讃岐への来客・・・(2)
戦(後に言う壬申の乱)が終わり、かぐやは十二年ぶりの平穏を取り戻し、讃岐で静かな生活を送れるようになった。
そんなかぐやの元には多くの来客がやってくるのであった。
◇◇◇◇◇
「ご無沙汰しております。
遠路はるばるお越し下さり、恐縮に御座います」
やって来ましたのは大伴馬来田様と吹負様のご兄弟、そして多治比嶋様の御三方です。
「かぐや殿、詳しい事は吹負から聞き申した。
随分と羨ましい限りです。
私が置き去りにされたのは些か納得はいきませんがね。
はははははは」
馬来田様が豪快に笑いながら抗議します。
「仕方が御座いません。
天智帝が見知った方は、その行動が筒抜けになってしまいます。
なので馬来田様と多治比様には東宮様にお願いして関与できない様に致しました。
その分、吹負様と御行様には働いて頂きましたけど……」
「かぐやさんの元・教育係として何も出来なかったのは、忸怩たる思いがありますね」
多治比様もにこやかに不平を言ってきます。
「これからは東宮様もお忙しくなられると思います。
なので馬来田様も多治比様もお忙しくなられるでしょう。
是非、お励み下さい。
しかしながら私は煩わしい事から距離を置きまして讃岐で隠居生活をしようと考えております」
「何と! それは余りに勿体ないのではないか?
かぐや殿が活躍できる場などいくらでもあろう」
吹負様が何故か私を持ち上げます。
「過分なご評価、痛み入ります。
しかし私はこの十年間で一生分の働きをしたような気がします。
長時間労働の是正や多様で柔軟な働き方、公正な待遇の確保を推進するためにも、私は十分な休養を取り、人として人間らしい生活を取り戻したいと思っております」
キョトンとする三人。
飛鳥時代の方々に働き方改革の趣旨は通じ難いみたいです。
「よ……、要は疲れたからゆっくり休みたいという事かな?」
多治比様がかなりざっくりと要約されました。
「平たく申しますればそうなりますが、私は身の丈に合ったお仕事をやっていこうと思います。
それに老い先短い父様、母様に寄り添う事は今しか出来ない事です。
そのこと以外に考え付くことは今は御座いません」
「そうか……、確かにかぐや殿の此度の活躍は目覚ましいものがあった。
その活躍はまるで古の国興しの物語のようでもあった。
まるで神倭伊波礼毘古命であるのような……だな」
「それは些か過大が過ぎるご評価で御座います。
神代における帝の御先祖様です。
同列に語られましては、東宮様もお気を悪くするでしょう」
神倭伊波礼毘古命、即ち初代天皇の神武天皇です。
橿原の地にその言い伝えが多く残されていて、後宮で典書の役職を承った頃の調査でもたくさんの証言が得られました。
その調査を経て、飛鳥一帯の神社関係の皆様にお世話になり、讃岐の戦でも多くの方が参集されたと聞いております。
これらの話も今後、国史としてまとめられる事でしょう。
この世界での私の仕事も終わった訳です。
いつ帰還するかも分からない私が、仕事なんてやっていられません。
「勿体ないと思うのは我々だけでもあるまい。
先ずはゆっくりと休養し、いずれまた復帰してくれると有り難いがな」
「期待しないで待って下さい」
「それはそうと、休養ついでにウチの御行を預かってくれぬか?」
馬来田様からの唐突なご提案です。
「何故? ……で御座いましょうか」
「いや、この十年ずっと一緒であったから、突然離れ離れになるのも寂しかろう。
かぐや殿にしても嫌いであれば一緒に過ごすことは無いだろうし、吹負の話ではまんざらではないと聞いておる。
どうだろうか?」
馬来田様からいきなり御行クンとの結婚を勧められました。
「それは手っ取り早く夫婦になれと?」
すこしだけキツめの言葉が口から出ます。
そして無意識に掌には光の玉が浮かび上がりました。
「いや待て待て待て、かぐや殿!
私達は御行の気持ちを考えてだな、彼奴がかぐや殿に本心を伝えられぬ様子を見ていられないのだ。
かぐや殿を崇めるがあまり、自分では手の届かぬ高嶺の花と、求婚する勇気を持てずにいるのだ。
私は十年もの間、傍目で見ていたがかぐや殿も御行を頼りにしているようだし、満更ではなかろうかと思うのだ。
かぐや殿の気持ちを無視するつもりは無いが考えて貰えぬのであろうか?」
吹負様が私の逆鱗に触れぬ様にと、穏便な言葉を選びながら御行クンの売り込みをします。
まるで私が値踏みしているかのような誤解を生みそうな局面です。
「申し訳御座いません。
私なぞが大伴氏の貴公子様とご一緒できた事は光栄の至りに御座います。
ですがそれは、東宮様をお命をお守りするために共同して事に当たった、という事に他なりません。
その大義が為った今、その関係を維持するのは何らかの恩恵があるべきですが、残念ながらそれが見当たりません。
特に御行様の側にです。
今後、大伴氏、敷いては御行様が政の中枢を担うのであれば、婚姻は政を考慮した上で結ぶべきかと思います」
威圧のための光の玉を引っ込めて、取ってつけたような理屈を捏ねてやんわりと拒否しました。
「いや、そうは申すがかぐや殿は政の上でも重要な御方だ。
もしかして御行が嫌なのか?」
「そうですね……。
好きか嫌いかと言われましたら好ましい好人物であると思っております。
しかし男女の仲として考えますと、御行様はあまりに私の事を理想の女子と考え過ぎて、暑苦しさを感じる事がありますね」
私の言葉に図星を突かれた吹負様が頭を抱えております。
「その辺りについては確かに考え直さねばならぬ。
昔の御行の行動があまりに問題がありすぎたため、儂が厳しく躾け過ぎた弊害かも知れぬ。
だが根は良い奴だ。
どうにかならぬものか?」
馬来田様がしがみ付くかのように訴えます。
……しつこそう。
「かぐやさん、横から良いかな?
かぐやさんは以前、私にも早く良い伴侶を見つけて欲しいとやたらと婚姻を勧めていたよね?
かぐやさんは他人の婚姻には強く言う割に、自分の婚姻は妙に後ろ向きだよね?
何か理由でもあるのかい?」
多治比様が昔の私の行動を楯にツッコミを入れます。
「えーっと、それは……アレです。アレ。
他人の幸せを喜ぶことが私の幸福なので……」
自分で言っていても酷い言い訳です。
まさか『竹取物語』の通りになるのを避けるため、あれやこれやと手を打ってきたなんて言えません。
「ならば御行にも考慮して貰う機会があってよかろう」
何となく追い詰められた気分です。
だからと言って、ハイとは言いたくない気持ちが強いです。
こうなったら……。
「では、暫くお待ちください。
”ある物”を持って参ります」
「「「ある物?」」」
三人の呆気にとられた顔を無視して私は自分の部屋に戻って”ある物”を取りに行きました。
◇◇◇◇◇
「これをご覧ください」
私の前に広げられたのは、御主人クンから頂いた火浣布、斉明帝から頂いた黒い鉢、そして麻呂クンから貰ったばかりの子安貝の三つです。
「何ですか? これは」
「皆さんは私が普通の女子ではない事を薄々お気づきかと思います」
「「「(いや、薄々ではないが……)」」」(三人の心の声)
「私がこの世界に来る前から、五人の運命の人と出会うという事を知っておりました。
そして私はその五人の求婚者と結ばれたくないがあまり、無理難題を押し付けて、求婚者たちを破滅させてしまう悪役令姫なのです」
「かぐや殿が悪女のはずが無かろう。
むしろ天女ではないか!?」
馬来田様が私の言葉を否定します。
「私もその様な結末を望んでおりません。
なのでその五人とは出来るだけ距離を取ろうとしていたのです。
なのに何故なかその五人とは親しい間柄となってしまい、幼馴染として、友人として、良い関係を築いてしまったのです」
「それは……誰なのか?」
「誰であるか、はこの際置いておきます。
問題はその無理難題の内容なのです。
私は、五人に『火鼠の衣』、『仏の御石の鉢』、『蓬莱の玉の枝』、『燕の子安貝』、『龍の首の玉』を持ってくることを婚姻の条件とするのです。
その結果、五人は身を滅ぼし、中には命を落とす者すら居るのです。
自分で申し上げるのも何ですが、酷い女子です。
それが私が求婚を避けようとする理由なのです。
ところが私の目論見は上手くいかず、五人のうち三人が本当にそれを用意してしまったのです。
求婚もしていないのに、です。
火にくべても燃えない布、燕国で貨幣として用いられた子安貝、そして他に二つとない大切な鉢。
残念ながら『蓬莱の玉の枝』の約束をした求婚者は既にこの世におりません。
もし御行様が私に求婚するならば、私は御行様に『龍の首の玉』を要求しなければならないのです。
その結果、御行様は重い病気に罹られて身を亡ぼす運命が待っております。
これが私が御行様の求婚を受けられない理由に御座います」
あまりに飛躍した話に三人は頭が付いて行かないみたいです。
出来ればこのまま引き下がって下さると良いのですが……
(つづきます)




