておいてそれはないでしょう。

 あまりの強引なやり方に私は嫌われているのではないかと思ったくらいだ」


「嫌うだなんて、酷いです。

 あんなにも師としてお慕いしておりましたのに」


 嘘八百という言葉は飛鳥時代にあるのでしょうか?

 そんな事を考えてしまうくらいスラスラと出まかせが口から出てきます。


「今思うと、かぐや様のあれって私が運命の求婚者の一人じゃなかったかと思われて、あのような態度を取っていたと考えているけど、そうなのかな?」


「え………?」


「前に話をした時思ったんだ。

 阿部倉梯あべのくらはし殿に対する態度が、求婚されないための行動だったとすれば、私のもそれじゃないかとね。

 違うの?」


 飄々としたチャラ男のクセにこうゆう所は鋭い多治比様ならではの推理です。

 でも今更だからま、いっか。


「さすが多治比様ですね。御名答です。

 言い伝えによりますと五人の求婚者の一人に『石作いしつくりの皇子』様がおります。

 秋田様に調べて頂いたのですが、数ある皇子様の中で石作氏に該当する皇子様はただ一人、多治比古王様だけだったのです」


「父上が?

 確かに父上は臣籍降下しんせきこうかする前は皇子だし、父上の乳母は丹治たじひ氏の方だ。

 石作氏に連なる氏ではある。

 それにしても年が離れすぎてはいないかい?」


「ええ、そうなりますと多治比様が言い伝えの『石作皇子』であるかも知れません。

 なので多治比様にはとっとと誰かにくっ付いて欲しかったのです。

 良いお歳でしたし」


 多治比様が頭を抱えて絶句してしまいました。


「もしかして……私はすごーく君の身勝手な理由で嫁探しをさせられたという事?」


「御明察、恐れ入ります」


「何と言うか……、腹立たしいを通り越して力が抜けてしまったよ。

 結果として音那に出会えたのだから文句を言うのも今更だ。

 それにしてもそれはないでしょう?」


「時効と思いになりましてお許しくださいまし。

 ほほほほほ」


「時効って何か分からないけど、まあいいか。

 疑問が解けてスッキリしたよ。

 でも私はかぐや様に何も贈り物をした覚えはないけど?」


「あははは、実は『石作皇子』は別の方でしたので、その方から頂きました。

 ご安心下さい。あはははは……」


 今度こそ多治比様は言葉も出なくなりました。


「悪気は御座いませんでしたよ。

 でもほら、お父様が事ある毎に私を娶れなんて仰るので、身に降りかかる火の粉を取り除くためにもですね……ね?」


「いえ、お妃様であるかぐや様が謝る事ではありません。

 だけど少しだけ不平を言っても許されるとは思いませんか?」


「ええ、本当にごめんなさい」


「これで昔の私の失態をお許しいただけると幸いですが」


「失態? 何でしたっけ?」


「家臣に斬り掛かれた時の事ですよ。

 私はかぐや様を追い詰めた側に居りましたから」


「ああ、そんな事もありましたね。

 それでチャラならお安い御用です」


「はぁ……お願いですから、人前でその様な意味不明な言葉を口にしないで下さいよ」


「気を付けます」


「あ、そうそう。

 もう一つ、ご要件を忘れてました。

 来年早々に東宮様の即位の儀が執り行われます。

 儀ではかぐや様の舞をお披露目ください。

 宜しくお願いします。

 ……との言伝です」


 何ですと?



(つづきます)

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