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【幕間】大友皇子の本心・・・(10)

 ※大友皇子視点によるお話が続きます。



 父上が予見していた戦が始まった。

 しかし東宮様の長子である高市たかち皇子が反乱を起こす事は予想外であったらしい。

 第一声が「高市……、誰だ?」だったのだ。


 その日以来、毎日寝所へと赴き父上のお告げを受け取ったが、父上に視えていたのは身内同士の醜い争い、いつの間にか占拠された飛鳥古京、責任逃れのため自ら傷付ける赤兄の姿、など父上の自身が望まぬものばかりであった。

 その父上の能力を以てしても敵の全容がつかめず、我々と敵対しているのは高市皇子であり不破の向こう側に陣を張っている、という事だけしか敵の情報が無かった。


 此度の戦で醜態をさらしたのは巨勢比等こせのひと、そして蘇我赤兄そがのあかえだった。

 巨勢殿は不破で最初に敗れてから只の一度も敵と戦う事をせず、逃げ続けた。

 挙句、蘇我果安と共謀して大津宮から派遣した山部王を殺害し、それでも飽き足らず蘇我果安を殺害したのだ。

 蘇我赤兄は不破で反乱が起こる事を知るや否や、飛鳥古京のほぼ全兵力を引き上げて大津宮へと向かい出した。

 その隙に飛鳥古京を占拠され、父上の叱責により引き返す途中敵の待ち伏せに会い悪戯に兵力をすり減らしていった。

 挙句、自らの腕に矢を射ち怪我を理由に大津宮へと逃げ帰って来たのだ。

 父上の目が光っている事を知らずに……。


 味方の不甲斐なさが視えてしまう父上は、我々に任せる事をせず逐一指示を出していった。

 そしてその指示は全て私の筆を通して勅命という名で各方面に伝えられた。

 そして書き損じは全て麻呂に任された。

 如何に父上の目が光っていようと、書き損じを付き人に任せる事は自然の成り行きであり、疑いようがない。

 麻呂も麻呂で父上の未来視に引っ掛かるような失態へまはすまい。


 ◇◇◇◇◇


 敵の姿がはっきりと視えたのは、飛鳥古京に展開する敵軍勢が讃岐評さぬきこおりへと居城している最中の事だった。

 父上に呼び出され取り急ぎ寝所へと入るや否や、父上は私に命じたのだ。


「かぐやを殺せっ!」


 知っている名であったが、話のあまりの脈絡の無さに聞き返してしまった。


「畏れながら、かぐやとは?」


「オレをこの様な目にあわせた、憎っき女子おなごだ」


 私が聞いてきたかぐや殿と父上との間でどのような事があったのかは分らないが深い因縁がある事を改めて知った。

 やはりかぐや殿が生きていたという事か?


「かぐや殿は何処に居られるのでしょうか?」


「……北、三尾を攻めに来る。

 裏切り者の比羅夫と共にだ」


 何故かは分からないが、これまでずっと父上の能力に引っ掛からずにこれまでやって来たかぐや殿が北からやってくる軍勢の中に居るのを見つけたという事か?


「飛鳥の兵に告げよ。

 讃岐を落とせ、燃やせ、一人残らず殺せ。

 全滅にせよ」


 かぐや殿に対して強い憎悪の念を持つ父上は敵軍勢とは関係のないかぐや殿の故郷を攻め滅ぼす命令を下した。だが……


「飛鳥古京へ向かった軍勢につきまして報告があります。

 橿原で展開中でした大野果安らが率いる三千の軍勢ですが、戦の場を橿原から西へと移し、屋敷に立て籠もった敵勢を取り囲んでいるとの報告が上がっております。

 その屋敷には千人以上の兵士がおり、一斉に反撃してきたそうです。

 敵軍勢はその地に拠点を築き、これまで力を蓄え、近江朝への反旗を翻す体制を整えていただろうというのが、大野果安の言です。

 ……その地とは讃岐に御座います」


 そう、つまり此度の反乱の真の首謀者はかぐや殿であり、その拠点は讃岐であった。

 兵を鍛え上げ、軍勢を編成し、優れた武器と戦術で我々を追い詰めているという事か?

 そして裏でその手助けをしているのが麻呂なのだ。


 父上には申し訳なかったが、私は妙にスッキリした気分だった。

 これまでの自分が抱えていた予想が正解であったことを知ることが出来たからだ。


 その日を境に敵軍勢の圧力は強まり、飛鳥が墜ち、三尾が墜ち、不破から一歩も動いていなかった高市皇子の軍勢が動き出すのも時間の問題だった。

 そして父上は一つの決断をした。


「私は退位する。大友に譲位する」


 こうして私は『弘文帝』の名を与えられ、帝となった。

 しかし本当に帝になったのかは甚だ疑問だった。

 即位の儀は不完全なものであり、誰にも知られず密室の中で譲位が執り行われたのだ。

 とてもではないが人前で『私が帝だ』とは言う気にはなれない。


 そして上皇となった父上は山崎宮へと搬送された。


 ◇◇◇◇◇


 私の元とへと上がってくる報告は、戦局が最悪の事態であること以外何物ではなかった。

 飛鳥古京から多数の兵がこちらへと北上しており、ようやく動きただした不破の本体が近淡海びわこの東岸を南下しており、三尾を落とした軍勢は近淡海の西岸を南下しているであろう。

 瀬田唐橋に兵を置き、これを迎え撃つ体制を整えたが、数で圧倒していたはずの我々はいつの間にか軍勢を削がれ少数となってしまっている。

 更には山崎宮へ向かったはずの父上の行列が行方不明になったという連絡まで入って来た。

 おそらくは……。


 いよいよ私の最後の決断のときが差し迫っている事を覚悟していた。

 その様な状況の時だった。

 后である十市の使いの者から呼び出しがあった。

『重要な来客があったので至急後宮へと参られたい』と。


 後宮に来客? いつの間に内裏の最奥に来客が入ったのだ?

 しかし義母様である額田様もご一緒らしい。

 私と一緒に居合わせた麻呂と共に後宮へと向かった。

 既に後宮の出入りを見張る闈門いもんは開け放たれていた。

 中には殆ど人は残っていないのだ。


 後宮にある広めの部屋へと通されると、女儒めのわらわ達が相談をしていた。

 その中心に異質な女性が居た。

 ぱっと見は十市や耳面刀自とさして年の違わない女性だ。

 しかしその女子の周辺がこの世と隔絶されている様な気がするのだ。

 別の世界からやって来た天女……。

 ああ、なるほど、この方がかぐや殿なのだ。

 彼女を見てこれまで伝聞だけしか知らなかった幻影のような存在が決してまやかしで無かったことに妙な安堵感を感じてしまった。

 そしてもう一つ、私にとって意外な物を目にしてしまった。


「かぐや様、再びお目に掛かることが叶い、感慨も一入ひとしおに存じます。

  これまでのかぐや様のご労苦を思いますと、言葉もございません。

 変わらぬ御威光と麗しいお姿に接し、この上ない喜びに御座います。

  この一命、これよりもなお、かぐや様のために尽力する所存にございます」


 かぐや殿に傅く麻呂がここまで服従の意を示したことなど一度も見たことが無かった。

 だからつい麻呂に嫌味の一つでも言いたくなり、軽口が出てしまった。


「麻呂、其方はその様な挨拶が出来るのであるのだな。

 私に対して一度たりともその様に傅いて口上を述べた事があるか?」


 そして遅ればせながら来客であるかぐや殿に挨拶をした。

 少しだけ麻呂への当てつけを添えて。


「挨拶が遅れました。

 私は大友。天智帝の皇子であり、今は内裏の主です。

 かぐや殿のお噂につきましては麻呂より散々聞かされております。

 大袈裟かと思っておりましたが、それが偽りでない事をたった今知りました」


 私の言葉に顔を真っ赤にして抗議する麻呂を見て、溜飲が下がる思いがした。

 してやったりだ。

 そうして麻呂のかぐや殿の目的の説明が始まった。


「かぐや様は神より使命を帯びて、下界へと降臨された天女様に御座います。

 その使命とは、天智帝の背後におります天津甕星あまつみかぼし様の野望を阻止する事。

 そしてあるべき歴史を守る事にあります。

 そのためにかぐや様は神の御技を持つ天智帝の力の及ばぬ場所で力を蓄え、此度の行動へと及んだのです。

 結果は御覧の通り、隆盛を誇った近江朝は今や風前の灯火。

 大願成就は目の前と言って良いでしょう。

 しかし慈悲深いかぐや様は、いたずら無辜むこの者が命を散らすことを良しとせず、身の危険を顧みずに、敵地の真っ只中へと単身参られた、という事に御座います」


 ……皆が一様に黙り込んだ。

 普段は冷静クールな麻呂がここまで傾倒している姿に呆気に取られていた。

 私と十市は思わず顔を見合わせて苦笑いするしかなった。


 そしてかぐや殿の口から父上の死を告げられた。

 父上を拐ったのはかぐや殿らだが、死を選んだのは父上本人らしい。

 父上の素顔スッピンの秘密を知っているのであれば、信憑性は高い。

 その上でこれからの行動についてかぐや殿から尋ねられた。

 私の選択次第で今後の行動を決めるのだと言う。


 だが、私の答えは既に決まっていた。


「私は生き永らえるべきではない。

 私以外の者を助けて頂けるのならそれで十分だ」


 そう、仮にも『弘文帝』となった私は望まぬ未来を回避するためにも存在してはならないのだ。

 かぐや殿が我々に慈悲を示してくれるというのなら、私以外の者を何としてでも助けて欲しい。

 これがこれまで考えに考えた上での結論だった。



(つづきます)

やっとあと一話で幕間が終わりです。

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