讃岐(ふるさと)への帰郷・・・(1)
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飛鳥京での謁見もそこそこに、村国様とお別れの挨拶を済ませた私は、一路讃岐へと向かい……向かうはずでした。
しかしその道中には天太玉命神社があります。
そこをスルーする度胸が私にはありません。
私が斉明帝の采女だった時、忌部氏の皆さんは建クンの食事の世話や、畿内一帯の祭司様との連絡役を引き受けてくれました。
今回の戦でも子首クンが活躍したとも聞き及んでおります。
それでなくても忌部氏の一員である秋田様には、この世界に来てから今までの間、ずーっとお世話になっております。
こんなにもお世話になっている忌部氏の皆さんの目の前を素通りするのは、お人好しの現代人として流石に気に病みます。
先触れはありませんが、「おひさ~、近くを通りましたので挨拶だけでも~」とペコリをお辞儀をして、「それではまた来ます」と讃岐への帰路を急ぐのならまだ許されるでしょう。
【天の声】フラグを立てるな!
◇◇◇◇◇
私は今、大宴会のど真ん中に居ります。
まずは私が飛鳥から呼び出しを喰らっていたことがバレておりました。
そして飛鳥を出立した事もバレておりました。
ちょうど今くらいに天太玉命神社に立ち寄る事は予想通りだったみたいです。
正に私はカモーンと待ち受ける忌部氏のお鍋に自ら飛び込んだカモネギさんです。
忌部の皆さんが全身全霊で歓待して下さいました。
「かぐや様~、私どもはかぐや様のご無事をずっと信じておりましたっ!」
と涙ながらに訴える氏上の佐賀斯様。
すっかり大人になった息子の子首クンも一緒です。
それからは飲めや歌えの御祭りです。
若い巫女さんズによる舞が披露され、楽隊の皆さんの演奏、そして私も舞台の上に担ぎ上げられて仕方がなく琵琶湖で舞った舞を披露しました。
これが後の世に伝説の神事として言い伝えられることになるとは……。
♪うぃーわー ざ・わー
【天の声】ライヴエイドにあやまれ!
翌朝、忌部の皆さんに暫しのお別れを告げ、ようやく讃岐へ再出発です。
と言っても幼い頃は遠くに思えた道も、歩いて二時間は御近所です。
一緒に同行してくれる兵士の皆さんには申し訳ないのですが、どうしても足が逸ります。
この道は何度も歩いたことのある見覚えのあり過ぎる道です。
10年の歳月を経たとはいえ、木の一本一本すら故郷を思い起こさせる懐かしい景色です。
初めてここを通った時には山賊に出会いましたが、今では街道も整備されて賊の隠れようもありません。
讃岐に入ると、もう止まりません。
皆さんを置き去りにして走り出してしまいました。
この道をまっすぐ進むと懐かしの屋敷の屋根が見えます。
よく見ると門の前に人影が……とても小さい人影です。
10年が経って、本当にお爺さんとお婆さんになってしまった私の家族です。
「父様~、母様~」
声を上げて駆け寄って行きました。
心配かけてごめんね。
一緒にいられなくてごめんね。
親孝行できなくてごめんなさい。
これからずっと一緒だから。
声が……出ません。
泣きながら走って、お爺さんとお婆さんのすぐ近くまで来て、二人を前に足が止まってしまいました。
本当にお爺さんとお婆さんなんだと。
髪の毛が真っ白で、お年を召してしまった二人を見ると心がツキっと痛みます。
こんなになっても私を待ってくれた二人をみて、涙が止めどもなく流れてきます。
「ただいま……父様、母様。
……ごめんなさい」
「「かぐや……」」
しわがれた声、昔の様な溌溂としたハリのある声と全然違います。
これまでは私がお婆さんに抱き着いていましたが、今ではそんな事をしたらお婆さんが倒れてしまいそうで……抱き着くことも出来ません。
一歩、また一歩、二人に歩み寄って行くと、お婆さんが涙を流しながら私に抱き着いてきました。
「かぐや……待っていたよ。
お帰り、元気だったかい」
「かぐや……よう帰って来た。
良かった……かぐや」
私にとってこれ以上も無い大切な人達。
それを思った途端、涙がこんなにも流れるんだと自分でも驚いてしまうくらい溢れ出してきます。
「ごめんね、これまで帰って来なくてごめんね。
心配かけてごめんね。
……ごめんね」
どのくらい泣いていたのか分かりません。
気が付くと私達の周りには懐かしい領民の皆さんが私達を見て、皆もらい泣きしていました。
◇◇◇◇◇
お爺さんもお婆さんも七十を過ぎて、古代基準では百歳にも相当する例外的なご長寿です。
古希、つまり古くから稀な年齢を祝う年齢です。
今では家の事はすべて家人の皆さんにお任せして、縁側でのんびりとするのが日課だそうです。
(ちなみに飛鳥時代に古希と言う言葉はありません)
評の仕事は全て助評の源蔵さんに任せています。
そして家の中を取り仕切っていたのは、私の雑仕女だった亀ちゃん。
源蔵さんからの定期連絡で知っていましたが、亀ちゃんが我が家の養女となり、いつの間にか私と亀ちゃんは姉妹となっておりました。
初めて会った時のガサツだった亀姫とは全然違い、京で雑仕女として働いていた亀ちゃんは慎み深い女性として讃岐では有名な美人さんです。
そして良い旦那さんと一緒になって今では子供だくさんのお母さんでもあります。
沢山の孫に囲まれて、お爺さんお婆さんの生き甲斐と言っていいでしょう。
私としても後宮に置き去りになってしまった亀ちゃんとシマちゃんが心配でしたので、二人の無事は嬉しい便りでした。
なので今宵の宴は亀ちゃんが取り仕切ってくれます。
大広間には懐かしい皆さんが勢ぞろいです。
源蔵さん夫婦やサイトウ夫妻、シマちゃんとシマちゃんのお父さん、元ピッカリ軍団、そして太郎さん。
スペシャルゲストは秋田様と萬田先生。
そして何故か、大伴吹負様が飛鳥からずっと護衛として見送りに来てくれました。
欠席者は太郎おじいさんと辰巳さん。
残念ながら太郎おじいさんは天寿を全うされました。
土下座道が引き継がれたのかは分かりません。
そして里長の辰巳さんは、大友皇子の護衛のため尾張へ同行中です。
まずは評造お爺さんの挨拶です。
「皆の者、かぐやが……これまでずっと讃岐を離れなければならなかったかぐやがようやく帰って来た。
これも皆のお陰じゃ。
皆がワシの目に触れぬ様、鍛錬してくれたおかげでかぐやは無事に戻って来れた。
ありがとう。
本当にありがとう」
私が何故、潜伏しなければならなかったのかを源蔵さんから説明されようやく理解できたみたいです。
皆さんは大声を上げ、これまでの訓練が認められ大喜びです。
そして次は主役の私の挨拶です。
「皆さん、本当にありがとう。
私の無理なお願いを叶えてくれて心から感謝しています。
十年前、神様からご神託を受けたときは、正直『絶対無理だろう』って絶望していました。
相手は絶大な権力者です。
歯向かったら、やろうとしていることがすぐ知られて簡単に潰されてしまうだろう、そんな恐怖にずっと苛まれていました。
だけど私を信じて一人、また一人と協力を得る事ができ、ようやく今日を迎えることが出来ました。
ここにいる皆さんが誰一人欠けても、絶対に成し遂げられなかったことです。
本当にありがとう。
そして私が居ない間、父様、母様を支えて下さった亀ちゃんにもお礼を言わせて。
本当にありがとう。
正直、『もう帰れないかもしれない』って思ったことが何度も何度もありました。
そんな時、讃岐から届いた便りがあったからこそ、私は耐えることができました。
皆さんは、私のお願いを真摯に受け止めて、叶えてくれました。
皆さんの優しさと真心に心から感謝しています。
本当に……本当にありがとう」
大広間に居る皆さんからはすすり泣く音が聞こえます。
後で聞いた話では、私が居なくなった後、天智帝は讃岐を攻め滅ぼすことを口にしていたそうです。
それを止めていたのが他でもなく中臣鎌足様だったそうです。
私の為に皆を危険に晒してしまった事の後悔は今後もずっと続くでしょう。
それなのに自分の身を挺して戦ってくれたのです。
兵士の皆さん一人一人にお礼を言いたい気持ちなのです。
私の挨拶が終わると、後は食事とお酒と雑談。
現代と変わらぬ飲み会みたいなものです。
私は出席者の皆さんにお酒や飲み物を持って回るのでした。
(つづきます)
主人公が最後に讃岐を後にしたのは第八章の最後、『命名、中臣史』でした。
それから12年以上が経過しております。
数えで22歳だった主人公が……うぉっほん!




