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【幕間】大友皇子の本心・・・(9)

ようやく過去話部に戻りました。

なのでコピペが多いです。

『近江の防衛会議(天智帝視点)』、『開戦・不破(関ヶ原)の戦い・・・(1)』の大友皇子サイドのお話です。

 ※大友皇子視点によるお話が続きます。


 誰にも知られず、私だけの反抗を始めてから約一年。

 麻呂は相変わらずだ。

 しかしそうと分かって麻呂の行動を見ていると、やはり怪しい行動が散見できる。

 父上の能力を知っているとしか思えない言い回しをしていると思えることも多々ある。

 誰にも知られるはずがないと思いながら行動している麻呂に、私は気付いていないふりをしながら麻呂の行動を後押しするという奇妙な状況が意外と気に入っている。

 麻呂より自分が上回っている気がして、僅かな優越感に浸れるのだ。

 自分でも情けない優越感であると思うが、有能な麻呂に勝る部分など他に無いのだ。


 そしてついに運命の日がやって来た。


 ◇◇◇◇◇


 内裏は帝の住処であり、皇子である私ですら入る事は滅多にない。

 その内裏の西小殿には『仏の間』と呼ばれる仏を祀る部屋がある。

 布に描かれた仏の姿がこの世とは思えぬ幽玄な雰囲気を醸し出している。


 弱弱しいながら我々の上席に父上が鎮座していた。

 そこに呼ばれたのは私だけではない。

 左大臣・蘇我赤兄そがのあかえ、右大臣・中臣金なかとみのくがねの二人の大臣、そして御史大夫だいなごん蘇我果安そがのはたやす巨勢比等こせのひと紀大人きのうしも同席した。


 おそらくはあの話をするのだろう。


「よく集まった。

 其方らに話しておきたい事がある。

 この先、この国で大きな騒乱が起こる。

 其方らはその前線に立ち、戦に臨むことになるであろう。

 まるで異国から攻め込んでくたかのような集団だ。

 だが恐れる事は無い。

 其方らはその連中に負けぬ」


 ……やはり、未知の敵との戦の話だった。


「それにしましても未知の敵とはどのような軍勢でしょう?

 守る側からしましたら、敵の目的は知っておきたく」


「残念ながら分らぬ。

 もしここに鎌子がおれば、明瞭に説明し、明確な対策を打ち立てるであろう。

 ここに六人が集っているのだ。

 六人揃って、鎌子一人に叶わぬという訳ではあるまい。

 皆で知恵を出し合って欲しい」


 紀大人きのうしの質問に答える父上の返事には、父上の盟友である藤原鎌足様への全幅の信頼を置いていたころが分かる。

 そしてそれに比べて家臣らに対する信頼の軽さを感じざるを得なかった。

 父上の突然の話に誰もが黙りこくってしまった。

 だが私は前もって知っていたのだから答えないわけにはいかないだろ。


「未知の敵に備えるのは、むしろ当然の事です。

 もし油断し、帝に仇名す者達をこの大津宮に攻め込ませたのであれば、我々は無能者の誹りを受けましょう。

 我々は如何なる敵に対しても常に備えなければなりません。

 一番に優先すべきは帝です。

 即ちこの大津宮の護りを固くすべきです。

 その上で、敵の侵攻を塞ぐために、要所に兵を派遣すべきでしょう。

 分からぬ敵、という事が重要です。

 つまり唐、新羅が近江へ攻め入る事を想定するのであれば、難波の守りを強固にすべきでしょう。

 蝦夷が大挙して東国から攻め込むことも考えられましょう。

 また唐の軍船が越国に上陸し、北から近江へ攻め入る事も想定すべきかと思われます」


「ならば、東の備えは不破評ふわこおり、北の備えは三尾郷みおのこおりが要所となりましょう」


 紀大人きのうし殿は地理を正確に把握しており、抑え所を分かっている様だった。

 これで話が収束するかのように思えたが、父上の話は終わらなかった。


「待て!

 もう一つ敵になりうる相手がいる。

 東宮・大海人皇子だ」


「それは誠ですか?」


 中臣金殿が信じられぬとばかりに声を上げた。

 声は挙げなかったが、他の四人も同様に驚いていたのだろう。

 しかし父上の仰る根拠というのは東宮様が額田様に向けた贈った歌だった。


『紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも』


 しかしたったそれだけで反意を疑うのには無理がある気がする。

 中臣殿だけでなく皆が懸念するのはもっともだ。

 ……いや一人だけ懸念ではなく、謀略を口にする者がいた。


「なればその言葉が口の端から出ますか否かをご確認しては如何でしょう?

 帝自らが譲位を仄めかし、その返答を聞いてみては如何でしょう?

 我々がその証人となりましょう」


 蘇我赤兄だ。

 聞いたことがある。

 蘇我赤兄は父上の従弟にあたる有間皇子様を陥れた張本人であると。

 その蘇我赤兄が主体となって東宮様を貶めす謀が進むことになった。

 私としてはこんな浅はかな謀で国の行く末が決められるくらいであれば、自ら降りたい。

 だがそれが出来ないのであればぶち壊したい気分だ。


 最後に父上から我々の宣誓を強要された。

 裏を返せばだれも信じていないという事か?

 もし藤原鎌足様であるのならその様な事はせぬであろう。


「我々六人は心を同じくして、帝への忠誠を誓います。

 もし背信する事があるのなら、甘んじて罰を受けましょう。」

 三十三天に固く誓います

 一門の威信を掛け、裏切りは一族の命を以て償います」


 蘇我赤兄の、おそらくは本心ではない宣誓を声高に唱え、全員がそれに倣った。

 だが敢えて私は違う言葉を選んだ。


「太政大臣、大友が申す。

 敵は翼の生えた虎だ。

 何処から攻め入るのか分かりませぬ。

 心を同じくして、天より与えられし役目を果たします」


 翼の生えた虎、そのような物は居ない。

 即ち敵などは居ないのだ。

 自分達が勝手に敵を仕立て上げているだけなのだ。


 天より与えられ師役目、それは正しい歴史を紡ぐ者に時代を任せる事だ。

 少なくともそれは私ではない。

 それをしっかりと見据えるのだ。


 父上の耳には別の意味に捕らえられるであろう言葉を使い、只一人真反対の宣誓をした。


 ◇◇◇◇◇


 後日、赤兄の謀略が失敗したと聞いた。

 私の書き損じが役に立ったのかは知らないが、東宮様は赤兄ほど底の浅い方ではないという事なのであろう。

 心の奥底では浅ましい赤兄の謀略が徒労に終わった事をほくそ笑んでいたが、父上の目に触れると拙いので面に出さぬ様抑えるのに苦労したが……。


 だがそれとは関係なしに忙しい。

 父上の病状が日に日に悪化していったのだ。

 そのしわ寄せが殆ど私へと降りかかってきた。

 攻めてくるのであれば大津宮を護らない訳にはいかない。

 三尾の城の建設も順調だ。

 不破(関ヶ原)の城は雪解けを待つしかないが、年が明ければ建設が始まるだろう。

 父の仰る敵というものがどの様なものなのかは予想はつかない。

 しかし生半可な戦力で対抗できる筈はない。

 むしろ我々は国そのものなのだ。


 それを考えると、何故なのかワクワクする気持ちがしてくるのだ。

 その結果、自分が居の利を落とすのかも知れないというのにだ。


 だがその始まりは予想の付かないものだった。

 不破に居る巨勢殿からの反乱の知らせを受け取った中臣殿が、汗をかきながら私の元に駆け込んできた。


『帝が病に倒れて幾久しい。

 その間、奸臣共が朝廷を我が物顔にて政を独占している。

 一つ、大友皇子は若輩の身にありながら太政大臣の地位に付き、勅命を偽り政を我がままに動かしている。

 一つ、蘇我赤兄は非才の身にありながら左大臣の地位に付き、必要のない城の建築を行い、必要のない兵を募り、国家の安寧を脅かしている。

 一つ、中臣金なかとみのくがねは神官の身にありながら右大臣の地位に付き、神事を独占し人民の信仰を妨げている。

 帝を救い出し正しき政を取り戻すため、大王おおきみの一族として、ここにその責務を果たすもの也』


 反乱を起こしたのは高市皇子だった。

 東宮である叔父上の長子で、母親が私と同じひんであるので、何処となく親近感を覚えていた。

 しかし相手はそうではなかったらしい。

 病床に臥せる父上に代わって私が勅命を偽り政を我がままに動かしていると言いたい放題だ。

 ならば代わって欲しいものだ。

 おそらくは帝に対する反乱を回避するため、敵を臣下である我々を標的ターゲットにしたのであろうが、正直言って凹む。


「中臣殿、頼りは読んだ。本当に反乱があったのようだな」


 手渡されたその木簡しらせには敵兵についても書かれていた。

 鉄ではない素材で作られた防具で全身を覆っているという。

 鉄以外で防具が作れるものだろうか?

 正直に言えば不破から敵が現れるというのは予想外だった。

 敵になりうる勢力と言えば、東国の一部かそれこそ蝦夷くらいだった。


「それにしても高市皇子がどうして?

 何か不満があったとは聞いていないし、こんな大胆な行動を起こせるとも思えない。百名の兵士に見た事のない格好というのは、農民に藁でも着せて甲冑代わりにでもしたのだろうか?」


「しかし、巨勢殿が追い返されたというのは捨て置けません。

 それなりに兵力を揃えて向かうべきだと考えられます」


「分かった。では三尾に居る蘇我果安殿に兵千人を率いて、巨勢殿に合流して貰おう。

 近江からは千人の兵を派遣するが、我々はここを離れるべきではない。山部王やまべのおおきみに将を任じよう。

 私は帝へ報告する。中臣殿は、飛鳥古京の蘇我赤兄殿と、難波京の紀大人殿に早馬を出して伝えてくれ」


 とりあえず予め決められた東国からの侵攻に対しての手順マニュアルに従い、中臣殿へ指示を出した。

 だが、その日から目に視えぬ敵にじわじわと追い詰められていき、強固に見えた近江朝の足元が如何に脆いのかをまざまざと知らされることになるとは……。



(つづきます)


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