讃岐への来客・・・(3)
戦(後に言う壬申の乱)が終わり、かぐやは十二年ぶりの平穏を取り戻し、讃岐で静かな生活を送れるようになった。
そんなかぐやの元に大伴馬来田様と吹負様のご兄弟、そして多治比嶋様の三人がやってきて、かぐやへ大伴御行のとの縁談を勧めるのであった。
◇◇◇◇◇
かぐや姫の求める5つの宝物。
その内の3つを目にして、それらに比する宝物が無ければ求婚できないという話に頭がついて行けない3人は言葉を失ってしまいました。
おそらく何処から突っ込めばよいのか分からないのでしょう。
しかし私としては素直に諦めて頂くのが最善だと思っております。
その方が御行クンの将来に良い事ですし、正直、私は建クンが高志の生まれ変わりであると知らされてからは気分は未亡人みたいな感じです。
御行クンは同僚としては頼もしい味方ですが、建クンのような”魂の結びつき”を感じる程ではないのです。
建クンを忘れてまでも一緒になりたいかと問われますと、……うーん。
私が黙ったままでいると、多治比様が沈黙に耐えられず質問を投げかけてきました。
「かぐやさん、その『火鼠の衣』と言われるそれは、阿部倉梯御主人殿が君に差し上げたものだよね?
つまり御主人殿は、君にとって運命の人だったのかい?」
「よくご存じですね。
確かにこれは御主人様が何年も掛けて鉱石を探し求めてようやく見つけた石綿という石を繊維にして織り上げたものです。
何故か求婚されることは御座いませんでしたが、言い伝え通り御主人様は『火鼠の衣』を探し求めて下さいました」
「じゃあ、御主人殿が求婚したら君は応えるつもりだったのかい?」
うぐっ!
聞かれたくない質問です。
「たらればの話をしたくはありませんが、私は事ある毎に御主人様を凹ませて嫌われる努力をしました。
ところが何故か御主人様とは友誼を結び、信頼し合える仲となりましたが、それは男女の仲ではなく人としての信頼に基づく間柄です。
求婚そのものが有り得ない話だと思っております」
「そもそのなのだが……何故、それらの貢物なのだ?」
「おそらくは求婚を断るための口実だと思っております。
本来であれば、絶対に手に入るはずの無いものです。
しかし優秀過ぎる彼らは、求婚するしない関係なしにそれを私のために手に入れてしまったのです」
「では御行が『龍の首の玉』を手に入れれば、もしくは……という事なのか?」
「私としましては、その様な無理を申し上げたく御座いません。
そもそも、私には心に決めた方がおりました。
しかしその方は私の心を置き去りにしたまま、この世を去ってしまいました。
今更、御行様が龍の首の玉を持ってきたところで心変わりするとは思えません」
「ああ……彼なのか」
多治比様が一人で納得しております。
おそらくは真人クンを思い浮かべているのでしょう。
でも残念、ハズレです。
「ならばかぐや殿は誰とも添い遂げず、ずっと独り身を通すつもりなのか?」
馬来田様が残念そうな顔をして、聞いてきます。
「ええ……そうなるかも知れません。
しかし先ほどの話には続きがあるのです」
「「「続き?」」」
三人の声がハモりました。
「ええ、言い伝えでは五人の求婚者達は偽物だったり、紛い物だったり、もしくは手に入れられず命を落としたりして、求婚に失敗します。
そして私、つまりかぐや姫は故郷から迎えが来て、帰っていくのです」
「ちょっと待った!
故郷ってここで無いのか?」
馬来田様が大声をあげて驚きます。
「はい、私は七つの時に父様に拾われ養女となりましたが、それより以前、私は別の世界の住人だったのです。
私は別の世界で一度成人し、多くの知識をそこで得ました。
皆さんが私に対して奇妙な印象を覚える原因は、おそらく元の世界で得た知識や常識、そして価値観がこの世界と違うからだと思います。
神の御使いより与えられし役目を終えた私は、いつ帰るのかも分かりません。
その様な女子に求婚するために人生を棒に振るような真似を、御行様にして欲しくはありません」
再び三人は黙りこくってしまいました。
「いずれ天に帰る……正に天女ではないか」
馬来田様が重々しく語ります。
私も各地の伝記や伝説を調べましたので、天女伝説はいくつか耳にしました。
私が聞いた中では丹後国や近江国の天女伝説が有名みたいです。
羽衣を取り上げられてやむなく夫婦になったけど、羽衣が見つかったら天に帰るというお定まりの物語です。
ある意味、後の世に創作される『竹取物語』の原型かも知れません。
「なるほど……確かにかぐや殿の知識は並外れたモノだった。
この世の理を越えていると言って良いだろう」
十年間、仲間として行動した吹負様は何となくですが理解された様子です。
「しかし、かぐや殿はこの世がお嫌いなのか?
未練もあと腐れもなく、皆を置いて行けるのか?」
馬来田様が痛いところを突いてきます。
「とても辛い質問ですね。
私をここにお連れしました月詠様が、父様と母様と共に帰る事をお認めになるのであれば、連れて行って貰えるようお願いします。
もしそれが叶わぬのであれば、父様と母様を看取った上で旅立ちたいと思います。
しかしそれすらも叶わぬのであれば……」
「あれば? ……何だ?」
「皆さまの中に御座います私の思い出を全て消し去ってから帰ります」
私の脳力の一つ、記憶消去の光の玉を一人残らず当てていく所存です。
この事は斉明帝に指摘された時(※)からずっと考えていた想定です。
もっとも『竹取物語』では、かぐや姫が天の羽衣を身に付ける事で、地球での記憶を失うのですけど。
(※第八章『かぐやの独白・・・(3)』ご参照』)
「かぐやさんはその様なことが出来るのか?」
「はい、宜しければ多治比様の今日一日の記憶を消して差し上げますよ?」
「いやいやいや、それは止めてくれ!」
「なるほどな……かぐや殿の頑なな態度には何か理由があるだろうとは思っていたが、そういうことだったのか……。
逆に言えばそこまで頑なとなった心を溶かすためには、それくらいの無理難題を実行できるくらいの度量を示さねばならぬという事なのだろう」
吹負様はどうにか納得して頂けたみたいです。
「確かにな……かぐや殿の覚悟も相当なものだ。
意中の相手とはそれほどまでにかぐや殿を強く想っていたのだろうな」
馬来田様も説得に成功したみたいです。
「だけどかぐやさん。
もしかぐやさんをここに連れて来られた月詠様が、かぐやさんを帰すことなくここに居たままにするのであれば、それでもかぐやさんは評造ご夫妻が亡くなられた後もずっと一人で過ごすつもりなのかい?」
多治比様はそれでも議論を続けようとします。
少し面倒になってきました。
「どうでしょう?
ずっとここに居るのかも知れませんし、旅に出るのかも知れません。
自分のやりたい事を見つけてそれに没頭する生活を送るのも良いでしょう」
「我々がかぐやさんの婚姻を諦めたとしても、他の人はそうはいかない。
君は十二年ぶりに帰って来た『神降しの巫女』なんだ。
周りが放っておかないと思うよ」
「その時はその時です。
讃岐の全兵力で贖うかも知れませんね」
「おいおい、それは勘弁してくれよ。
此度の戦で讃岐は一国に相当する兵力を有していると思われているんだ。
君の事だからその様な選択はしないと思うけど、私としてももう戦はこりごりだよ」
「出来ることならその様な事態がやってこない事を願っております」
どれだけ納得したのかは分かりませんが、三人はこれ以上の追及をすることなく飛鳥京へと戻って行きました。
◇◇◇◇◇
三人が来たことなどすっかりと忘れ、私達は讃岐での生活に没頭する毎日を過ごしておりました。
春先に戦があったため、全体的に田植えの作業が遅れておりました。
なので、領民総出で農作業です。
春が過ぎ、梅雨が過ぎ、いつしか季節は初夏へと突入し、何でもないような日常がとても幸せである事を何時しか私は忘れかけておりました。
【天の声】高○ジョージさん、ごめんなさい。
その様なある日、恭しい官人達の行列が、突然讃岐へとやってきました。
そしてその使節の長らしき方からお爺さんへ書状が手渡されました。
『勅』から始まるその書状にはこう書かれておりました。
『なよ竹の赫夜の入内をここに告げ示さん。
是非とも嬉しきことに候えり候ふ』
帝より承った手紙に書かれた衝撃の一言。
私は心の中で絶叫していていました。
『どーしてこうなったーっ!!!』
一体どこをどうして間違ったの?!
(つづきます)
560話目にしてようやく第1話の冒頭部分へと戻りました。
少し間を開け過ぎました?
……と申しますか、こんなにまで長くなるとは思っておりませんでした。




