東宮様への謁見・・・(2)
ここは亡き斉明帝が興した後飛鳥岡本宮。
天智帝が近江大津宮に都を移している間、飛鳥京は『古京』と呼ばれていた。
戦が終わった今、大津宮は空となり首都機能が失われ、新たな京、新たな帝の即位を待ち望まれていた。
今、急ぐべきは戦の終結であり、政治機構を早急に復旧し、停滞した政を再起動しなければならない。
◇◇◇◇◇
私達は正殿へと通され、存命中だった斉明帝が臣下との面談に使っていた謁見の間で東宮様を待ちました。
部屋の外からは足音が聞こえます。
ただ静々とした足音……ではありません。
ドタドタと走る足音は宮には似つかわしく、戦後処理に忙しい官吏達が慌ただしく動き回っているのでしょうか?
そのうち足音がどんどんと大きくなり謁見の間にまで響いてきました。
「かぐやぁ~~!」
足音の方角から、足音の主であろう妙齢の女性が私に向かって飛び込んできました。
どすこーい。
私はしっかりと飛び込んできた女性を受け止めました。
いうまでもなく鸕野皇女様です。
数えで二十八歳、現在で言えば20代半ば、彩みどりなお年頃です。
しかし中身は初めて会った時の鸕野皇女様のまま。
涙を流して私にしがみついて再会を喜んでくれました。
「かぐやぁ~、ホントにかぐやじゃな。
本当に生きておったのじゃなぁ~~。
辛かったじゃろ~。
全然変わらなくて、今じゃ私の方がお姉さんみたいじゃが、ホンにかぐやじゃ~。
ずるいぃ~~~、お乳が全然ハリがあって乙女みたいじゃ~。
揉んでやるぅ~。
かぐやぁぁ~~」
一部、不適切な表現があった様な気がしますが、鸕野皇女様が私の事を心配してくれたことが痛い程分かります。
「鵜野様~~。
私の言葉を受け止めてくれてありがとうございます。
鸕野様から始めてお返事が来たときは本当に嬉しかったのです~。
これまで窮屈な生活を我慢してきたのは鵜野様と東宮様なのです。
本当に頑張ったのは鸕野様なのですよ」
「かぐやぁ~」
「鸕野様ぁ~」
私も鵜野様もお互いに抱きつき合って、号泣してしまいました。
気が付くと、東宮様も高市皇子様も村国様も大伴吹負様も私達の感動の再会が終わるまで遠巻き生暖かく見守っておりました。
◇◇◇◇◇
「かぐやよ。
其方の貢献についてはこの上の無い感謝を言いたい。
この十年間、其方に辛い思いをさせた裏には、先帝による迫害であり、その迫害が謂れなき罪を着せられたことは明白。
先帝に代わり謝罪する。
済まなかった」
「そんな、謝罪なんて畏れ多い事に御座います」
「いや、其方は母上、斉明帝を命がけで守ろうとした。
建皇子を正に身を挺して救おうとしたのだ。
其方自身も命を落としそうになったことは大伴御行から報告を受けている。
それほどまで帝への献身を示した者に、何も報いる事をしない愚か者になるつもりは無い」
話の流れとして私が受けた筑紫で皇太子だった天智帝による迫害を追求することで、天智帝の罪を糾弾するつもりなのでしょうか?
「恐れ入ります。
しかし力及ばず、斉明帝をお守りする事は叶わず、建皇子様も命を落としてしまわれました。
申し訳御座いませんでした」
「いや、其方に責は無い。
ところで此度の戦については詳細な話を聞いておきたい。
いいか?」
「はい、何なりと」
「其方は終戦時、大津宮に潜入したのであったのだな?」
「はい、大津宮の後宮には知り合いも居り、額田様もいらっしゃいました。
戦火に巻き込まれる前に避難させたく思い、危険を承知で潜入しました」
「それについては報告を受けている。
船には十市の婿の大友も一緒だったか?」
「はい、避難をする方は全て乗船して頂きました。
敵も味方も御座いません」
「その後、大友は何処へ行った?」
「申し訳御座いません。
記憶に御座いません」
嘘です。
だけどこの言葉はどんな追及に対しても確認出来ない合法的な嘘となる魔法の言葉です。
千三百年後の未来において、流行語となる最先端の言葉でもあります。
「ふふ、そうか。
記憶にないのでは仕方がないな。
後で他の者に聞こう。
併せて十市と孫の葛野を救ってくれたことに礼を言う。
それにしても……かぐやよ。
其方の働きはこの十年、私にとって心の拠り所であった。
鸕野も私も、まるで籠の中に閉じ込められた様な毎日だった。
其方の便りが無かったら耐えられなかったであろう。
本当に……ありがとう」
今やほぼ帝である東宮様に頭を下げられてしまっては、さすがにバツが悪いです。
慌てて言い訳をします。
「私も東宮様、鸕野様からの便りがあったからこそ、ここまでやって来れました。
ここに居ります村国男依様、大伴吹負様、そしてここには居りませんが大伴御行様、物部麻呂様の手助けなくして此度の成果はあり得ませんでした。
それもこれも東宮様のお人柄があったからこそです」
「其方にそう言われると気恥ずかしいな。
それともう一つ礼を言いたい事があった。
其方が後宮で書司に居た時に写経した経典を読まさせて貰った。
半年間ずっとな。
このまま僧侶としてもやっていけそうだよ」
半年前に出家して頭がピッカリのイケメン親父が爽やかに笑います。
本当にイケメンは得だと思います。
「もし宜しかったら髪の毛を復活させましょうか?」
私の言葉に吹負様と村国様がギクッとします。
経験者が誰なのか分かり易いですね。
「おお、やってくれるか? 頼む」
「では、失礼して」
チューン!
光の玉を東宮様に当てると、スプラウトの発育の映像を早送りで見ているかのように、ニョキニョキと髪の毛が生えてきました。
「長さはこれくらいで宜しいでしょうか?」
「おお、助かる。
これなら儀でも格好がつきそうだ」
「お役に立てて何よりです」
「相変わらず其方の御技は凄いな。
鸕野より七つも年上なのに、全くそう見えないのも神の御技なのか?
其方は最後に見た時と全く変わらん……な?」
チューン!
「申し訳御座いません。
手が滑ってしまったみたいです」
蒼ざめる吹負様と村国様。
抜け落ちた自分の髪の毛を見て頭を抱える東宮様。
それを見て大笑いする鵜野様。
混乱の中、懐かしの謁見は終わりました。
勿論、すぐに元に戻しましたが……。
◇◇◇◇◇
謁見の席は、私のしでかし以外、吹負様と村国様の報償についても話がされました。
特に村国様は少ない領の収入をやりくりして兵糧を準備したことが認められ、今年の租税は免除されました。
冠位だけではなく功封授けられました。
ただ中央の官職に取り立てるという話は最期までなかったのは少し残念です。
謁見が終わり、その事について村国様と話をしましたが村国様もご納得の様子でした。
「村国様は中央に招かれませんでしたが、宜しかったのですか?」
「地方の者としては破格の待遇を受けたと思っているよ。
東宮様に拝謁が叶うなんて思っていなかったし、私が中央で出来る役職は無い。
私の様な軍学しか能のない男は、地方で大人しくしていた方が良いだろう」
「私は勿体ない気がします。
此度の戦では旧来の戦術というものが如何に拙いという事を証明してしまいました。
今後の為を考えれば、村国様の活躍の場はあると思うのですが……」
「いや、戦なんてない方がいい。
私が不要とされる世の中の方が余程良いんだよ。
その事は千四百年もの未来から来た君にも分かるんじゃないかな?」
「ええ、それは分かります。
でも、それだけに惜しいですね」
「いや、一生のうちに何度も戦を経験するような人生は幸せとは言えないよ。
私も戦は今回の一度きりにしたい。
そしてその一度きりの戦で、私は思う存分腕を振るうことが出来た。
だから私は大満足だよ」
「そうですか……。
それならば良かったです。
次に美濃へ行けるのがいつになるのか分かりませんが、また会いに行きますね」
「ああ、ありがとう。
この十年、楽しかったよ」
「私こそありがとうございます。
私のとんでもない御願いを聞き入れて下さったお陰です。
今でもどうして村国様がご協力して下さったのか不思議に思います」
「はははは、物部宇麻乃殿の命を賭しての依頼だったからね。
断るなんて出来ないよ。
それに君の話があまりに面白過ぎたからね。
もう君の話が聞けなくなるのが一番残念かな?」
「それでは私は故郷へと帰ります。
村国様もお達者で」
「ああ、また会えるのを楽しみにしているよ」
こうして十年間行動を共にして下さった村国様とお別れしたのでした。
いよいよお爺さんお婆さんの待つ讃岐です。
(つづきます)




