駄々をこねる幼女
主人公、絶好調です。
「翌る年、飛鳥宮の新春の宴にて舞を披露して頂きたいとの事です」
「……は?」
秋田様から予期せぬお土産を押し付けられました。返品可ならお返ししたいです。
今すぐ! 心の底から! 全力で!
「飛鳥宮って京の偉い御方がお住まいになられている所ですよね?」
「はい、そうです」
「翌る年の新春、ってひと月後ですよね?」
「はい、そうです」
秋田様は容赦なく私の質問を肯定します。
私の勘違いですよって否定して欲しいのに。
「全国から少年少女を集めて遊戯会をやるのですか?」
「いいえ、違います」
「宮の外で舞を披露して何か恵んで頂くとかではないですよね?」
「いいえ、違います」
秋田様は容赦なく私の質問を否定します。
私の言う通りですよって肯定して欲しいのに。
「一体何処の誰方様が私に舞を披露しろと?」
「帝です」
「…………は?」
ちょっと待って。
一体何故、何の脈絡もなくラスボスがいきなりポンって出てくるの?
まるで打ち切り間際のマンガみたいな急展開なのですけど。
ひょっとして帝って暇なの?
帝から小学一年生の幼女に声が掛かるって、飛鳥時代ってどれだけ人口少ないの?
もしかして帝って実は百人くらい居るとか?
「一応、聞いておきますが……今日は皆でウソをついて楽しむ日ですか?」
「そんな日は御座いません。帝が、姫に、京へ来て、舞を、披露せよ、と仰せです」
句読点多すぎ。
「一応、聞いておきますが……断る事は出来ます?」
「一応、お答えしますが……あり得ないと思われます」
「何故、私が?」
「中臣様と倉梯様のご推挙によるものです。
忌部が新年のお祝いの席を執り行うに際して、内臣となられた中臣様が姫様の舞をご推挙され、左大臣の阿部倉梯様が賛同され、氏上様も大変乗り気でご同意されました。
ならば帝もご覧になりたいと話が進みこうなった次第です」
御主人クンのお父様って、すごく偉い方だったのですね。
中臣様と並んでツートップの前で私舞を披露していたんだあ。
「あはははは」
脳ミソが逃避した先から帰って来なくなりました。
脳ミソだけでなく本体も逃げたい。
「あはははは」
「姫様! しっかりして下さい」
「しっかりしたくない。現実が辛い」
「幼子の言葉じゃありません」
「幼女だから逃げる」
「都合よく幼女に戻らないで下さい」
「大人は汚い。だからずっと幼女のままでいる」
「お気持ちは察しますが、そろそろ現実に戻って来てください。報酬は前払いで貰ってますので」
「報酬?」
「はい。この牛は中臣様よりお譲り受けた牛なのです」
「そうゆう事だったのですね。私は牛と交換されたんだ。
♪ ドナドナドナドーナ ♪」
「舞を披露するだけです。牛と姫様との交換ではないですから。
理由もなく切なくなる唄はおやめ下さい」
いいえ、私は学びました!
私が舞を披露するたびにトラブルが発生していることに。
こうなったら刺し違えるつもりで国のトップの人達をみーんなピッカリにしてやる。
ちくせう。ツルピカになっても中臣様は格好イイままのような気がするし。
女の子の気持ちが分かる光の玉もオマケしてやる!
「姫様、何をお考えになっているのか分かりませんが、物騒なことは止めて下さいね。
舞を披露する“だけ”ですから」
「悪い予感しかしない。“だけ”では済まない」
「安心して下さい。姫様がしでかさなければ何事もなく終わりますから」
はい、フラグ立ちました。
私がしでかしたらアウトです。ドナドナがほぼ決定しました。
これが『竹取物語』なら、にべも無く断るのに現実は辛すぎます。
【天の声】いや、これも一応異世界モノだから。
「分かりました。ちち様、はは様に最後のご挨拶をする」
「そんな大袈裟なものではありませんので」
「♪ドナドナドナドーナ♪」
「何の呪文ですかー!?」
傍らに居る衣通姫はクスクスと笑っています。私的には精一杯のシリアスなんですけど。
◇◇◇◇◇
「ちち様、はは様、短い間で御座いましたがかぐやは幸せで御座いました」
「かぐやよ。ワシは舞を披露すると聞いておったのだが違うのか?」
「何度もそう説明しているのですが……」
「かぐやや、しっかりおやんなさい」
「私の代わりに来た牛さんを私だと思って可愛がって下さい」
「さすがに幼子を娶りたいという方はおられないじゃろうに」
「だから姫様、代わりではないですから」
「かぐやや、しっかりなさい」
「整いました。一首詠います。
『去りがたし
寒き冬空
悲泣(飛宮)の後(牛)
もう(モー)帰らねどと
ドナドナドーナ』」
「何故か切ない歌じゃのう」
「理由もなく切なくなる唄はおやめ下さい」
「かぐやや、大丈夫かい?」
は~~~、あれこれとぶちまけてしまいましたら少しだけ気が晴れました。
断る事が出来ないくらい分かっていますし、いまのご時勢に角が立つ事はやらない方がいいことくらい理解しています。
見かけは幼女、中身は大人ですから。
【天の声】完全に駄々を捏ねる子供だったぞ。
「それでこの先、私はどの様にしたら良いのでしょう?
前泊? 当日入り? それとも近くに別荘を建てるの?」
「我々はこれから京へ向かい諸々の準備に入ります。
巫女は十日前を目処に忌部の宮へ入りますが、それまでも社で下準備しております。
出来ましたら姫様には巫女達と行動を共にして頂けたいと考えております」
「分かりました。今すぐの出立は難しいので五日後、社に向かいます。
家人さんに牛の世話について教えます。牛舎の完成を見届けます。牛さんにお名前を付けます。
京から戻ってきたら牛さんが死んで牛肉になっていたら悲しいですし、貴重なお肉を食いっぱぐれたくありませんので」
「死んだら食べるんですか?」
「舌は美味しい」
「中臣様から下賜されたものなので、くれぐれも死なせないで下さい」
「だそうです。ちち様」
「とんでもない事になったのう」
これぐらいの危機感がある方が良いでしょう。
秋田様は次の日の朝、直接飛鳥宮へ向かいました。
出発までの四日間。
私は牛舎と飼料のチェックをして、これなら牛さんが快適に過ごせそうな事を確認しました。
牛と犂を使って田んぼの土興ししているところを確認できたので、太郎おじいさんに出来るだけ田んぼの土興しをお願いしました。
そして牛さんのウンチは特上の堆肥になるから、ピッカリ軍団には一つ残らず回収するよう言い聞かせました。
ちなみに牛さんの名前は『ミタノロウス』に決まりました。ミノタウロスのモジリです。
ネーミングセンスについての苦情は、私ではなく作者へお願いします。
ただミタノロウスが長くて面倒なせいか、周りからはロース、ロースと呼ばれています。タンとかカルビとかミノとか考えなかった訳ではありませんが、結局お肉の名前になってしまいました。
ロースちゃんはとても温厚な性格でそして働き者です。環境の変化にも動じないで餌をモシャモシャと食べてました。
そのうち嫁さんも連れてくるからね。そのつもりで牛舎は四頭分のスペースを確保しました。
◇◇◇◇◇
それにしましてもどうしてこんな事になったのでしょう。
思い起こせば、十一ヶ月前のささやかな正月の宴でチートな舞を披露してしまったのが、そもそもの始まりでした。
それがこんな大事になるなんて予想もしておりませんでしたし、予想出来ていたら絶対にやりませんでした。
もしその場に居たのなら、私は私を羽交い締めにしてでも止めています。
周りからすれば、舞ではなく六歳児対七歳児のお子様レスリングを観せられる事になっていたでしょうけど、今の状況を思えば些末なことです。
そのためなら私は霊長類最強を目指します。
ファイッ!
もし月読命様(仮)にお願い出来るのであれば、去年と言わずもう一度竹林からやり直させて欲しいと強く願います。
そう思うこと自体、原因が自分にあるという自覚があるという証拠なのですけど……。
深い後悔の念を胸に、天太玉命神社へ向かう日がやってきました。
原案では文中「あははは」の部分に「うれしいひなまつり」の替え歌を入れるつもりでしたが、著作権的にNGということが分かり、差し替えました。
作詞のサトウハチロー氏が1973年11月にお亡くなりになり、著作権法上70年経っていないからです。
5年前の改正により保護期間が50年から70年に伸びたというのも大きいですね。
著作権には十分に注意を払って執筆しておりますが、お気づきの点がありましたら、ご指摘下さい。
作中の短歌は大丈夫だと思いますが……