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【幕間】大友皇子の本心・・・(11)

 ※大友皇子視点によるお話の最終話です。



「曲がりなりにも私は弘文帝として一度即位してしまっている。

 帝を追い落として、叔父上が即位したとすれば、黙っておらぬ者がおろう。

 私が生き残れば、私を担ぎ出す者も出るだろう。

 逆に私の命を突け狙う者も居よう。

 ともすれば幼い息子、葛野かどのに手が伸びるかも知れぬ。

 そうなる前に私は政の世界から去るべきだ」


 私とて死ぬのは嫌だ。

 しかし既に多くの者を死地へと追いやった自分の命を惜しむ事は許されるはずがない。


 だが結局、皆の説得に折れて私は大友の名を捨て東国へと逃亡する道を選んだ。


「伊賀様、存在を殺す役目は私がお引き受けしましょう。

 これが物部としての最期の仕事となるでしょう」


 亡くなるのは私の存在であり私の命ではないからと、親友である麻呂は忌まわしい物部の役目を引き受ける決意をした麻呂。


「伊賀様、お願いです。

 どうか生き延びて下さい。

 私もどこまでもご一緒します。

 どんなに辛くでも平気です。

 だからお願いします!」


 耳面刀自は東国へと逃れる私にずっと寄り添ってくれるという。


 私どもの世代の不始末を若き皇子様に押し付けたくないのです」

 責任は古き者達に押し付ければ宜しいのです。

 右大臣たる私が責を負いましょう。

 私は最後まで宮に残ります」


 左大臣の蘇我赤兄とは違い、近江朝の最期の一人として責を果たすつもりの中臣金。


「ミミちゃん、皇子様を宜しくお願いするわ。

 私はいっしょに行けないと思う。

 存在を消してしまった皇子様にこの子を殉じさせる訳にはいかないから。

 私は父様の元へと帰り、この子を……葛野を立派に育てるわ」


 私に生きて欲しいがために辛い選択を選んだ后の十市。


「伊賀様、天智帝の叔父にあたります孝徳帝は、死の間際まで御令息の身を案じておりました。

 そしてこのように申されました。

 『逃げよ』と。

 残念ながら逃げる選択をしなかったその御令息は命を落とされました。

 例えどんなにお辛い事があっても、生きていれば次の機会があります。

 挽回することも、味わえるはずでした幸せも、そして生きる辛さも……。

 最期まで生きた人こそが勝者なのです。

 私がこう言って生きて欲しいとお願いした方は、逃げることなく亡くなってしまわれました。

 その様な後悔を私だけでなく、この場にいらっしゃいます皆さんに味合せないで下さい」


 何故なのか、かぐや殿の言葉はズシリと重く、同じ女子おなごでも耳面刀自や十市とはまるで違う。

 例えて言うならば藤原鎌足殿の言葉の様に、長く濃い人生を送った人にしか到達し得ない高みからの声に聞こえるのだ。


 結局は不破道を抜け、美濃から尾張へと向かい、そこから船に乗って東国へと逃れる道を選んだ。

 東国の何処へ向かうかは、麻呂もかぐや殿も知らなければ話すことが出来なくなるという事で内密のままにした。


 ◇◇◇◇◇


 大津宮が墜ちる寸前に我々は船で脱出した。

 中臣金殿だけを残して。

 あまりにも晴れ晴れとした表情なのが気になったが、今後のお互いの無事を祈りながら別れた。


 船上で観たかぐや殿はこの世の者とは思えないほどの美しさで、あんなにも素晴らしい舞を魅せられて、神の御使いである事を疑う気持ちが一欠けらもなく消え去ってしまった。

 麻呂があそこまで傾倒する気持ちも分かるような気がした。


 舟が対岸の野上に着くと、采女達を船から降ろし、道中の我々の護衛を請け負う敵だった兵士達を乗せた。

 彼らはかぐや殿に忠誠を誓う讃岐の兵らしく、かぐや殿の命に逆らう事はあり得ないのだそうだ。

 我々の安全を保障するための人選だという。


 麻呂は不破まで私と行動を共にし、そこで私の存在を殺すのだそうだ。

 なので久しぶりの再会を果たしたかぐや殿とは次にいつ会えるかは分からない。

 つまりは麻呂が心に秘めた思いを打ち明けるられる機会は今しかない。

 私と十市と耳面刀自は、かぐや殿と麻呂が二人きりで話をしているのを邪魔をせず、さりとて距離を置き過ぎずに聞き耳を立てて二人の会話を聞き入った。


「オレ……かぐや様に渡したいものがあって」


「何か預けてありましたか?」


「いえ、違います。

 オレと真人が唐へ行く時、かぐや様が持ってきて欲しいって言っていた物。

 前に会った時は真人の事でいっぱいだったから渡しそびれてしまって、ずっと持っていたんだ。

 いつかかぐや様に渡そうって。

 だけど俺は伊賀様の最期まで付き添う役目なんだ。

 少なくとも放免されるまでは、他の高官達と同じ扱いを受けると思う。

 そうしたら持っている物も全部取り上げられるかも知れない。

 だから今のうちに渡しておきたいんだ」


「分かった。受け取る。

 確か……貝殻が欲しいって言ってたよね?」


「ああ、唐へ渡ったけど海に近い場所へ行ったことが無いから、川や湖の貝ばかりであんまり綺麗な貝が無かったんだ。

 で、貨幣の勉強をしている時に昔の貨幣を集めていたら大昔、銅銭の代わりに貝が使われていたって教わって、偶然手に入れた物なんだけどそれを頂いたんだ。

 何でも天竺で採れた珍しい貝で、『宝貝』とか『子安貝』って呼ばれているらしい。

 これだったらかぐや様は喜んでくれるんじゃないかと思って、持って帰ってきたんだ。

 これを受け取って欲しい」


「あ、ありがとう。大切にするね。

 私の我儘なお願い(リクエスト)を覚えていてくれてありがとう。

 本当にうれしいわ」


「これでオレも一区切りついたよ。

 もし無事に石上神宮へ戻ったら、その時は父上の遺言に従って新しい氏を賜われるよう、東宮様にお願いしてみる。

 もし東宮様に目見えする事があったら、かぐや様からも口添えして欲しい」


「分かったわ。

 全力でお願いしてみます。

 宇麻乃様もきっとお喜びになっていると思うわ」


「そうだと嬉しいよ。

 それじゃ、かぐや様。

 またいつか」


「ええ、きっと無事に帰ってきてね」


 あれ? これで終いか?

 おい、麻呂!

 こんな時はむちゅっといかないのか?!

 いけっ! いけっ! 行くんだ! 麻呂~!


 ……と私達三人(と額田様)の願いも空しく、麻呂はかぐや殿と清いお別れをしてしまった。


 ◇◇◇◇◇


 野上を出港した船は、不破道の近く長浜へと進んだ。

 船上ではお互いこれまで話すことが出来なかった本音を言い合った。


 私が渡した書き損じの行方、麻呂の父親の死の真相、私の父親のこれまでの非道、麻呂の唐での生活、麻呂の幼き頃のかぐや殿や真人殿の思い出、これまでの麻呂の葛藤、そして私の本心。

 もっと航海が長ければと思えるほど、楽しいひと時だった。

 しかし近淡海ちかつおうみは大海とは違い、明日には到着してしまった。

 そして私が死ぬ予定の場所へと至った。


 そこには一番最初に争いがあった時の戦死者の亡骸があった。

 ひと月経とうとしているので、遺体の状態は良くなかった。

 そして私の衣を身に付けた遺体が縄を掛けられて松の枝に吊り下げられた。

 もしかしたらこの姿は本当に自分だったのかもしれないのだと思うと、心中は複雑だ。


 麻呂は物部の者として穢れ仕事を引き受けた。

 いずれこの腐乱した遺体を高市皇子か東宮様に差し出すのであろう。

 ここで麻呂とはお別れだ。

 思えば私は皇子と言う立場が邪魔をして親友という存在はなかった。

 だが麻呂は私に多くの事を教えてくれた。

 親友とは何たるかも。


『友を諦めないで下さい。

 また諦めるものではありません。

 オレ……私はどうしようもない悪い童子わらしでした。

 そんな私にも友は出来たのです。

 そんな私を正しく導いてくれた方が居たのです。

 どうか諦めないで下さい』


 初めて会ったときの麻呂の言葉が胸に去来する。

 それが決して偽りではなかったと知った。

 お前と過ごした期間は今後の私にとって、まばゆい程光り輝いた時期だと思い返すであろう。


「ここに居る貴方様はもう皇子様ではありません。

 だけど今までもこれからもずっと私の無二の親友です。

 どうか無事で」


 私達は溢れ出る涙を拭わず、手を振り、笑顔で別れた。


 ◇◇◇◇◇


 私は今、ここ房総の地で稲刈りをしている。

 一応は領主であるが、屋敷の奥で木簡と睨めっこするのではなく、領民と共に田畑に入り土地の開拓の手伝いをしている。

 幸運だったのは私達に同行した護衛の兵士の中で十人ほどが我々と行動を共にしてくれた事だった。

 彼らは讃岐の進んだ農業に詳しく、十年掛けて未開の土地を実り豊かな土地へと変貌させた。

 地元の者達には、皇子としてではなく農業や建設に詳しい領主として受け入れられた。

 耳母刀自も藤原氏の姫としてではなく、田舎領主の妻として働いてくれる。

 中臣英勝も護衛として私達を護ってくれている。


 楽しい事ばかりではない。

 苦しい時、辛い時、逃げ出したくなるような時。

 こんな時、もし麻呂だったら……。

 私は心の中に居る麻呂を思い浮かべ、麻呂と相談しながら自分は行動する。

 すると何故か上手く乗り切れるのだ。


 麻呂はたくさんの事を私に与えてくれたのだとつくづく思う。

 最高の師匠であり、無二の親友である物部麻呂。

 貴方のお陰で私は今充実した人生を送れているよ。

 ありがとう、麻呂。



(幕間おわり)

次話よりかぐや達のその後。

そして物語の結末に向けて動き出します。

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