【幕間】大友皇子の本心・・・(6)
どうしましょう?
2,3話で終わる予定が気が付けば第六話。
未だに話の収束に至りません。
大友皇子の性格設定に拘り過ぎた反動かも知れませんね。
※大友皇子視点によるお話が続きます。
麻呂が東宮様と裏で通じているかも知れない。
それを考えた時、自分はどうするべきか考え込んでしまう。
私がこれまでの慣例を覆してまで父上の後継者になるべきではない、という気持ちは今尚強くある。
だからといってむざむざ殺されたいと思う程、自分の命を軽んじていない。
昨年、十市が子を産んでからその気持ちはますます強くなっている。
父上が私の臣籍降下を認めて頂けるのであればどれほど気が楽かと思う。
だが一人悩んでいても何も解決にはならない。
父上の目がある以上、麻呂にも頼れない。
そこで私は自ら行動に出る事にした。
どうしても麻呂の真意を探りたいという一心だったのだ。
この男は私の親友たる男なのか?
それを知りたいのだ。
◇◇◇◇◇
「ご挨拶が遅れ、誠に申し訳御座いませんでした。
また昨年生まれました我が子・葛野の誕生に際し、多大なご支援を頂きましたことを、伏してお礼申し上げます所存です」
私は飛鳥の岡本宮へと赴き、就任のあいさつと東宮様にとって孫にあたる葛野の誕生の報告をした。
勿論、一番の目的は麻呂と東宮様を引き合わせて、その様子を探るためだ。
「構わぬよ、大友殿。
まさか大友殿自らがわざわざ飛鳥までお越しなさるとは思わなかった。
私としても赤子の顔を見てみたいし、大津宮へはこちらから赴く事もあろう。
挨拶はその時で良かったのだがね」
「いえ、分不相応の役職を賜わった身です。
東宮様を始め、多くの者達の助けを借りなければ何も出来ない若輩の身です。
私は父上の様な実績のない上での就任となりますので、首を垂れ教えを乞う事は当たり前の事に御座います」
「そこまで卑下しなくとも、大友殿の才は私も認めているところだ。
是非とも兄上の補佐を宜しく頼むよ」
「はっ、精進してまいりますので、東宮様に置きましては何卒ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。
それはそうと、先日のお祝いの返礼をお持ちしました。
どうぞお受け取り下さい」
私はそう言って、後ろに控えていた麻呂に持ってきた品物を差し出させた。
「有難く受け取らせて貰うよ。
使いの多治比も楽しいひと時だったと言っていた。
私も付いて行けば良かったと思ったくらいだ」
「ええ、そこに居ります物部麻呂にとって多治比殿は師にあたるお方だと聞きました。
今は有能なこの男にも、やんちゃだった頃の話を聞けて溜飲が下がる思いでした」
「皇子様!」
溜らず麻呂が抗議の意思を示した。
「多治比の教えを受けたというう事は、その者は丹治の者か?」
「いえ、讃岐にて多治比様に師事致しました」
「讃岐というとかぐやの所縁の者か?」
「所縁では御座いませんが、中……藤原様の離宮にて世話になっておりました。
長子の真人様……定恵上人の学友として席を並べ、学びを得ました」
「藤原殿で思い出した。
令の編纂で其方の名を見た覚えがある。
さぞかし藤原殿は厳しい方であっただろう」
「はい、もう少し加減して頂きたかったというのが本音です。
しかし今となってはそれも良き思い出に御座います」
「はははは、それは良いな。
大友殿は善き家臣を従えているではないか」
先程からの話の流れからして、東宮様と麻呂は面識が無さそうだ。
知らないフリをしているのかも知れないが、わざとらしさは微塵も感じない。
「ええ、私にとりまして最も頼りになる男です」
「そうか……大友殿にも頼れる者が居る事は喜ばしい事だ。
物部殿よ、これからも大友殿を助けてやってくれ」
「はっ、命に代えましても」
こうして和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気の中で面会は終わった。
父上が神より与えらた能力を以て視たという戦の相手が誰なのか?
最もありうるのが東宮様だと思っていたが、どうやら違うみたいだった。
麻呂が東宮様から直接の命を受けて、私の元で間諜をやっているので無さそうだ。
……となると、麻呂は誰の指示を受けているのか?
そもそも父上の目を搔い潜って秘密の連絡を取り合う事など可能であろうか?
◇◇◇◇◇
飛鳥から大津宮までは日帰りで戻れるほど近くはない。
輿は好かないので、専ら移動は馬だ。
信頼できる宿泊地として、その夜は石上に宿を取った。
石上神宮は麻呂の生家でもある。
こうみえて麻呂は石上神宮の神職にあり、本来ならば物部氏の氏上としての使命がある。
そこでは私の見た事のない麻呂の側面を見ることになった。
麻呂の父親が既に他界している事は聞いていた。
そのせいか神宮での麻呂はどこか余所余所しさがあるような気がした。
まるで他所の屋敷に上がった客人の様にも思えたのだ。
もし私の予想通りであるのなら、麻呂は十四の時に唐へと渡り二十七で帰国したはずだ。
そして殆ど間を置かず、出来たばかりの大津宮へと士官し、官人となった、はずだ。
その様な目で麻呂の姿を追っていくと、合点がいくところが多かった。
「麻呂よ、其方はこの石上を継ぎ、祭司となるのか?
それとも神祇伯として朝廷の祭祀を執り行うつもりでもあるのか?」
「前にも申しましたが、私は物部としましては半端者です。
氏上の座は早々に返上したいと考えております。
神祇伯は中臣金様がいらっしゃるので、私の出番など無いでしょう。
私とて信心はありますが、足りていないと思っております。
伊賀様の付き人を付けさせて頂けるのでしたら、私はそれで充分です」
「なんだ、嬉しい事を言うな。
東宮様に言われたことを真に受けにでもしたのか?」
「揶揄わないで下さいよ。
伊賀様が悩んでおられるのを放っておけないからですよ」
「確かに今の私は悩んでいるし、どうしていいのか分からずにいる。
頑張れとか大丈夫だと言う者は多いが、どの様に頑張れとか何故大丈夫なのかを言ってくれる者は殆ど居らぬしな」
「誰も分からないからではないですか?
意見の代わりに入れ知恵しようとする者は居たみたいですが」
「赤兄の事か?」
「他に居れば教えて下さい」
「はははは、父上たちも若き日はこんな風に悩んだのであろうか?」
「悩んだでしょうけど、前に進みたいって気持ちが強かったのではないでしょうか?
令の編纂を成し遂げるなんて、並の方では無理ですよ」
「そうか、前へ進むか……。
麻呂が考える前とは何だ?」
「そうですね……。
伊賀様はご自分を未熟だと申しますけど、私は和国そのものが未熟だと思っております。
もっと成長させなければなりませんし、施政者が取り組まなければならない事は山ほどあると思います。
それに取り組むことではないでしょうか?」
「麻呂はどこが未熟だと思うのだ?」
「一昨年、近江令が完成しましたが、律はまだ手付かずです。
国を統べるのであれば、律と令、この二つが揃わなければなりません。
律とは民が安心して生活するために必要な規律です。
施政者のその場の思い付きで刑罰が決まるような国は、蛮国の誹りを受けても仕方が御座いません」
「なるほどな。
令の編纂に参画した麻呂ならではの意見だな」
「ええ、しかし律だけでは足らないのも事実です」
「他にもあるのか?」
「足りないものだらけですよ。
和国に一番欲しいのは貨幣ですね」
「貨幣というと銅で出来た丸くて穴の開いた板だよな?
それは本当に必要なのか?」
「私には貨幣の必要を把握していない事が信じられないと思っております。
貨幣は一つの学問であり武器です。
国を富ませ、国を亡ぼす程の影響を持っていると認識して頂きたいと思っているくらいです」
「わ……分かった。後ほど貨幣についてじっくり教えてくれ」
「ええ。そしてもう一つ。
これだけはと思っておりますのは国史です」
「国司……国を治める者か?」
「違います。
国の歴史をまとめた書、国史です」
「誰かに任せればよいのではないか?
片手間で出来そうな気がするが」
「それはとんでもない誤解です。
朝廷が定めた正史には間違いがあってはならないのです。
それ故、一行を書くのに一月掛かるくらい慎重かつ綿密な調査が必要となります。
過去の漢、秦、魏志、など国を挙げての史書の編纂には膨大な労力が払われたそうです」
「しかし、どうしてそこまでして国史が必要なのだ?」
「昔は私もそう思っておりました。
しかし私の師は迂闊にもそう言った者を尽く言い負かしておりました。
神々の話や帝の起こりがどの様であったかなどの知識を共有し、自らに強い帰属意識を持つ事によって、戦うときは自らを奮い立たせ、仲間意識を持つ事で互いに手を取る間柄になり、もし戦いに敗れたとしても立ち直る力の源になる、言わば国の根幹に関わるのだと申しておりました」
「面白い意見だな。
是非、父上に上申してみよう」
麻呂の師匠の話というのは至極真っ当なように思える。
少なくとも国を滅ぼそうとする者の意見では無さそうに思えた。
ならば何故、麻呂は父上に敵対するのだろうか?
父上がそれを妨害するとでも言うのだろうか?
(つづきます)




