東宮の求婚・・・(1)
『なよ竹の赫夜の入内をここに告げ示さん。
是非とも嬉しきことに候えり候ふ』
東宮様より承った手紙に書かれた衝撃の一言。
私はこの世界にやって来てからの自分の行動を振り返りながら、考えました。
◇◇◇◇◇
何故? 何で? どうして?
奥さんが10人以上いて、既に子だくさんの東宮様が何故私に求婚してくるのよ?
いやいやいやいや、何よりも皇后様の鸕野皇女様を敵に回したくありません!
何よりこの書状、何処となくおふざけが入ってません?
ひょっとして、真に受けておめかしして後宮へ行ったら「ドッキリ大成功!」って札が掲げられているとか?
でもちょっと待って。
私も敢えて考えないようにしていたけど、ここって『竹取物語』の世界なんですよね?
つまり五人の求婚者が現れる事は織り込み済みです。
そして先日、ラストワンだった御行クンの求婚を全力でお断りしたはず。
するってぇと、アレです。
ラスボスが現れるのです。
帝です。
斉明帝からは求婚の申し込みはありましたが、それは建クンの伴侶としてでした。
天智帝に至っては命のやり取りをする間柄でした。
アレを求婚とは言わない筈。
少年ジャ○プでもない限りは……。
なのですっかり油断しておりました。
早速、私のお部屋に隠してある竹取物語のあらすじを記した覚書を取りだして読み直しました。
……ふむふむ。
【ためになる竹取物語、帝の求婚編】
五人を蹴散らしたかぐやの評判は帝の耳にまで届き、「かぐや姫の顔が如何ほどか見てこい」と命令された女官が讃岐まで派遣されました。
だけどかぐやは女官さんに全く会おうとせず、女官さん大激怒。
「帝のお言葉を何と心得る!
無礼者め、頭が高ーい。控えおろー!」
それでも言う事を聞かないかぐやに帝はあの手この手で会おうとしました。
お爺さんを脅したり、官位を餌にかぐや姫を宮仕えさせようとしたり、ついには行幸(※巡礼)に託けて直接会いに行って実力行使に出たり……と、求婚者5人に負けず劣らずの女好きぶりを発揮します。
それでもそれでもかぐや姫は宮仕えを断固拒否して、かぐやを手籠めにすることに失敗した帝は去って行きました。
そして帝とかぐや姫は清く正しい文通交際を続けたのでした。
【かぐや姫の昇天へとつづく】
流石に帝に対して無理難題は言いませんが、頑なに拒否するのは変わりありません。
国の最高権力者にもNoと言えるかぐや姫は古代の価値観に染まらない凛とした女性像として現代にまで語り継がれる伝説のモテ女です。
片や偽かぐや姫である私は、国の最高権力者にケンカを売るわ、後宮に薄い書を流行らせたりとやりたい放題で、結局五人の求婚者から求婚される事無くアラサーとなった伝説にもならない喪女です。
なのに何故東宮様は私を入宮させようなんて酔狂な事を言い出したのでしょうか?
判断する材料が無さ過ぎて、わけわかめです。
◇◇◇◇◇
さて、東宮様からの書状が届いて数日後、どうしようか悩んでおりますと思わぬ来客がやって参りました。
武装した武人達を従え、ひと際立派なお馬さんに乗った東宮様です。
原作通り、私を手籠めにするためにやって来たのでしょうか?
お爺さんは慌てて正装に着替えて、東宮様を出迎えます。
私もお爺さんの後ろに控えて、お出迎えの列に参加しました。
流石に原作通りに部屋へ籠って会おうともしないなんて無礼は出来ません。
それ以前に私の面は割れております。
絶世の美女には程遠いジミ顔です。
「突然のご訪問、痛み入ります。
書状のお応えが遅れましたことをくれぐれもお詫びします、じゃ」
お爺さんが先日の書状への返答を保留にしている事をお詫びします。
保留にしているのは私なのですが、入内せよと言われて翌日行く人はいないはずです。
なのでセーフ♪
「よい、本日はその事について話に来た。
かぐやよ、中へ案内してくれぬか?」
寝室の中なんて言わないですよね?
「はい、承りました」
もしかしてこのまま有無を言わさず連れ去られるのでしょうか?
◇◇◇◇◇
東宮様を上座に、私とお爺さん、お婆さんが下座に傅きます。
ちなみ讃岐の家にも畳が敷かれておりますので土禁です。
「突然やってきて済まなかったな。
先日の書状について一応説明しておきたかったことと、かぐやの気持ちを確認したかったのだ」
私の気持ち?
畏れ多いので、放っておいてください。
それだけです。
「畏れながら、入内のお話は本気なのでしょうか?
もしかしてお戯れに書状を差し出し、困惑する私の様子を楽しむため、ではないですよね?」
お爺さん、お婆さんがギョッとします。
便宜上、即位の儀を済ませていないので東宮様と呼んでおりますが、実質帝です。
帝に対する口の利き方ではありません。
「一応は本気だ。
鸕野にも話は通してある。
其方がやって来ると聞いて喜んでおったぞ」
本気ですか……。
「大変畏れ多いのですが、東宮様には多くの后様、お妃様、夫人をお抱えになられて、お子様も居らっしゃいます。
この上、更に私が入内する利が皆目見当たりませんのですが?」
「そうだな、そうゆう意味では其方が入内したところで継承権のない皇子が一人二人増えるだけだろう。
だが其方には、以前の後宮でやっていたように、再び後宮に参って同じように過ごして欲しいのだよ」
まさかの再就職のお誘いでした。
「それならば入内する必要はないのではないでしょうか?
なまじ利害関係が生じることで、後々紛糾の原因となる可能性があります」
「いや当初はそう思っていたのだ。だがな……」
「何か不都合が?」
「いいか? 怒るなよ? 怒るなよ? 絶対に怒るんじゃないぞ?」
何処かの伝統芸ですか?
「別に怒るようなことでなければ」
「後宮の令にはこうあるのだ。
『皆限年舟以下十三以上』、つまり新たに仕官する采女は十三歳以上三十歳以下、という決まりがある。
もしずっと後宮に居たのなら、年齢は関係ない。
三十を過ぎた女儒も居るからな。
しかし一旦離れた其方が再び采女になるのには、上限年齢を越えてしまっているのだ」
(ぴしっ!)
「待て待て待て!
あくまで令がそうなのであって、其方には非はない!」
気が付けば、私は光の玉を6個くらい浮かべておりました。
「御見苦しい所をお見せしました」
慌てて光の玉を引っ込めます。
東宮様は本気で慌てた様子です。
「そうなると、其方を後宮に居て貰おうとするなら入内するという手段しか残されておらぬのだ」
何故か涙が出そうになってきました。
まさかの年齢制限がその理由だったとは……。
この気持ちをどこにぶつければよいのでしょうか?
「それにな……馬来田から聞いた。
其方はいずれこの世界を去るのかも知れぬと。
鸕野からも聞いた。
其方がどこからやって来たのかを。
だから刻が来るまででいい。
我々に手を貸して貰えぬだろうか?
……いや、何もしたくないのならそれでもいい。
其方が好きなようにすればいい。
母上の采女だった時もそうであっただろう。
其方は十分我々のために働いてくれた。
私は其方にこの世界を満喫して欲しいのだ」
真面目な東宮様らしいご意見です。
私が何者であるかを知った上で、私を気遣い、一緒に居たいと仰ってくれます。
国の最高権力者になった今も、初めてお会いした頃と変わりない御方です。
「有難き心遣い、痛み入ります。
今の私にとりまして一番の心配は、ここに居ります父様と母様です。
この十二年、二人には全く連絡を取れず、深く心配をかけてしまいました。
ひと時たりとも父様母様に離れ離れになりますのは、とても心苦しく存じます」
「ならば、飛鳥に宮を設けよう。
其方はそこから通えばいい。
もし連れて行きたい者が居ればその者も来ればいい。
ならばどうか?」
話だけ聞くとセレブが財力にモノを言わせて、熱烈に求婚しているかのような場面です。
「そこまで言われますのであれば、承りました。
飛鳥へと参りまして、東宮様のため、鸕野様のためお役に立ちたいと思います」
ここまで言われて断れるほど、恩知らずではいられません。
最高権力者にこれ以上お断りをするほど尊大でないし、いずれにせよ誰とも夫婦になるつもりも無かったのですから。
形式だけの入内ですが、気が付けば現代とこの世界を併せてン十年の中で初めての婚姻となりました。
(つづきます)




