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讃岐への来客・・・(1)

 戦(後に言う壬申の乱)が終わり、かぐやは十二年ぶりの平穏を取り戻し、讃岐こきょうで静かな生活を送れるようになった。

 そんなかぐやの元には多くの来客がやってくるのであった。


 ◇◇◇◇◇


 私が讃岐へと戻った翌日、阿部倉梯御主人と衣通様のご夫妻がお越しになりました。

 相変わらずお熱いお二人です。


「かぐや殿、本当に無事だったのだな」

「かぐや様~、本当にかぐや様なのですね」


「ええ。こうして無事に戻ってくることが出来ました。

 ご心配お掛けして申し訳御座いませんでした」


「いや、心配はしたが無事である喜びが大きいのだ。

 詫びる必要は欠片も無い」

「そーよ、かぐやさんがご無事であると知らせを受けた時にはどれほど嬉しかった事か。

 涙が止までぃまぜんでしだぁ~(ズビズビ)」


 衣通ちゃんは既に涙腺が崩壊しております。


「一言主神社の葛城殿から聞いたが、大変だったみたいだな。

 よく無事いてくれた」


「葛城様が御主人みうし様からお送り頂きました火浣布かかんぷと斉明帝から下賜されました鉢を大切に持っていて下さって、持って来て下さいました。

 とても大切な物でしたので本当に宜しかったです」


「大切にしてくれた事は感謝するが、斉明帝からの贈り物と一緒にされるのは畏れ多い」


「いえ、この火浣布は御主人様が何年もかけて石綿を探して、衣通様と共に布に織り上げた大切なものです。

 それに宮が火に囲まれた時、建クンをこの衣で包んで脱出できたのです。

 おかげであともう少しで逃げ遂せたはずなのですが……」

「その後、どうやって逃げ遂せたのだ?」


「ええ、物部宇麻乃もののべのうまの様に保護された際にはこれで逃れられると思ったのですが、天智帝の異能チートの力によって追い詰められ、宇麻乃様も建クンも天智帝の手に掛かって命を落とされました。

 私も海に落ち、命が危うかったのですが、寸でのところで大伴御行様に助けられたのです」


「壮絶なご経験をされて……なんてお可哀そうなかぐや様……」

「大伴御行殿とは、讃岐の攻防の際に会った彼の事かな?」


「ええ、おそらくは。

 御行クンはこの十年間ずっと一緒に行動して、此度の戦で使用した武器や兵糧、調べ物まで全てを引き受けてくれたのです。

 一番の功労者と言って良いかも知れません」


「すると、かぐや様はその御行様と夫婦になられたのですか?」


 衣通ちゃんがとんでもない勘違いを始めました。


「そ、そんな事になりましたら御行クンが可哀そうです。

 御行クンは大伴氏の貴公子サラブレッドなのですよ。

 しがない国造くにのみやっこの娘の喪女なんて相手にしていてはなりません!」


 御行クンとの関係を否定したいがため、つい強い言い方になってしまいました。

 そんな私の言葉に御主人クンは頭を抱え、衣通ちゃんは御主人クンを労わる様に肩に手を添えております。

 何があったのでしょうか?


「何となくだが、大伴御行殿とは仲良くやって行けそうな気がするよ」


 何故御主人クンが脈絡のない話をする意図が分かりませんが、斉明帝すらお認めになる優秀な官人くにんである御主人クンが仲良くしてくれるのなら、この十年のキャリアを棒に振ってしまった御行クンにとってプラスになるはず。

 是非売り込んでおきましょう。


「ええ、ちょっと暑苦しいところがありますが、勉強熱心ですし、優秀だし、士官すればきっとお役に立つ優秀な人材です。

 是非、お目に掛けて下さい」


「ああ、心に留めておこう。

 話は変わるが、ここに来た理由はかぐや殿に聞きたい事があったのだ。

 いいかな?」


「ええ、私に答えられる事であれば何なりと」


「……実は藤原鎌足様が病床に臥せっていた頃、お見舞いにと称して押しかけた事があったのだ。

 そこで私の御父上様の死の真相について尋ねたのだ。

 その問いに藤原様は『もしかぐやが”無事”であったのならば聞くが良い。何か知っているのかも知れぬ』と申されたのだ(※第十章『【幕間】鎌足の回想・・・(3)』参照)。

 ひょっとしてかぐや殿は何かご存じなのか?」


 !!!!

 確かに知っています。

 宇麻乃様に直接聞いたのですから。

(※第八章『物部氏の歴史』参照)

 しかし……。


「ええ、知っております。

 当該者から聞きましたので間違い御座いません」


「当該!!

 つまりそれは御父上様の死は誰かの関与があったという事か?!」


「はい、しかし知らねば良かったと思われるかも知れません。

 本当にお話して宜しいですか?」


「いや、ずっと心に引っ掛かっていたのだ。

 その解決を目の前にして引き下がることは出来ん」


 やはり御主人クンの意思は固そうです。

 無理もありません。


「分かりました。

 なればお教えいたします。

 阿部倉梯麻呂様の殺害を命じたのは、当時の中大兄皇子、つまり天智帝です」


「やはり……そうだったのか。

 しかし何故御父上様は命を狙われたのだ?

 どうやって殺されたのか、かぐや殿は知っているのか?」


 薄々予想していたらしく、強いショックを受けた様子はありません。


「はい、存じております。

 当時の右大臣の蘇我倉山田様と、左大臣でした阿部倉梯様が天智帝の御意思通りに動かないことに業を煮やして、鎌足様を讃岐へ遠ざけた隙にお二人とも処分したのだそうです。

 蘇我倉山田様は無実の罪を着せられて誅せられました。

 そして阿部倉梯様は毒を盛られ亡くなられました」


 この言葉には御主人クンの顔色が蒼ざめます。

 予想の範疇を越えていたのでしょう。


「だ……誰が毒を盛るような真似を?」


「物部宇麻乃様……、麻呂クンのお父様です。

 筑紫で逃亡中、宇麻乃様より直接伺いました」


「何故だ……何故、物部殿はその様な事を!」


「物部氏だから……です。

 百五十年程前、物部氏は国の行く末を決める争いに敗れ、大王おおきみに隷属する氏となったのだそうです。

 それ以来、物部氏は穢れを恐れぬ氏族として、汚れ仕事を引き受けさせられてきたと言っておりました」


「…………」


 御主人クンも言葉がでません。


「麻呂クン……物部麻呂様はその事を知りません。

 宇麻乃様は物部氏の運命を忌み嫌い、麻呂クンには別の道を歩んで欲しいと願っておりました。

 私を救出するという藤原様からのご依頼を引き受ける条件として、新しい氏を興すことをお願いするつもりでした。

 おおやけにはしておりませんが、実は麻呂クンは真人クンと共にずっと唐に渡り留学していたのです。

 自分の人生を自分で切り開ける力を身に付けて欲しいと、宇麻乃様が藤原様にお願いして……」


「そうだったのか……。

 道理で姿を見なかったわけだ。

 かぐや殿はいずれ麻呂にその事を話すつもりなのか?」


「分かりません。

 宇麻乃様は仰ってました。

 麻呂クンに話すかどうかは私に任せると。

 そしてこうも仰ってました。

御主人みうし殿には申し訳なかったと伝えてくれ。恨まれてもいいし、許されるとも思っていない』と。」


「そうか……、麻呂に辛く当たるつもりは無い。

 だけどかぐや殿にはお願いしたい。

 麻呂には話さないで欲しい」


「何故でしょうか?」


「藤原様にこの話をした時、私もまた藤原様からお願いされたのだ。

『麻呂は優秀な奴だ。こき使って欲しい』と。

 おそらくは藤原様もこの事はご存じだったのだろう。

 その上で麻呂を頼むと仰られたのだ。

 その約束を守るためには何も知らない方が良い。

 私に対する心の負い目など無く、思う存分に麻呂をこき使ってやりたいから」


 何処となく吹っ切れた様子の御主人クンが、どことなく藤原様を彷彿させる表情で答えました。


「分かりました。

 麻呂クンはもうそろそろ、飛鳥に戻ってくると思います。

 暫くは会えないと思いますが、いずれ復帰されるはずですのでその時は仲良くやって下さいね」


「藤原様に一目置かれるほどだ。

 どれくらい成長したか楽しみにしているよ」


「ええ、きっと驚かされますよ。

 逆にこき使われない様、御主人様も頑張って下さい」


「はははは、あり得そうで怖いな。

 気を付けて頑張るよ」


 会話に一区切りついたところで衣通ちゃんから提案がありました。


「かぐや様、もしご都合が付きましたら三人で真人クンの陵墓にお参りに参りませんか?」


 真人クンは私達三人にとっても忘れえぬ仲間です。


「そうですね。

 この十年、たくさんの方と悲しいお別れをしました。

 藤原様にもお別れの挨拶も出来ませんでした。

 真人クンには一緒に美濃に潜んで欲しいとお願いしましたが断られて、残念な結果に終わってしまいました。

 斉明帝には建クンを護ってくれと託されたのに、守り果(まもりおお)せませんでした。

 建クンは……(ぐすっ)」


「かぐや殿は逃亡先からでも真人殿には会えたのか?」


「ええ、大伴氏の皆さんの助けを借りまして、難波に潜伏しながら接触しました。

 立派なお坊様になられてました」


「そうだったのか……、やはりかぐや殿は何処に居てもすごいのだな。

 私も負けていられぬな」


 御主人クンが私に負ける?

 そんな事ナイナイナイナイ、あり得ません!

 ハイスペック貴公子の御主人クンに敵う訳があるはずないじゃないですか?

 昔はまだ御主人クンは子供でしたし、考えも足りなう部分があったので揚げ足を取り放題でしたが、今では勝てる要素なんてありません。

 何よりリア充だし、私は喪女のままだし。

 ……という心の叫びを抑え込んで、それらしい返答をしておきます。


「御主人様が挑むべきは、亡きお父様でしょ?

 内麻呂様に追いつく事、そうなればきっと誰にも負ける事はありませんよ」


「ははは、そうだったな。

 御父上様は私の人生の目標なのだ。

 先は長いけど、頑張るよ」


 御主人クンも心のつかえが取れて、晴れ晴れした表情になっていました。



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